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緑の鈴を貴女に願う 二 八歳
夜になると杏寿郎やしのぶは任務や警備に行き、深月はアオイ達と一緒に寝た。
翌朝、深月の体は少し成長していて、アオイ達は大層驚いた。
アオイ達は帰宅したしのぶに診てもらおうと、任務帰りのしのぶの元へ深月を連れていった。
「どうやら、急に戻るのではなく、一晩毎に成長しながら戻るようですね。今は七、八歳くらいでしょうか」
診察を終え、しのぶは深月に別の着物を着せる。
この分だと、一週間程で元に戻るだろう。
深月の成長に合わせていくつか着物を用意しておかなければ、としのぶが考えていると、杏寿郎が遠慮無く診察室に入ってきた。
「深月、おはよう!具合はどうだ!」
「おはようございます」
深月は杏寿郎を振り返り、丁寧に頭を下げる。
少し成長した彼女の姿に困惑し、しのぶを見る杏寿郎。
しのぶはくすくすと笑いながら、深月の状態について説明した。
「なるほど!一日に二、三歳成長するのだな!」
杏寿郎はすぐに納得し、「よかったな!」と深月の頭を撫でる。
深月は昨日とうって変わってとても大人しく、杏寿郎もしのぶも具合が悪いのかと心配する。
「大丈夫です。元気です」
深月はゆるゆると首を横に振る。
「ただ、父から……相応しい振る舞いをするように、と」
その言葉で、杏寿郎は彼女の家の事情を思い出す。
幼少期は貧乏で、父が一代で財を築いた、と。
おそらく、深月の七、八歳頃というのは、父が商いに成功した後なのだろう。だから、急に立ち居振舞いを気にするようになったのだ。
しかし、その淑女としての振る舞いが窮屈なのか、深月は少し暗い顔をしている。
杏寿郎は深月を抱き上げて、優しく背中を叩いた。
「深月は偉いな!お父上のために頑張っているのだろう!だが、俺の前では楽に振る舞っていいぞ!」
深月は目を丸くして、杏寿郎の隊服を握り締める。
そんな風に言ってくれる人など、今までいなかった。
父も母も、雇い始めた使用人や女中ですら、深月の立ち居振舞いを指摘し、深月が窮屈な思いをしているなど気付いてくれなかった。
長女だから。弟妹の手本に。いつか良い縁談をもらえるように。家のために。
父の商いが成功した途端、完璧を求められた。
すがりついてくる深月の背中を引き続きぽんぽんと叩きながら、杏寿郎は太陽のような笑顔を浮かべる。
「散歩でもするか!日の光をたくさん浴びねばいかんからな!胡蝶、いいだろうか?」
「はい、どうぞ」
しのぶは笑顔で許可を出し、杏寿郎は意気揚々と外に出ていった。
*****
散歩中、杏寿郎は深月と色んな話をするように心掛けた。
深月の好きなもの、嫌いなもの、家のことや弟妹についても聞いた。
今まで聞いたことがある内容ばかりだったが、子供の深月の口から聞くと、なんだか新鮮だった。
「この前ね、弟が産まれたの。小さくてね、すっごくかわいいの!あ、他の子もかわいいんだけどね!」
嬉しそうに話す深月。
それを聞きながら、杏寿郎は彼女の弟について考えた。
年頃から計算すれば、深月が言っている弟は、稀血の弟だろう。深月の目の前で鬼に殺され、鬼に食べられた弟。
深月が数日の内にあの惨劇を思い出すかと思うと、杏寿郎は少し怖くなった。
深月は体の成長に合わせて、記憶を取り戻している。
その記憶は鮮明で、彼女にとっては、つい最近体験した出来事のようだ。
それでいて、血鬼術にかかって以降の記憶もあるので、彼女の脳内でどういう処理が行われているかはわからない。
しかし、確実に、あの惨劇の記憶を鮮明に思い出すのだろう。
せめて、その時は側に居てやれないか、と杏寿郎は頭を悩ませる。
そんな杏寿郎の心中には気付かず、深月は楽しそうにお喋りを続ける。
「私はお姉ちゃんだから、弟も妹も、みんな守ってあげるの!」
「それは、長男の役目ではないのか?」
「ううん。私が一番最初に産まれたから!」
そう言って、キリッと眉を吊り上げる深月。
その健気さと強い意志に、杏寿郎は婚約者である深月の面影を見た。彼女はもともと、こういう性格だったのだろう、と。
「お兄さんは……」
「ん?杏寿郎でいいぞ!」
「きょうじゅろうは、兄弟いる?」
愛くるしい声で呼び捨てにされ、杏寿郎は一瞬硬直する。
杏寿郎が知っている深月は、初めから杏寿郎のことを『杏寿郎さん』と呼んでいた。
昨日も一度だけ聞いたが、やはり呼び捨ては新鮮で、しかも幼い深月は愛らしく、杏寿郎の鼓動は少し早くなる。
しかし、そこは強靭な精神力で平静を装い、明るい笑顔を見せる。
「ああ、弟が一人いるぞ!」
それから、煉󠄁獄家の話をした。
今、深月の家族は煉󠄁獄家である、と。
千寿郎は本当の姉のように深月を慕っているのだ、と。
杏寿郎が話している途中で、深月は不安そうな顔になる。
「私の本当の家族は……?」
今の家族が煉󠄁獄家なら、本当の家族は一体どこへ行ってしまったのか。そう、疑問に思ってしまったのだ。
杏寿郎はしまった、と拳を握り締める。
深月が自分で思い出すまで、極力家族の話をするべきではなかった。
何度も深月を悲しませるわけにはいかない。
杏寿郎は、深月の頭を撫でながら微笑む。
「今、君の家族は……事情があって、遠くにいる。だが、俺から見た深月は、いつも幸せそうだぞ」
これは自信を持って言えた。
煉󠄁獄家で暮らす深月は、鬼殺隊の剣士として活躍し、周囲の出来事にころころと表情を変え、精一杯今を生きている。贔屓目なしに、幸せだと断言できる。
「そっか……それなら、大人になるのが楽しみ!」
そう言って、笑う深月の顔は、杏寿郎もよく知っている笑顔だった。
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