表紙 目次
しおりを挟むしおり一覧  



(152/160)  


緑の鈴を貴女に願う  五 十三歳A


しのぶは気を使って席を外し、杏寿郎は深月を抱えて寝台に移動する。
寝台に座ると、深月を脚の間に収め、優しく抱き締めたまま、話を聞く体勢を取った。

すると、深月はゆっくりと震える口を開いた。

今日の深月は十三歳だ。
十三歳の彼女には、つい最近拐われた記憶がある。

自分より大きくて力も強い男数人に、突然襲われた記憶が。


*****


その日、深月は二番目の弟と、家の庭で遊んでいた。

弟を構っていると視界が暗くなり、見上げると知らない男が数人立っていた。

店は表だし、彼らは両親の客にしてはみすぼらしい格好をしていて、深月は息を呑んだ。

彼女が悲鳴を上げるよりも前に、男の一人に口を塞がれ、持ち上げられた。
逃げようと暴れてもびくともせず、深月は顔を青ざめさせた。

その様子を見ていた弟が泣き叫び、別の男が弟に向かって歩き始めた。

それを見た深月は、男の手に噛み付き、痛みによって男が手を離した瞬間、別の男に向かって叫んだ。

「待って!弟には何もしないで!」

震える声で、それでも怒鳴るように言った。

男は舌打ちをすると、深月の口を再度塞いで、逃げるようにその場を後にした。

男に抱えられながら、深月は小さくなっていく弟を見つめていた。
泣き叫んではいるが、怪我はしていない。男達は、弟を連れていくつもりはないようだ。
心底安心して、深月は道を覚えることに専念した。



男達はとある小屋に着くと、深月を下ろして縛り上げた。
手首も足もきつく縛られ、とても逃げ出せる状態ではなくなった。

縛られている間、また口を塞がれる前に助けを呼ぼうと、深月は叫び続けた。
しかし、人通りが少ないようで、誰も気付いてはくれない。もしかしたら、気付いてはいるが誰も関わりたくないのかもしれない。

深月が唇を噛み締めていると、男の一人が彼女に近付き、彼女の頬を叩いた。

「静かにしねえか!ぶっ殺すぞ!」

突然の痛みに深月が呆けていると、男はもう一発、彼女の頬を打つ。

二度も叩かれた深月の頬は腫れ上がり、口の端からは血が滴る。
呆けていた深月は、恐怖により震え始める。

それを見た男達は満足そうに笑う。

「おい、こいつの着物や帯も売れるだろ。ひん剥いておけ」

男の一人がそう指示すると、他の男達の手が深月に伸びてきた。

男達は、嫌がる深月の帯を解き、着物を剥ぎ、泣き叫ぶ彼女の頬や腹をまた打った。

途中で手の縄だけ解いて着物を脱がせ、またきつく縛る。

一通り終えると、男はまた笑った。

「金貰ったら返してやるよ。餓鬼には興味ねえしな」



それから一刻程で、深月は両親の元に返された。

後から聞いた話だと、深月を拐った男の一人は父の親戚で、金目当てだったとのことだ。
両親は深月のことを大層心配し、金で解決できるなら、と直ぐ様男達の要求を飲んだらしい。

しかしその後、深月は自分より大きい男性が駄目になった。
父や長く一緒にいる使用人なら平気なのだが、雇って日の浅い使用人や客など、慣れない男性を前にすると、受けた仕打ちを思い出して体が痛くなるようになった。


*****


「杏寿郎も、さっきは怖かったけど……」

深月は杏寿郎の隊服を握り締め、顔を上げてぎこちなく微笑む。

「なんかね、貴方の腕って安心するの。大人の私の影響かな?」

杏寿郎は深月に笑顔を返し、彼女の背中を優しく撫でる。

「それは嬉しいことだ」

そう言って、深月に顔を見られないよう、ぎゅうっと抱き締める。

深月は少し困惑したが、杏寿郎の腕は力強くて、温かくて、気持ちが落ち着いていくのを感じた。

杏寿郎は深月に見えないところで、眉間に皺を寄せる。
十三歳の深月を拐った男は、修行中の深月を拐った男と同一人物だろう。
深月を何度も傷付けた男に、腸が煮えくり返るのを感じる。あの時、もっと殴っておけばよかったとさえ思ってしまう。

杏寿郎は長く息を吐いて怒りを鎮め、腕の力を緩めると、また微笑んで深月と目を合わせる。

「俺は、その男に会ったことがある」
「えっ……」

深月の眉が下がる。怯えつつも、杏寿郎のことを心配しているような表情だった。

杏寿郎は微笑んだまま続ける。

「その男は、俺が成敗しておいた。もう大丈夫だ」

それにな、と杏寿郎は深月と額をくっつける。

「大人の深月は、すごく強いんだ。其処らの男なんか相手にならないぞ」
「そうなの?」

深月は目を丸くする。
恐怖に染まっていた彼女の瞳に、少し希望の色が伺えるようになった。

「ああ、そうだ!俺は深月に嘘を吐かない!」

太陽のように笑う杏寿郎。
深月には、彼が嘘を吐いているようには見えなかった。

あの男は、杏寿郎が懲らしめてくれたのだ。
大人の自分は、自分より大きい相手に怯えずに生きているのだ。

そう思うと心が軽くなって、安心すると涙が出てきた。

「そうなんだ……ありがとう、杏寿郎」

深月が微笑むと、彼女の目尻から涙が一粒溢れた。
それを見た杏寿郎は思わず深月の額に口付け、彼女の頭を撫でる。

「な、なんで?」

深月は顔を真っ赤にし、杏寿郎の胸を押す。
十三歳の深月にとって、杏寿郎は年上の男性だ。しかも、何故か安心する相手だ。額とはいえ口付けなどされたら意識してしまう。

「大人に戻ったらわかる」

そう言って笑う杏寿郎の顔が、妙に色っぽく見えて、深月は動揺した。





 




  表紙 目次

main  TOP