初めまして、音柱様
「煉獄の女ってお前か?地味なやつだな」
出会い頭にそう言われ、深月は眉をしかめた。
声は遥か上から降ってきて、見上げれば白髪にキラキラとした飾りを大量に着けた男が居た。
それだけでなく、片目には放射状の鮮やかな化粧が施されている。
服装からしてなんとなく鬼殺隊の剣士だとはわかるが、深月は彼に見覚えがなかった。
彼は杏寿郎よりも頭一つ分程背が高く、見上げるだけで首が少し痛くて、深月は見上げるのを止め、顔を背ける。
「どちら様でしょうか?」
そして、眉をしかめたまま質問で返す。
男はハッと笑って、深月の隊服の襟を掴んで無理矢理上を向かせる。
「俺は音柱、宇髄天元だ」
その回答に、深月はひゅっと息を詰まらせる。
やってしまった、と。
柱相手に不快感を隠そうともせず、質問も無視してしまった。
これは杏寿郎にバレたら怒られるだろうか。その前に、この宇髄とやらにシバかれるだろうか。
深月が顔を青ざめさせると、宇髄はにやにやと笑いながら、深月の襟を離す。
解放されたことにより、深月は何歩か後退り、宇髄から距離を取る。
「で、お前が煉獄の女か?」
宇髄が改めて尋ねると、深月は彼から目を逸らしながら答える。
「私は、煉獄杏寿郎さんの婚約者です……が、その表現は嫌いです。止めてください」
『煉獄の女』だなんて、そんな所有物みたいな表現は、杏寿郎も深月も好きじゃない。好んで使ったことなどない。
だから、そういう表現はいただけなかった。
柱相手に反抗的なことを言えば、お叱りを受けるかもしれないが、深月も杏寿郎に関することだけは譲れなかった。
宇髄はさして気にした様子もなく、「そうか」とだけ答える。
訂正する気も謝罪する気も無さそうだったが、怒る気配もないので、深月は安心する。
そういえば、この人は何をしに来たのだろう、と深月が宇髄に視線を向けると、宇髄は目にも止まらぬ速さで深月の手首を掴んで引っ張り上げた。
それは勢いがよすぎて、深月の肩はガコッと嫌な音を立てた。関節は完全に外れてはいないようだが、少しずれたようで、深月は肩の痛みに歯を食い縛る。
それに気付いた宇髄は腕の力を緩め、空いている手で深月の肩を叩いて戻す。
「いっ……!!」
「これくらいで痛がるんじゃねえよ」
上から溜め息が降ってきて、深月はキッと宇髄を睨み付ける。
いくら柱とはいえ、急に何なのだ。初対面で女の肩を外しかける男がいるだろうか。
深月が無言で宇髄を睨み上げていると、宇髄はにやっと笑って、彼女の腰に手を回す。
距離が近くなり、深月は困惑する。
杏寿郎よりも大きく、筋肉量が多い体躯に、深月の胸や腹が押し付けられる。
これは逆らっていいものだろうか。
逆らったら、怒られるのだろうか。
深月は宇髄を睨むのを止め、様子を伺うように見つめる。
隙あらば、腕から抜け出して穏便に済まそうと思っているのに、隙がない。
「可愛くねえ反応だな」
宇髄は呆れたような顔になる。
どうやら、深月をからかっているつもりだったらしい。
しかし、深月にとって杏寿郎以外の男の腕の中というのは不快感しかなく、腰に触れられようが、胸が相手に触れようが、恥ずかしくも何ともない。故に、年頃の娘らしく赤面することもない。
深月は思ったままを口にする。
「杏寿郎さん以外の殿方なんてどうでもいいですから」
まあ、槇寿郎と千寿郎という例外はあるが、それは括りが違う。槇寿郎は父親的存在、千寿郎は弟的存在だ。
深月は不満そうに溜め息を吐く。
「離してください。今なら、杏寿郎さんには黙っておいて差し上げます」
「うわ、生意気。煉獄はこんなののどこが……」
「宇髄!!」
周囲に響き渡るような大声が聞こえてきて、宇髄は途中で言葉を切る。
宇髄と深月が声がした方を振り向けば、凄い形相をした杏寿郎が近付いてきていた。
深月は「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げ、宇髄はへらへらと笑う。
「何をしているんだ!深月を離せ!!」
そう言って、杏寿郎は深月から宇髄の腕を引き剥がす。それが終わると深月を抱き締め、宇髄から距離を取る。
宇髄は悪びれる様子もなく、顎に手をやり二人を見つめる。
「お前の女がどういうやつか見に来ただけだよ」
「その表現は止めてくれと言ったはずだ!それに、見に来ただけでどうして深月に触れるんだ!」
「あー、はいはい。悪かったな」
宇髄は面倒くさそうにそう言うと、一瞬で姿を消してしまった。
本当に、一体何をしに来たのだろう、と深月は呆然とする。
杏寿郎は深月を見下ろし、彼女をぎゅうっと音がしそうな程抱き締める。
体を締め付けられる痛みに、深月はハッと正気に戻る。それから、頬を赤く染めて杏寿郎を見上げる。
何年経っても、彼の腕の中にいると鼓動が早くなって落ち着かない。
杏寿郎は眉をしかめて深月の腰に腕を回す。
「触られていたな。胸や腹も、宇髄に押し付けて……」
「いや、私の意思じゃないですよ」
そんな自分から押し付けていたみたいな言い方は納得が行かず、深月は慌てて否定する。
しかし、杏寿郎は機嫌を損ねてしまっているようだ。
「抵抗すればよかっただろう!」
「あんな筋肉達磨に力で敵うわけないでしょう。しかも、柱に逆らうなんて簡単にできません」
「そうか……だが、俺には口答えするんだな」
杏寿郎の目が鋭く細められ、深月は息を詰まらせる。
これは危ないと察し、どうにか杏寿郎の腕を抜けだそうと身動ぎするが、全く抜け出せない。
「このまま他所へは行かせられない。しっかり上書きしてやるからな」
杏寿郎はにっこり笑い、深月はその笑顔に冷や汗が止まらなくなった。
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