弱った姿を見せるのはA
手拭いと桶を片付けた深月が杏寿郎の部屋に戻ると、彼は言いつけ通り寝間着に着替え終え、あぐらをかいていた──が、合わせも裾も雑で、胸や脚が見えてしまっている。
「杏寿郎さん、身体を冷やしてしまいます。熱があるんですから、寒いでしょう」
「うーん……熱いが寒い……」
「それ悪寒がするっていうんですよ」
すっかり弱々しく受け答えをするようになってしまった杏寿郎の寝間着を整えてやり、深月は彼を布団に寝かせようとする。
杏寿郎が動こうとしないので、後ろから彼の脇の下に腕を回し、抱き抱えようとしたが、「重っ」と言って諦めかける。
先に布団の方を引き寄せてしまおう、と深月が杏寿郎から離れ、布団に手を伸ばすと、腹に腕を回され、ぐいっと後ろに引っ張られた。そのせいで体勢を崩し、杏寿郎の脚の間に尻餅をつく形で背中を密着させてしまう。
杏寿郎の腕が腹や胸元を抱き寄せるので、一瞬どきっとした深月だが、そのまま内蔵が出そうなほど強く抱き締められ、それどころではなくなる。
深月が首だけで後ろを振り返ると、熱が上がって朦朧としているのか、とろんとした顔の杏寿郎と至近距離で目が合った。
「深月は温かいな」
暖を取りたくなったのだろう、杏寿郎により強く抱き締められ、深月の骨が軋む。
声量の調節が出来るようになったと思ったら、今度は腕力の調節機能がぶっ壊れたらしい。
深月は杏寿郎の腕を軽く叩きながら、なんとか声を発する。
「杏寿郎さん、苦し……」
「うむ。すまん」
杏寿郎は力を緩め、深月はふうっと息を吐く。
しかし、それでも深月は解放されなかった。
「お布団の方が温かいですよ」
「うむ」
杏寿郎は返事だけして、深月の肩に顔を押し付ける。
聞いちゃいない、と深月は溜め息を吐いた。
いざ腕力が緩くなると余裕が出来て、この体勢が恥ずかしくなってくるが、弱っている杏寿郎を突き飛ばすわけにもいかず、深月は諦めて千寿郎を待つことにした。
*****
千寿郎は意外と早く来たが、杏寿郎と深月の姿を見て立ち去ろうとしたので、深月はそれを引き留めた。
「杏寿郎さんにお布団を掛けてあげてください」
「は、はい!」
千寿郎は敷かれている布団から掛け布団だけ持ち上げ、杏寿郎の肩に掛ける。
そして、持ってきたお盆に載せた土鍋や器を見下ろす。
「あの、芋粥をお作りしたのですが、兄上は寝てしまわれましたね」
そう言って、少し残念そうに微笑む千寿郎。
深月はそんな彼を手招きする。千寿郎は素直にお盆を持って深月に近付く。
すると、どこからか、ぐうと腹の音が聞こえた。
深月はくすくす笑いながら、千寿郎の芋粥を土鍋から器に盛る。
「お兄様は起きてますよ。恥ずかしいからって狸寝入りされてますね」
「えっ!?」
「千寿郎君のお粥を無駄にしちゃ駄目ですよ」
深月がそう言って、器を杏寿郎の顔の近くに持っていくと、杏寿郎は深月の肩から顔を上げる。その顔は、とても気まずそうだった。
千寿郎が来てから意識がはっきりしたのか、深月をすがるように抱き締めていることも、その弱っている姿を千寿郎に見られたことも、耐え難い恥だと感じたのだ。
杏寿郎は深月から腕を離し、器を受け取る。
解放された深月は、杏寿郎の向かいに座り、杏寿郎の腕力によって少し乱れた道着を整える。
杏寿郎は気まずそうな顔のまま器に盛られた芋粥を見つめていて、千寿郎は困ったような顔で杏寿郎と深月を交互に見ている。
そんな兄弟をもどかしく思った深月は、居住まいを正して口を開く。
「弟や妹は、兄や姉の弱ってる姿を見ても、心配こそすれ、幻滅したりしませんよ。ね、千寿郎君?」
深月に笑いかけられ、千寿郎は大きく頷いた。
「はい、もちろんです!兄上、お身体は大丈夫ですか?」
「大丈夫……いや、少し怠いな。腹も減った」
杏寿郎が素直に答えてくれたことが嬉しくて、千寿郎は顔をぱあっと明るくさせ、杏寿郎が持っている芋粥を手で指し示す。
「たくさんお作りしましたので!たくさん食べて、早く良くなってくださいね!」
「ああ、頂くとしよう」
千寿郎の明るい顔につられ、杏寿郎も微笑んで芋粥を食べ始めた。
「うむ。うまいな」
「よかったです!深月さん、ありがとうございます!」
「深月、ありがとう」
兄弟のやり取りを微笑ましく見守っていた深月は、突然礼を言われ、困惑する。
深月としては、大したことは何もしていないつもりだが、いつもと逆で優しく微笑む杏寿郎と太陽のように笑う千寿郎につられ、自然と笑みがこぼれた。
「どういたしまして」
*****
翌朝、目を覚ました杏寿郎は上体を起こし、軽く伸びをする。
熱も下がって、身体の怠さも消えていた。全快だ。
立ち上がろうとして、掛け布団の妙な重みに気付く杏寿郎。
足元を見れば、深月と千寿郎が仲良く丸まって寝ていた。枕元を見れば、湿った手拭いと水が入った桶があった。きっと、二人とも夜通し看病してくれていたのだろう。
嬉しさや愛しさから杏寿郎の口角は自然と上がる。
杏寿郎は、二人を起こさないように立ち上がり、自分の羽織を二人に掛けてやる。
そして、深月か千寿郎のどちらかが目覚めるまで、その穏やかな寝顔を眺めていた。
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