(10/17)
10
カーテンの隙間から差し込む光が眩しくて、目覚まし時計もうるさくて、深月は眉間に皺を寄せながら起き上がる。
しかし、生まれて初めて『学校に行きたくない』と思って、目覚まし時計のスヌーズを切ってから、もぞもぞと布団を頭まで被る。
正しくは、『学校に行きたくない』ではなく『杏寿郎と顔を合わせたくない』なのだが。
毎朝一緒に登校する習慣がついているので、彼と会わずに学校へ行く術が思い付かない。
彼はいつだって、自分よりずっと早起きして、迎えに来てくれていたのだから、いつも通りの目覚ましでは、杏寿郎より先に学校へ行くことはできないだろう。
「うーん……どうしよう……」
布団の中で丸まって、うんうん唸る。
唸ったところで何も解決しないが、そうせずにはいられなかった。
しばらくそうしていると、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。おそらく母親だろう。
深月は「はあーい……」と力なく返事をして、漸く布団から顔を出す。起き上がり、ベッドに腰掛けて、母へ伝える言い訳を考えていると、ドアが開いた。
「おはよう、深月!遅刻するぞ!」
「ぎゃああ!!」
予想外の人物に、深月は肩を跳ねさせ、色気のない悲鳴を上げながら枕を彼に投げつけた。
部屋に入ってきたのは、杏寿郎だったのだ。
「なんっ……きょ……わっ……」
なんで、杏寿郎が、私の部屋に。
そう言いたいのに、上手く言葉を紡げなくて、情けなくもどもるだけになってしまう。
杏寿郎は枕をキャッチし、苦笑しながらベッドに歩み寄る。枕を置いて、深月の横に腰掛ける。
寝起き姿を見られたことが恥ずかしくて、深月は慌てて布団を抱き寄せる。
さすがに、中学以降は寝起き姿を杏寿郎に見せたことはない。
それなのに、彼が自分に好意を寄せているとわかった翌日に見られるなんて。
「驚かせてすまない。母君が起こしてきてほしいと言っていたのでな」
「お母さんが……?」
なんてことをしてくれたんだ、と深月は一瞬母親を恨む。
母親は、杏寿郎を深月の兄程度にしか思っていない。
杏寿郎は紛うことなき異性で、彼も深月も思春期真っ只中だと言うのに。
いくら幼馴染みとはいえ、寝ている娘の部屋に男子を送り込む母親がいるか。弟妹を寄越してくれればいいものを。
しかし、これも早く起きなかった自分が悪いと諦めて、それでも恥ずかしいのは恥ずかしいので、深月は杏寿郎から距離を取るべく立ち上がって後退る。
「離れて……ってか、出てって……」
「む、すまん……今日は休むのか?」
俺のせいだな、と杏寿郎は眉を下げ、困ったように笑う。
こんな風に深月との関係が気まずくなる気がしていたから、今まで告白しなかったのだ。
かつての仲間に嫉妬して、勢いで告白してしまったようなものだが、早まったか、と少し後悔する。
しかし、今更言ったことは取り消せない。『口説く』とまで宣言したのだから、深月に嫌われない程度にやるしかない。
悲しそうな顔をする杏寿郎になんだか申し訳なくて、昨日彼が言っていた『今まで通りでいい』という言葉も思い出して、深月は一瞬だけ唇を噛み締める。
なんとか勇気を振り絞って、ゆるゆると首を横に振る。
それでも、元通りとまではいかなかったが。
「学校行く……けど、先に行ってていいよ。杏寿郎まで遅刻しちゃう」
『杏寿郎と顔を合わせたくない』という理由は既に破綻してしまっているし、そもそもずる休みなんて良くない。
「変な態度取ってごめんね。元通りになれるよう、頑張るから」
深月だって、杏寿郎と気まずいままは嫌だった。
『一旦忘れていい』とも言われているし、どうにか元の関係に戻りたい、と考える。まあ、簡単に忘れられるわけがないが。
そのためには、とりあえず学校に行こうと考えて、壁際のハンガーに掛けている制服を手に取る。
杏寿郎は安心したように微笑んで、立ち上がって深月に後ろから近付く。
ハンガーを持つ彼女の手に自身の手を添え、反対の腕を壁に突き、彼女を自分と壁の間に閉じ込めてしまう。
深月の肩が震えているが、そのまま彼女の耳に口を寄せる。
「着替え、手伝おうか?」
からかうように言えば、深月が真っ赤な顔で振り向いた。
「馬鹿!調子に乗らないで!さっさと出てって!」
そして、昨日同様、強烈な平手が飛んできた。
元気がなくて困った様子の深月より、怒っている深月の方が何倍も可愛いと思って、叩かれながらも杏寿郎の口角は自然と上がった。
表紙
main TOP