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杏寿郎に告白されてから一週間。
深月はある程度、表面上は以前と同じように振る舞えるようになっていた。

あくまでも表面上は、だが。

以前と同じように、杏寿郎と登下校して、手を繋いで、頬を寄せられ、抱き締められる。
それらを不快だとも嫌だとも思うことはなかったが、意識せずにはいられなくて、しかも口説くと宣言して開き直った杏寿郎は、以前に増して身体的接触を増やしてきた。

それも、なかなか甘めなやつを。

今も『勉強をする』という名目で、杏寿郎は深月の部屋にやってきている──のだが。

「きょうじゅろ、やめて……」
「嫌か?」
「いや……じゃないけど、は、はずかしい」

ついさっきまで、教科書やノートを広げたミニテーブルに向い合わせで座り、お互いノートにペンを走らせていたはずだったのに。

いつの間にか、杏寿郎は深月の手を握り、指を絡めてみたり、深月の指先を自身の指で優しく擦ってみたりし始めたのだ。

手を握るというか、手を繋ぐならいつものことだ。指を絡めて恋人繋ぎをすることにも抵抗はない。

しかし、今日の杏寿郎は、深月の手の形を確かめるように、指を絡めながらやわやわと彼女の手を揉んでいる。

指先を擦る時は、触れるか触れないかの力加減にしたり、そのまま指の付け根、掌まで指を滑らせたりする。

それらがくすぐったくて、妙にドキドキして、恥ずかしくて、深月は顔を真っ赤にして震える。

触れられているのは手だけで、杏寿郎に手を触られるなど何ともないはずなのに、なんだか厭らしいことをされている気がする。
それでも、彼の手を振り払う気にはなれない。

しかし、もう心臓が限界なので、深月は再度震える声で抗議する。

「ねえ、もうはなして……」

杏寿郎はふっと笑う。手を止める気配は全くない。

「手ぐらいいいだろう。好きな人に触れたいと思うのは、自然なことだと思うのだが」

あっけらかんとした様子で言い放ち、深月の手の甲に唇を寄せる。

深月は驚いて、さすがに手を引っ込めようとするが、その前に杏寿郎が空いている手で手首を掴んで阻止してきた。

杏寿郎は両手で深月の手を持ち上げ、その甲に触れるだけのキスをする。
本当は欲望のままに舌を這わせ、指を咥えてみたかったが、ただでさえ真っ赤になっている幼馴染みには刺激が強すぎるだろう。

それにしても、深月は自分に対して警戒心が緩すぎる、と考えながら、杏寿郎は唇を離す。

『一旦忘れてくれ』とは言ったが、仮にも告白され、頬にキスをされた相手なのに、『一緒に勉強しよう』と言ったら、あっさり部屋に上げてくれた。

気を許してくれるのは嬉しいが、異性と意識されないのは悔しくて、杏寿郎は少し意地悪をすることにした。

「深月。手、気持ち良いんだろう?」

妖しく目を細めて、からかうように尋ねる。

「そっ……んなこと、ない……」

深月はゆるゆると首を振るが、彼女の表情や反応を見れば、嘘を吐いていることは一目瞭然だった。

上気した頬に、僅かに開かれた唇から漏れる吐息。
杏寿郎が知る限り、というか確実に、深月は男を知らないはずだ。

きっと、ここ一週間で触れ合いに快感を覚えつつあって、困惑しているのだろう。

杏寿郎がパッと手を離すと、深月は安心したように息を吐く。
今日はもうお開きにしよう、と思って、教科書やノートを閉じる。

「杏寿郎、今日はもう終わりで……」

終わりでいいよね、と尋ねようとして、ふと視界が暗くなったことに気付く。しかも、見慣れた制服の生地が視界の端に映る。
それはすぐ近くにあって、恐る恐る顔を上げると、杏寿郎が隣まで移動してきていた。

ぎょっとして、肩を跳ねさせ、後退りしようとして、深月は床に突いた手を滑らせる。衝撃に備え、ぎゅっと固く目を瞑る。

「深月!?」

杏寿郎は目を見開き、後ろ向きに倒れていく深月の後頭部に手を伸ばした。

床に倒れたはずなのに衝撃が襲って来ず、どうなったか確認するべく深月は目を開ける。

そして、短く悲鳴を上げた。

目の前には杏寿郎の顔が、その向こうには天井が見えて、どういう体勢か分かりたくないのに想像してしまう。

おそらく、杏寿郎は倒れる自分を支えようとして、一緒に倒れただけだろう。この状況は自分のせいで、彼は悪くない。

そう思ってもやっぱり恥ずかしくて、素直にお礼を言えなくて、深月は杏寿郎から顔を背ける。
その際、後頭部に撫でられているような感覚があった。
杏寿郎の腕を辿ると自分の頭に伸びていて、頭を打たないように守ってくれたのだと察する。

「大丈夫か?」

杏寿郎は心配そうに深月に声を掛ける。
その後、深月を支えながらゆっくりと起き上がる。

その過程で太腿同士が擦れ合ったが、杏寿郎に悪い気がして、深月は悲鳴を上げないよう必死に我慢した。

「あ、ありがと……ごめんなさい」

漸く口に出来たお礼は、なんだか素っ気ないものになってしまった。

しかし、杏寿郎は気を悪くした様子はなく、眉を下げて困ったように笑う。

「すまん。荷物を取ろうと思ったんだが、驚かせてしまったようだな」

本当に他意などなく、深月が教科書を閉じたのでもうお開きになるのだと思い、彼女の後ろに置いている鞄を取ろうと思っただけだったのだ。
それが深月を刺激してしまい、彼女は危うく怪我をするところだった。

「え……あ、私が、勝手に驚いただけだから」

先程とは別の意味で恥ずかしくなって、深月は膝の上で拳を握り締める。

また杏寿郎に何かされると思って、勝手に驚いて滑って、その癖素直にお礼も言えなかった。

ただ、杏寿郎に申し訳ないと思う反面、そもそも自分が勘違いをするに至った要因は杏寿郎の行動にあるじゃないか、とも気付く。
彼が開き直って、口説くだなんだと言って、あちこち触れて来なければ、無駄に警戒することもなかったのだ。

そう考えると謝ったことが悔しくなってきて、深月は少し膨れる。

彼女の表情の変化に、杏寿郎はくつくつと笑ってから彼女の拳を両手で包む。

「でも、よかった」
「何が?」

深月が首を傾げると、杏寿郎は不意に彼女に顔を寄せ、至近距離でふっと笑う。

「男として意識してくれているようで。躊躇いなく家に上げてくれたから、全く意識されてないのかと思ったぞ」

囁くような声に合わせて、杏寿郎の吐息を唇に感じて、深月は勢いよく杏寿郎から離れる。
とは言っても、手を握られているので、離せたのは上半身だけだが。

「だって、杏寿郎が、今まで通りにって……!」
「ああ、そうだったな」

では、と続けながら、杏寿郎はにっこり笑う。

「今まで通り、警戒心ゼロで俺に接してくれ。その方がいろいろ出来る」
「い、いろいろって……」

以前なら安心できたはずの幼馴染みの笑顔に心臓が高鳴って、深月は真っ赤になって眉を下げた。

この調子で口説きという名のセクハラを続けられたら、近いうちに心臓が止まってしまう、と。





 




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