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不死川が去って、教室に杏寿郎と二人で取り残され、深月は戸惑っていた。

自分が変な話をしたせいで、杏寿郎と不死川が喧嘩してしまった、と。

「杏寿郎。不死川くんとは、本当にお話してただけだよ。何もされてないよ」

とりあえず、杏寿郎を宥めようと声を掛け、ついでに離してほしいと彼の背中を叩く。

杏寿郎は深月を離し、その場に膝を突く。深月の手を握って、彼女を見上げるその顔は、とても不安そうだった。

「何の話をしていたんだ?」

問い詰めてくる杏寿郎の顔を見られなくて、深月は視線を自身の膝に移しながら答える。

「大した話じゃないよ」

不死川との会話で幾分か冷静になっていた深月には、変な夢の話なんて杏寿郎に言えなかった。
へらっと笑って誤魔化そうとするが、杏寿郎がそれを不審に思わないほど、二人で過ごした時間は短くなかった。

「俺には言えないのか?」
「ほんとに、大したことじゃ……」

大したことじゃない、と言い掛けて、深月は途中で言葉を止める。
杏寿郎がとても辛そうな表情をしていたからだ。
眉間に皺を寄せているのに眉を下げ、今にも泣きそうな顔だ。

「きょ、じゅろ……?」

そんな顔の杏寿郎は初めてで、深月は恐る恐る声を掛けるが、すぐに返事はなかった。

杏寿郎はギリと奥歯を噛み締める。

深月と不死川が何を話していたのか、全く見当がつかない。
今まで、深月と自分との間に隠し事なんて、殆ど無かったのに。
よりにもよって、他の男との会話を隠されるなんて。

「わかった。もういい」

こんなことを言うつもりではなかったのに、口から出たのは冷たく突き放すような言葉だった。
杏寿郎は立ち上がって、「帰ろう」と促す。

「怒ってる?」
「怒ってない。帰るぞ」
「うん……」

怒っていないと言われても、どう見たって機嫌が良いわけではない。
しかし、原因は自分と不死川なので、追求するのは憚られて、深月は大人しく従った。


*****


帰り道。
手はしっかり握っているのに、杏寿郎は一言も話さなくて。
いつもは並んで歩くのに、ちょっと前を歩いていて。

それがすごく寂しくて、深月はきゅっと唇を噛み締める。
杏寿郎が、隠し事をされて怒っているのだろう、とは察した。いや、いじけているのだろうか。
とにかくいつもと違う彼が嫌で、こんなことならセクハラされていた方がましだ。

そう思って、深月は杏寿郎の手を振り払い、彼に後ろから抱き付いた。

自分よりもずっと太い胴体に腕を回して、ぎゅうっと力を込めれば、杏寿郎が硬直して足を止める。

「杏寿郎。機嫌直して」

乞うように言えば、杏寿郎の肩がびくっと跳ねる。
顔が見えないので表情は伺えず、この行動が正解なのかわからない。
深月は彼の背中に耳を押し当ててみる。

どくんどくんと脈打つ鼓動は、少し速い気がしたが、普段の速さを知らないので参考にならなかった。

杏寿郎はというと、耳まで真っ赤にして固まっていた。
長い髪や身長差のおかげで、赤く染まった耳が深月に見えていないのは幸いだった。

幼少期より、杏寿郎から抱き締めることはあっても、深月からというのはなかなかなかった。
ぎゅっと力が込められている腕は細くて、密着している背中が熱くて、さらには──

(や、柔らかい……!)

背中に感じる柔らかい膨らみは、深月の女性としての象徴で、機嫌が直るどころか理性が飛びそうだった。

下着の色や彼女に直接触れるところまで想像し、冷静になって息を吐く。

その息遣いが聞こえて、深月はバッと顔を上げる。
そのせいで、背中が少し反って、より胸を杏寿郎に押し付ける形になるが、深月は全く気付いていない。

「もう機嫌直った?直ったなら離れる」
「ああ、直っ……」

直った、と言い掛けて、しかし離れるのがもったいない気がして、杏寿郎は少し悩む。

悩んでいる間に、深月の方から離れていった。
名残惜しくて振り返ると、彼女はほんのり頬を染めて視線を横に逸らしていた。

「深月?」
「ごめん。恥ずかしくなっちゃって……」

もじもじと胸の前で手を合わせながら、そう言う深月は可愛くて、杏寿郎は先程までの不快感が消えていくのを感じた。

不死川に嫉妬していたはずなのに、深月がこういうことをして、こういう表情を見せるのは自分だけだと思うと、その嫉妬自体が馬鹿馬鹿しくなってきた。
そもそも、不死川は深月を恋愛対象としてみていないというのに。

杏寿郎はにんまり笑って、深月に向かって両手を広げる。

「前からも来てくれたら機嫌が直る!」

そう宣言して、『調子に乗るな』と殴られるだろうかと思っていたが、意外にも深月はあっさり抱き付いてきた。

ついさっきまで背中に感じていた柔らかさが、遠慮なく胸板に押し付けられる。
見下ろせば、自分の胸板で押し潰された深月の胸の膨らみが見えて、恥ずかしそうに見上げてくる彼女と目が合った。

どうにも我慢できなくなって、杏寿郎は深月の背中に腕を回して抱き締め返し、彼女の額にキスを落とした。

「これで機嫌は直った!すまなかったな!」
「ん……」

深月は最後まで怒らず、大人しく頷くだけだった。

杏寿郎は少々浮かれていて、深月の自分を見る目が変わっていることに気付かなかった。





 




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