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宇髄達が帰った後、深月は器を下げるため、瑠火の寝室へ行った。
その際、杏寿郎も着いてきたが、先程のことがあるので、彼との会話は最低限に収める。
少しだけ槇寿郎や瑠火と話した深月は、千寿郎を小一時間程見ておくと提案し、槇寿郎と瑠火はそれをあっさり受け入れた。
深月は、千寿郎が産まれるずっと前から煉獄家にお邪魔しているので、ある程度勝手を知っているのだ。
赤ん坊の世話も、弟妹の世話で慣れているので、大きな問題がなければどうにかなる。
もし問題が起きれば、槇寿郎や瑠火を呼びに行く、と約束もした。
「じゃあ、千寿郎君と居間で遊んでます。瑠火先生、少しでもゆっくり休んでくださいね」
「ありがとうございます」
深月が千寿郎を抱き上げて微笑み、瑠火が彼女に頭を下げる。
深月は瑠火の寝室を後にする。それに杏寿郎が着いていき、障子がパタンと静かに閉まった。
二人が出て行った障子を見つめ、瑠火が口を開く。
「あの子が、杏寿郎の……」
「ああ。前世で結ばれた相手だ。気が強い娘で……」
槇寿郎は過去を懐かしむように目を細め、深月がどんな娘だったか思い出話を始める。
槇寿郎と瑠火は、つい最近前世のことを思い出したのだ。
瑠火は早くに死んでしまったため、深月のことを知らなかったが、槇寿郎にとっては娘も同然だった。
前世のことを思い出してから、槇寿郎は時々、深月のことを瑠火に話している。
彼女がどういう生い立ちで、どんな経緯で煉獄家に来たのか。煉獄家に来てから、剣士になってから、どういう風に生きたのかを。
ちなみに、槇寿郎も瑠火も、長男や彼の友人達も前世の記憶を持っていることに気付いている。
深月だけが、何も覚えていないことにも。
そして、杏寿郎達には自分達も前世の記憶を思い出したとは伝えないでいる。
伝えたところで、何も出来ることはないのだから、と。
「また、うちの子になってくれたらいいんだが……」
思い出話の途中、槇寿郎がそう口にする。
深月が嫁に来ることを想像して、嬉しそうに口角を上げている。
それを聞いて、瑠火はぴしゃりと言い放つ。
「深月さんが杏寿郎を選ぶかどうかは、彼女の自由です」
前世の記憶があろうとなかろうと、深月は一人の人間だ。自分たちの望み通りにしてもらう義務はない。
それに、前世と違って、彼女の家族は生きている。
煉獄家に嫁いでもらうということは、家族と引き離すようで、気が引けるのだ。
瑠火がそういったことを説明すると、槇寿郎はしょんぼりと肩を落とした。
「そうだな……だが、あの子は女だから、いずれどこかに嫁ぐだろう。その嫁ぎ先がうちであってほしい、と思うくらいは許してくれ」
瑠火は暫し考えた後、ゆっくりと頷いた。
何か行動を起こすのではなく、願うくらいならいいだろう、と思って。
ただ、長男は同じ考えでは無さそうだ。
彼は明らかに、深月との距離を詰めすぎている。
どうしたものか、と考えながらも、瑠火は体を休めるために横になった。
*****
居間に移動した深月は、千寿郎を座布団の上に寝かせて、彼の足や腹をくすぐって遊んでいた。
くすぐったいのがおもしろいのか、千寿郎はきゃっきゃと笑っている。
「かわいいー!千君、可愛いねー!」
深月の末の弟は、千寿郎より大きくなっているので、生後数ヶ月の赤ん坊の可愛さは久しぶりで、深月の顔は自然と綻ぶ。
「深月、あの……」
「千君、お腹空いてない?ミルク飲んでいいか、パパとママに聞いて来ようか!」
おずおずと話し掛けてくる杏寿郎の声は聞こえなかったふりをして、深月は立ち上がる。
その際、スカートの中が杏寿郎に見えないよう、しっかり押さえておく。
「先生達に聞いてくるから、千寿郎君のこと見ててね」
深月は杏寿郎と目も合わせずに言って、居間を出て行く。
取り付く島も無いとはこういうことか。
杏寿郎は小さく溜め息を吐いて、千寿郎に手を伸ばす。
悲しそうに眉を下げながら、弟を抱き上げて、膝に乗せる。
「千寿郎。深月を怒らせてしまった。どうすればいいだろうか」
前世であれば、千寿郎が深月の機嫌を伺って、少しでも機嫌の良いタイミングを教えてくれたものだが……
今の千寿郎は生まれて数ヶ月の赤ん坊だ。彼の助力は得られない。
そもそも、弟に頼ろうとしている時点で情けない。
杏寿郎は再度溜め息を吐いて、千寿郎と遊び始めた。
*****
しばらくすると、深月が哺乳瓶を持って戻ってきた。
哺乳瓶の中にはミルクが入っているので、槇寿郎や瑠火に許可をもらえたのだろう。
「ミルク、杏寿郎があげる?」
深月が短く尋ねて、杏寿郎が頷く。それで会話は終了だ。
深月は無言で哺乳瓶を杏寿郎に渡し、杏寿郎は礼を言って受け取ってから、千寿郎にミルクを与える。
んくんく、と千寿郎がミルクを飲む可愛らしい音だけが居間に響く。
あまりの気まずさに、杏寿郎の眉間に皺が寄る。
食事を終えた千寿郎は、兄の険しい顔に気付き、びくっと全身を震わせる。
そして、小刻みに震え始めたので、杏寿郎はまずい、と思った。
せっかく母が休めるように、と千寿郎を見ているのに、泣かせてしまっては意味がない。
千寿郎の異変に気付いた深月は、今にも泣き出しそうな千寿郎を杏寿郎の腕から奪い取り、げっぷをさせようと、とんとんと背中を叩く。
それと同時に、弟妹にしてきたように、子守唄を口ずさむ。
歌詞はうろ覚えのようで、ところどころ鼻歌になっていたが、それでも千寿郎を安心させるには充分だった。
無事にげっぷをした千寿郎は、腹が膨れたこともあり、うとうとしてきて、最終的に穏やかな寝息を立て始めた。
深月は眠った千寿郎を座布団に寝かせ、カーディガンを脱いでから彼に掛ける。
それから、今度は千寿郎の腹を優しく撫でる。
千寿郎の世話をする深月の顔は穏やかで、慈愛に満ちていた。
そんな彼女を、杏寿郎はうっとりと見つめて、頬を赤らめながら、思ったことを口にする。
「素敵だ」
そして、今日のことを思い返し、この素敵な愛しい人を誰にも取られたくない、と思った。
急に深月との距離を詰めてきた宇髄。
不死川は、深月と二人で台所に立っていた。
冨岡や伊黒だって、彼女に気を許している。
かつての仲間は、いいやつばかりだ。
だからこそ、彼らの誰かに深月を取られるんじゃないか、と考えてしまって、気付けば彼女に向かって身を乗り出していた。
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