万寿菊の甘さを知る
お似合いだな、と深月は思った。
大好きな義勇と、蟲柱の称号を持つしのぶ。
二人とも鬼殺隊最高位である柱まで登り詰めるぐらい強い。尊敬に値する努力と強さだ。
そして、何より顔が良い。造りが素晴らしい。
強くて、同じ柱同士で、美男美女。
おまけにしのぶは医療の心得があって、薬や毒に精通していて、物腰が柔らかく、とても優しい。
彼女に、何一つ敵わないとわかっている。
義勇が、自分を好いてくれているとも聞いた。
でも、それでも。例え身の程知らずと罵られようとも。
お似合いの二人に、深月は嫉妬せずにいられなかった。
*****
義勇はふと、こちらを見ている深月に気付く。
彼女を見ると、目が合ったはずなのに、ぷいっと顔を背けられた。
ひっそり傷付き、義勇はしょんぼりする。
しかし、彼は表情の変化が乏しいため、それが表に出ることはない。
大事な任務の話をしていたのに、何も言わなくなった義勇に、しのぶは溜め息を吐く。
「冨岡さん?聞いてらっしゃいます?」
義勇から返事はなく、しのぶは笑顔のまま額に青筋を浮かべる。
彼は明後日の方向を向いていて、そちらに何があるんだ、と彼の視線を辿る。
そこには、彼の恋人である深月が居た。
彼女は何やら、近くにいた隠と楽しそうに話している。
なんだか無理に明るく振る舞っているようにも見えるが。
「深月さんが気になるのはわかりますが、今はこちらに集中してくださいね」
しのぶは義勇の肩をつついて、話に戻ってくるようお願いする。
義勇が視線を戻したところで、地図を彼の目の前に差し出す。
「ここに鬼が集中しているとの情報がありまして……」
なんとか、話し合いは再開された。
そしてその日、義勇と深月は一言も言葉を交わすことなく、それぞれ任務に向かった。
*****
任務明けの翌朝、深月は水柱邸に帰る。
彼女は義勇の家で同居というか、居候しているのだ。
これは、恋仲になってしばらく経った頃、お互い忙しくて会えなかった時期に、義勇に提案されてこうなった。
深月もはじめは遠慮していたが、義勇も彼の鎹烏も少し抜けているところがあるので、今では彼らの世話をするために遠慮などしなくなった。
義勇の鎹烏が伝令を間違えていないか確認し、義勇が溜め込んだ洗濯物を洗って干して、彼らの食事を準備する。散らかっていたら叱りもする。
自身も任務で疲れていても、それらを怠ったことはなかった。
しかし、今日はどうしても義勇の世話をする気になれなくて、深月はさっさと湯浴みして布団に潜り込む。
「しのぶさん、可愛いもんなあ」
容姿を人と比べるものじゃない、なんて言っていたのは誰だっただろうか。母親だったような、祖母だったような。
まあ、今はそんなことどうでもよくて。
比べざるを得ないのだ。どうしても、実感する。
自分はしのぶに敵うところなんて何にもない、と。
深月はふと、今日話していた隠の言葉を思い出す。
『うわあ、水柱様と蟲柱様ってお似合いですね、美男美女って感じで!』
『……ええ!?雨宮さんって水柱様の恋人なんですか!?全然気付かなかった!』
悪気も他意もなかったのだろうし、その隠を責める気もない。
だが、彼の言葉は深月の頭にずっと残っていた。
(そもそも、義勇さんはわかりにくいのよ!)
もやもやした感情は、そのうち義勇に向く。
義勇は表情が乏しく、言葉が足りない。
恋仲になって結構経つが、彼の考えがよくわからないことがある。
いくら仕事で仕方がないからとはいえ、しのぶとあんなに近寄って話をする必要はあるのだろうか。
もともと抱いていた嫉妬心はどんどん大きくなってきて、深月は不貞腐れたまま眠りについた。
*****
任務を終えた義勇は帰宅して、湯浴みをしようと脱衣場に入る。
いつも深月が綺麗にしてくれているはずのそこには、脱ぎ散らかされた服と濡れた手拭いがあった。
深月のものだろうが、彼女が脱ぎっぱなしやりっぱなしで放置するなど珍しい。
湯殿の中も水浸しだった。
いつもなら、軽く拭き上げてから出るはずなのに。
義勇は不思議に思いながらも湯浴みを終え、深月が居るだろう部屋に向かう。
彼女は、布団にくるまってすやすやと寝ていた。
いや、すやすやではない。なんだか魘されているようだ。
心配になって、義勇は深月の肩を揺する。
「深月、深月……起きろ」
「んん……」
深月がうっすらと目を開ける。寝惚けているのか、少しの間ぼうっとして、義勇に気付くと不快そうに顔を歪めた。
「何ですか……」
魘されていたから起こしただけなのに、深月に睨まれて義勇は少し悲しくなったが、深月はきっと腹が減って機嫌が悪いのだろう、と結論付ける。
「食事は作っていないのか?」
「は……はああ!?」
急に深月が大声を出し、義勇は驚いて目を見開く。
乏しい感情が表に出るほど、深月が大声を上げるのは珍しいのだ。
「食事くらいご自分でなんとかしてください!」
どうやら、食事の準備を催促されたと思ったらしい。
義勇はただ、深月が食事を摂ったのか聞きたかっただけなのに。
「どうして急に怒るんだ?もっと穏やかに過ごせばいいだろう」
そんなに怒っては、体に悪いと思った。
義勇はあくまでも、深月を気遣っているつもりだ。
それに、深月の怒った顔より笑顔の方が好きだった。
「なっ……!」
深月は起き上がったかと思うと、眉を吊り上げて義勇を突き飛ばす。
「そんなに穏やかな人がいいなら、しのぶさんのところにでも行けばいいじゃないですか!」
「俺の家はここだ。深月が住み着いているんだろう。それに、どうして胡蝶が出てくる?」
義勇は激昂する恋人を宥めようとしたが、それは火に油だった。
「そうですか!じゃあ、私が出て行きます!義勇さんは、しのぶさんと仲良くしてればいいです!」
深月が何故怒っているかわからないし、しのぶばかり引き合いに出してくるものだから、義勇も少し苛々し始める。
「そうか。出て行きたいなら出て行けばいい。だが、ここから出て行って、どこに行く?他の男のところか?」
義勇は、深月が誰とでも仲良く話していたことを思い出す。
昨日の隠然り、他の隊士然り。町で見知らぬ男に声を掛けられた時ですら、笑顔で対応していた。
何故か自分にだけはたまに突っ掛かってくるが、彼女は基本的に愛想が良い。
愛想を振り撒くほど他の男がいいなら、彼女こそそちらに行けばいいのだ。
そう思って、口から出た言葉だったが、深月が何も言わなくなったことに気付く。
どうしたのか、と彼女を見ると、ぽかんとしたまま静かに涙を流していた。
「どうして泣くんだ」
何が気に食わなかったのか尋ねようとしたら、深月の涙の勢いが増した。
義勇はぎょっとして、指で彼女の涙を拭う。
深月は膝の上でぎゅっと拳を握って、義勇を睨み付ける。
「義勇さんの馬鹿……義勇さんなんか、溜め込んだ洗濯物に潰されちゃえばいいのに……」
「それは罵っているつもりなのか?」
泣きながら変なことを言う深月が可愛くて、義勇は今まで何の話をしていたかすっかり忘れてしまう。
気付けば、自然と笑みが溢れていた。
しかし、泣いている深月は可哀想なので、なんとか機嫌を直してもらおうと考える。
「深月、疲れているんだろう。欲しいものはあるか?」
思い付いたのは、彼女の好きな食べ物でも買ってくることだった。
食べ物じゃなくても、好きな本や着物なんかでもいい。
だが、深月から返ってきたのは想定外の内容だった。
「義勇さん。義勇さんが欲しいです」
ぎゅってしてください、と言いながら手を伸ばしてくる恋人は、いつの間にか可愛いおねだりの仕方を覚えていたらしい。
義勇は愛おしそうに目を細めて、深月を抱き寄せた。
すると、深月が背中に腕を回してきて、すがり付くように抱き締め返してくる。
「義勇さん、どこにも行かないで。ずっと私だけを好きでいて」
深月はさっきまで怒っていたのが嘘かのように甘えん坊になる。
「俺はずっと、深月だけを想っている」
珍しくはっきり告げたその言葉は、深月を安心させるには充分だった。
*****
しばらくすると、深月が義勇にすがり付いたまま、また眠ってしまったので、義勇は彼女を抱き締めたまま横になり、布団を被った。
一緒の布団で昼過ぎまで眠って、遅めの昼食を摂る。
義勇は、どうしてあんなに怒っていたのか、と深月に尋ねたが、彼女は「忘れました」と言って、蕩けるような笑顔を見せるだけだった。
理由がわからなければ、また怒らせてしまうかもしれないが、深月が笑っているならそれでいいか、と義勇も柔らかい笑みを浮かべた。
前 / 次
表紙