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瑠璃蝶々は無かったらしい


「私、何かしたのかなあ……」

深月は大きな溜め息を吐いて、その場にしゃがみこむ。

ここは森の中で、彼女は今しがた任務を終えたばかりだ。

鬼どころか、先程まで一緒に任務に当たっていた煉獄ももういない。
ここには、深月一人だけが取り残されている。

もう少ししたら、事後処理部隊の隠が来るだろうが、それまでは一人きりだ。

煉獄と任務に当たるといつもこうだ。
任務中どころか任務の前後も厳しくて、怖くて、毎回置いてけぼりにされる。

同僚からは『炎柱様はとてもお優しい』とか『柱の中でも親しみやすいお方だ』とか聞くが、深月にはとても信じられない。

「今日も怖かったなあ」

深月は遠い目をしながら、先程までの任務を思い出す。


*****


まずは任務前。煉獄と合流して一番に言われたことが、これだった。

「また君か!君はいつも遅れてくるんだな!もっと足腰を鍛えた方がいいんじゃないか!」

開口一番、軽い説教だ。

任務中も「動きも反応も遅い」「もっとちゃんと敵を見ろ」「刀の握りが甘い」などなど。
ひっきりなしに何かしら指摘された。

任務後は、「今日はこれでお終いだな!後処理くらい一人でできるだろう?」と言って足早に去ってしまった。

しかも、一回も目が合わなかった。
それどころか、深月に顔を向けてすらいなかった。

それなのに、指摘は的確で、頭の後ろに目が付いてるんじゃないかと思うくらいだった。


*****


思い出すと若干苛ついてきて、深月は頭を抱える。

「どこがお優しいのよ、親しみやすいのよ!!」

同僚が嘘を吐くような人達ではないことくらい、深月もわかっている。
自分以外には気さくに接している炎柱の姿も見たことはある。

でも、だからこそ、自分だけが嫌われているのだ、という思いが強くなる。

「私が気に食わないなら、一緒の任務断ってくれたらいいのに……」

深月はまた大きな溜め息を吐く。

どうしてか、彼とは合同任務が多い。階級が下の深月から断るわけにもいかないので、彼女は毎回、渋々任務に向かっている。

それだけならまだしも、いやよくはない。あんなに厳しくて怖いのに、一緒の任務は辛い。

まあ、とにかく、任務以外でもよく会うのだ。

煉獄の家や担当地区と、深月が拠点にしている場所が近いせいだろうが、生活圏が被っている。
買い出しに出掛ければ遭遇して食事に付き合わされ、小間物屋を見ていれば急に現れて「君にそれは似合わないと思う!」と大声で声を掛けてくる。

「このままじゃ、夢にまで出てきそう……」

そう言って、本日何度目かわからない溜め息を吐いたところで、隠が集まってきた。

軽く引き継ぎをして、深月はとぼとぼと帰路に着いた。


*****


数日後。
深月は珍しく与えられた休みに、わくわくすると同時に不安になっていた。

新しくできた甘味処へ行きたいが、今日も煉獄と会うんじゃないか、と。

なんでも、そこのおしるこが評判とのことだ。
汁やつぶ餡は上品な甘さで、白玉はもちもち。仕入れによっては、栗の甘露煮が入っていることもあるらしい。

どうしても食べたいが、出掛けて煉獄と遭遇すれば、間違いなくお説教が始まる。

いつだったか、昼間に遭遇した時は、「もう少し女性らしい格好をしたらどうだ!」と言われた。隊服を着て小間物屋を見ていたので、きっと可愛げがないと言う意味だったのだろう。
任務でのことだけでなく、そんな個人的なことまで説教されるなんて、もううんざりだった。

「あ、もし遭遇しても、可愛い格好してたら文句言われないんじゃ……?」

深月はハッと思い付き、普段は着ないような、よそ行き用の着物を引っ張り出す。
最近は、慣れてしまっているので休日も隊服で過ごす日があったが、今日は思いっきりおめかししてみよう、と考えたのだ。

おそらく、着飾らなくなった理由は、小間物屋で煉獄に言われた「似合わない」という言葉も原因だが。

だったら、似合うくらい可愛くなってやろうじゃないか。見返してやろうじゃないか。

そんな後ろ向きな考えで、深月は着物を身に纏い、髪飾りを付け、化粧までして出掛けた。


*****


出掛けたはいいものの、なんだか道行く人の視線が自分に集まっているような気がして、深月は落ち着かずにいた。

ちらちらと見られている気がするが、気のせいだろうか。
視線を感じる方に顔を向ければ、道行く人々が勢いよく顔を背ける。

もしかして、おめかしが久々すぎて、どこか変なのだろうか。
髪飾りと着物が合ってないのか。化粧がおかしいのか。和服も久しく着ていないから、所作が良くないのかもしれない。

そんなことを考えて、深月は少し青ざめる。
完璧じゃないと、また煉獄に説教される、と。

しかし、どこをどう直せばいいかわからないし、目的の甘味処はすぐそこだ。

そして何より、今日は煉獄と遭遇していない。

深月は半ば開き直って、このまま甘味処へ向かうことにした。

最後の角を曲がって、甘味処を見つける。少し行列が出来ていたので、並ぼうと最後尾を探したその時。

「雨宮?」

後ろから声を掛けられた。
この聞き慣れた声は、と深月は泣きそうになりながら振り返る。

「れ、煉獄さん……」

終わった、と思った。
今日は何を言われるのだろう、と覚悟を決めて煉獄を見上げる。

煉獄は、顔を赤くして固まっていた。
待てども待てども、何も言わない。

「煉獄さん?どうされました?」

深月はこてんと首を傾げる。
もしや、言葉も出ないほどおかしいのだろうか。顔を赤くするほど、怒っているのだろうか。

もしそうなら、いっそ逃げてしまおうか。

そんなことを考えていると、煉獄が深月の頭に手を伸ばして来た。

「髪飾り……珍しいな」
「えっ……あ、はい。今日は、頑張っておめかししました……」

説教ではない言葉が煉獄の口から出てきて、深月はきょとんとしながら応える。

「着物もよく似合っている。やはり、君には明るい色が似合うな」

煉獄が、ふわりと柔らかい笑みを浮かべる。
普段の真顔のような笑顔と違うその顔に、深月はどきっとする。こんな笑い方もできるのか、と。

そして、初めて褒められたことに気付く。

「煉獄さんに、初めて褒めてもらいました!」

単純に褒められたことが嬉しくて、深月は目を輝かせながら身を乗り出す。
すると、今度は煉獄がきょとんとした顔になる。

「む……そうだったか?」
「そうですよ!いっつもお説教ばかりで、私、煉獄さんに嫌われてるんだと……」
「嫌ってなどいない!」

深月の言葉を遮り、煉獄が通りに響くほどの大声を上げる。

あまりの声量に、通りに居る人々の視線が二人に集まる。

「れ、煉獄さん、声が大きいです……」

視線が恥ずかしくて、深月は煉獄を宥めようと、彼に手を伸ばす。
しかし、その手は煉獄に強く握られる。

「俺が君を嫌うものか!君は健気で、努力家で、可愛らしいところもあって……」
「待ってください!移動しましょう!」

往来で手を握られるわ、急に褒めちぎられるわで困惑して、深月は煉獄を引き摺るようにその場を後にする。

目前に迫った甘味処から離れるのは惜しかったが、今日は周囲の視線に晒されすぎて、もう耐えられなかった。

人気の少ない場所に着いて、深月は改めて煉獄を見上げる。
さすがの彼も気まずそうにしていた。

「すまん。恥をかかせてしまったな」
「いえ、大丈夫です」

本当は、大丈夫ではないけれど。
あれだけ目立ってしまっては、あの甘味処にしばらく近付けないのが悲しかったが、そう答えるしかなかった。

それに、煉獄に褒められたし、嫌われてないとわかっただけで、総合的に今日は悪くない日だと思えた。

煉獄は自身を落ち着かせるように小さく息を吐いて、再度口を開く。

「雨宮は、俺に嫌われていると思っていたのか」
「そりゃあ、あれだけお説教されれば……煉獄さん、他の皆には優しいって聞いてますし」

深月は眉を下げて、困ったように笑う。
この御仁は、なかなか独特な感性をお持ちのようだ。

煉獄は口元に手を当てて、今までのことを思い返す。

確かに、彼女には注意してばかりだった。
好ましい女性にどう接していいかわからないというのもあったが、死んでほしくなくて、強くなってほしかったからだ。

隊服で出掛けているところを見て、着物姿や洋装姿を見たいと思ったし、彼女が選ぼうとしていた簪は暗い色で、彼女に似合わないと思って声を掛けたこともある。
今日の着物や髪飾りのように、もっと明るい色が似合うと思ったのだ。

それらが、嫌っていると思われていたとは。

「女性の扱いというのは、難しいものだな……」
「ん?何か仰いました?」

煉獄が呟くように言った言葉は、いつもと違って小さすぎる声量で、深月は彼の顔をのぞきこんで聞き返す。

その何気ない仕草に、煉獄は心臓がうるさくなるのを感じた。
しかし、それは表に出さず、深月の手を取って優しく握る。

「今まで、君に不快な思いをさせていたようだ。すまなかった」
「いえ、不快だなんて……」

深月がゆるゆると首を横に振るので、煉獄は目尻を下げて笑う。
やはり、彼女はとても優しい心の持ち主だ、と思うと愛おしくなった。

「ありがとう。だが、お詫びに何か奢ろう。先程は甘味処に行こうとしていたのか?」
「そんな、お詫びだなんて。悪いですよ」
「俺と食事は嫌か?」

煉獄がふっと笑って、深月の手を口元に引き寄せる。

「それとも、他の男と出掛ける予定でもあったのだろうか」

そんなにめかしこんでいるしな、と続いた言葉に、深月はまた首を横に振った。

「嫌じゃないですし、一緒に出掛けるような男性もいません。これは、その……煉獄さんに怒られないように、と思っておめかしを……」

煉獄は一瞬驚いたように目を見開いたが、へにゃりと嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「そうか。それはよかった」

それはどう言う意味だろうか。
気になったが、尋ねることはできなくて、煉獄のふにゃふにゃの笑顔が可愛くて見惚れてしまって、深月は煉獄にされるがまま手を引かれる。

それから、甘味処に戻るまでの間も、行列に並んでいる間も、煉獄の手は離れなかった。

それにどきどきして、深月は道中何を話したのかよく覚えていなかった。



彼らの関係が変わるのは、もう少し先の話だ。





素直になれないというか、冷たくしちゃう煉獄さん可愛いですね!
家柄や立場的に、女性の扱いがよくわからないまま過ごしてきちゃったのでしょうか(*´∇`*)

夢主といつか結ばれてほしいですね!

可愛いリクエストありがとうございました!











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