炎柱
「もう大丈夫だ!」
力強い腕に抱かれたと思ったら、視界が大きく回転して、明るい声でそう言われた。
視界の上下が正しく戻ったことで、青年に抱かれて宙を舞ったのだと理解し、少女は青年を見上げる。
所々が赤い、炎のような髪色。
瞳も同じく、炎を思わせる色をしている。
「あ、あの……」
「安心しろ!鬼は倒した!」
彼がどこを見ているかはいまいちわからないが、彼の笑顔に安心した。
自分を襲っていた化け物は鬼というのか。
彼が助けてくれたのか。
自分は、生き延びたのか。
「さあ、家へ帰るといい!頭巾を被った人達が送ってくれる!」
地面に下ろされ、優しく頭を撫でられる。
少女は胸の辺りで拳を握り、きゅっと唇を引き結ぶ。
安心したはずなのにどきどきして、彼の笑顔から目を逸らせなかった。
名前も聞けなかったが、あれだけ奇抜な髪色だ。すぐに誰かはわかることだろう。
少女は家へ送ってもらう道すがら、頭巾の集団に尋ねた。
鬼とは何か。
彼や頭巾の集団が何をしているのか。
彼は、一体どこの誰なのか。
「あの方は、煉獄杏寿郎様と仰る方ですよ。鬼殺隊で剣士をされています」
「煉獄杏寿郎様……」
その名前を口にすると、心が温かくなるような感じがして、少女は彼の笑顔と名前を胸に、自宅へ帰った。
*****
煉獄は、新しく出来た継子を可愛がっている。
その継子は雨宮深月という名前で、以前煉獄に助けられたという。
最初こそ、深月を助けた覚えもなければ、年齢にしては細い体に、鬼狩りなど無理だと弟子入りを断ったのだが、深月は他所で育手を見つけ、剣士になってから改めて煉獄の元へ弟子入りに来たのだ。
煉獄は、『深月も他の隊士のように、三日と持たず音を上げるかもしれない』と思ったが、深月は意外にも、一言も弱音を吐かなかった。
それどころか、煉獄の真似をして、毎日明るい笑顔を浮かべている。
あまりにも慕われるものだから、煉獄も根負けして、深月のことを正式に継子に任命したのだった。
継子にしたからには、決して死なないよう、柱に相応しい実力をつけるよう、厳しく指導する。
今日も、深月は音を上げなかったが、煉獄は弟子の様子がおかしいことに気付き、稽古を中断する。
「顔色が悪いぞ!ちゃんと食事を摂っているか!?」
言いながら深月を肩に担ぎ、縁側まで運んで座らせてやる。
その間、深月は下ろしてほしそうにもぞもぞ動いていたが、煉獄は笑顔で「大人しくしていなさい!」と宥めるだけだった。
縁側に座った深月の前に膝をつき、彼の顔色を確認する。
青ざめているので熱は無さそうだったが、うっすら額に汗をかいている。
「具合が悪いときは遠慮せず言ってくれ!」
「でも……煉獄さんに稽古つけてもらえるの、嬉しいので……」
途中で止めたくなかった、と深月が呟く。
それを聞いて、煉獄は柔らかく目を細めた。
この弟子は、なかなか可愛いことを言ってくれる。
これだけ懐かれれば、師範冥利に尽きるというものだ。
「ありがとう!だが、深月の体調が第一だ!水を飲むか?それとも、何か腹に入れるか?」
煉獄は優しく尋ねながら、深月の前髪に手を伸ばす。
汗で額に貼り付いて、不快ではないかと思ったのだ。
前髪を掻き分けて、横髪を耳にかけてやると、深月は少し震えていた。
青かった顔はいつの間にか耳まで赤くなっていて、煉獄の機嫌を伺うように彼を見つめていた。
その様子に、煉獄は一瞬硬直する。
しかし、動揺などは表に出さず、すくっと立ち上がる。
「水と菓子でも持ってこよう!確か、頂きものの羊羮があったはずだ!」
少し早口でそう言って、すたすたとその場を去る。
それを見送ってから、深月ははあっと大きく息を吐いた。
「うう……心臓が持たない……」
胸の辺りを抑え、くっ、と悔しそうに唇を噛み締める。
あの師範は、男女問わずあんな風に接するのだろうか。
女性相手ならとんだ天然たらしだし、男性相手なら相手の性癖がこじれることだろう。
深月は前者だった。
見た目こそ男に見えるよう工夫しているし、煉獄からも男だと思われているが、実は女なのだ。
煉獄に会うため家を出る際に、物騒だからと男装したら、そこからずっと勘違いされている。
しかし、深月はそれでいいと思っている。
女性だとバレれば、継子を辞めさせられるかもしれないし、煉獄の側に居られるなら男でも女でもよかった。
ただ、問題があるとすれば、自分身体はどう足掻いても女だということだ。
今日だって、月のもののせいで腹痛や貧血に襲われている。それ以外は、いたって健康なのに。
男になりきれないこの身体も心も憎たらしい。
深月が拳を握り締めていると、煉獄がお盆を持って戻ってきた。
「ほら、食べなさい!」
「ありがとうございます。いただきます」
申し訳ないと思いつつ、深月は羊羮に手を伸ばす。
煉獄は、その手をじっと見つめていた。
男にしては随分白く細い指。声も高めで、先程担いだときは軽かったし、妙に柔らかい感触がした。
深月の一人称は『私』だが、それは名家の出身故だろうと思っていた。
何故なら、最初に『弟子にしてほしい』と押し掛けてきた時の深月は、上等な着物を着ていたからだ。
その着物は男物だったし、今の今まで彼を男だと思っていたが、それは勘違いだったのではないか、と煉獄は思い始めていた。
「深月は、俺のことが好きなのか?」
つい、思ったことをそのまま尋ねる。
先程深月が見せた表情は、どう見たって恋情を抱いている相手へのそれだったし、あの顔はとても女性らしかった。
「えっ……?」
深月の動きがピタッと止まり、口に運びかけていた羊羮が、ぺちゃっと床に落ちる。
煉獄は深月の顔をちらりと見る。
先程同様、耳まで真っ赤に染まっていた。
「それと、君はもしかして女性なのか?」
「え、なんでわかったんですか!?」
可愛い弟子は、つくづく隠し事が下手なようだ。
煉獄は気まずそうに頬を掻き、深月から視線を逸らす。
「まあ、なんとなく、そう思ってな……」
本当は、深月を肩に担いだ時に、男性の象徴であるアレの感触が無かったからなのだが。
さすがに、それを言うのは憚られた。
「そうだといいな、と思っていた」
これは嘘ではなかった。
こんなに可愛い弟子が自分に心を寄せてくれているなら、自分のこの想いが恋心なら、深月が女性であってほしい、と思っていた。
まあ、最終的には性別関係無く手に入れただろうが。
「さて、どうする?」
「どう、って……」
深月はふるふると震え、恥ずかしそうに目を伏せる。
煉獄はその様子を見て、愛おしそうに目を細めた。
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