4.5 (私)
零君は甘い物も好きらしい。わたあめにしては珍しいサイズの袋ではあったが、その殆どを食べたのは見た目も味覚も甘々な少年である。私はというと、勿論食べたけど…零君の食べる姿でお腹一杯である。そして、どちらかというと今しがた受け取ったばかりのたこ焼の方が魅力的だ。

「よーし、じゃあいくよ!」
 
屋台に並ぶ前よりも増えた人通りではぐれないよう、しっかりと零君の手を握り、目的の場所へと人混みを掻き分けて足を進める。
 
「名前?どこにいくんだ?」
 
会場はこちら、という案内の看板とは逸れた方向に進むのを疑問に思ったのだろう、零君が私の一歩後ろから少しだけ焦りを含んだ声をあげる。
 
「ふふ、着いてからのお楽しみってやつ」

得意気に笑って見せれば、呆れたように笑い返して、私の手をきゅっと握りしめる。
屋台の列から離れた場所に、高くまで続く石段があった。夜なのもあり、上を眺めるも先がよくわからない。
スマホで明かりを灯しながら、転ばないように足元を照らし、その石段を一段一段しっかりと登る。そして、最後の一段を踏みしめると、大きな赤い鳥居が私たちを出迎えた。
 
「つ、着いたぁ!」
 
「…神社…?」
 
「わたあめ屋のおじさんがね、『お姉さん別嬪だから特別に穴場、教えてやるよ!』って」
 
そこにはひっそりと佇む神社があった。下界の喧騒とは離れた、神聖なこの場所にはあまり多くの人はいない。穴場だというのは間違いではなかったようだ。
この神社が穴場だと知っている人はここがどのような場所であるか、よく弁えているようだ。

「ん、食べる前にちょっとお詣りしちゃおっか」
 
「わかった」
 
花火を見せてもらうために場所を借りる、その挨拶と単純に零君のことを神頼みしたくて提案してみると、素直に応じられてしまい何だか拍子抜けしてしまった。
零君の手に小銭を握らせ、そしてお互いに手を合わせる。神様、他力本願ですみませんが零君を元の場所に戻してあげてください。それまでは、私が絶対に守ります。祈る際に瞑った目をゆっくりと開け隣を見れば、まだ目を瞑ったまま真剣にお願いをしている零君。彼は一体何を真剣に祈っているのだろうか。
手を合わせ終えた零君と並び設置されているベンチに腰を下ろし、熱々ではなくなってしまったたこ焼きに箸をのばす。
まだ花火は始まらないのかと、箸を持つ逆の手でスマホの時計を確認しようとした時だった。
ヒュルルルと高い音が響き渡り、次の瞬間雲一つない夜空を破裂音を轟かせながら大輪の花が咲き誇り、散ってゆく。

「…綺麗」

一発ずつ交互に打ち上がったかと思うと、いくつもの花火が色を変え場所を変え次々に夜空に放たれる。
神社の周りを覆う様に並ぶ木々の開けた場所は、正に特等席と言うに相応しかった。
色とりどりの花火が様々な形で姿を現し、しっかりとそれを目に焼き付けていると自然と言葉が漏れた。

「うん…綺麗だな」

隣に座っていた零君も、この花火の迫力に圧倒されたのだろうか、感嘆とした声を上げる。
視界いっぱいを覆う花火に夢中だった私は、この時零君が私に視線を向けていたことに気づくことはなかった。
その後も暗い夜空を無数の花火は照らし続けた。終盤になるとその大きさを増したものが打ち上がっては消えてゆく。
私はしだれ柳の花火を一等綺麗だと思っていた。一瞬という短い命ではなく、咲いたことを知らしめるかのようにゆっくりと消える様に儚さを感じるから。
最後までキラキラと咲き誇り、落ちてくる様子がまるで流星群のようで幼い頃はワクワクした覚えがある。
昔見たものと同じように、この花火大会でのトリも私の好きなそれであった。
キラキラと輝き、下に落ちていくと同時に少しずつ消えていく。空には、それが咲いている名残が少しの間残っていた。

「…終わっちゃったね」

先程まで強い光が覆っていたせいか、夜空に浮かぶ星がうまく見つけることが出来ない。余韻に浸りながら星を探し、しみじみと呟けば零君も同じように天を仰いだ。

「でも、綺麗だった」

零君の綺麗な澄んだ蒼い瞳は、深い深い夜の海のような色をしている。

「それに、名前と見れていい思い出になった」

何故だろう、その言葉があの儚い花火よりもぎゅっと胸を締め付けた。いい思い出ならば、良い事なのに。頭では分かっているのに突如やってきた不安に陥れられたような気分だった。
いつかは居なくなるこの少年。神頼みをしてから2時間も経過していないというのに。私の中で徐々に存在が大きくなっていく、それが何だかとてつもなく恐ろしく感じた。

「そうだね、私も零君と見れてよかった」

嘘を吐くことは不本意ながら苦手ではない。そうやって塗り固めてこなした仕事だって数多くある。
にっこりと、私自身をも誤魔化すように笑って、自分の感情に蓋をする。だって、こうしなくてはならないものだから。





長い石段を危なげながらも下り終え、自宅に戻るために屋台を横切ればそこはまだ賑わいを見せていた。
屋台を閉めている所もあれば、値下げをして提供している所もある。それを目的としている人もいるのだから、賑わうのも当然か。

「もう帰っちゃうつもりだってけど、いい?寄ってきたい所とかある?」

一歩後ろを歩く少年にそう問いかければ、屋台には見向きもせずに首を横に振った。

「いい。名前も疲れただろうし、帰ろう」

ぶっきらぼうな態度ではあるが、気遣ってくれる優しさに思わず胸のあたりがじんわりと熱くなった。

「ん、じゃぁ帰ろう」

再び帰路を辿るため、進行方向へと足を向けると、掌を引かれる。

「…はぐれないように」

ほんのりと頬を赤らめながら、私の掌を優しく引き寄せて、私よりも先を急ぐように歩きだす。
不覚だ。感情に蓋をしようと思えば思う程、この少年に振り回されるのではないかと思えてならなかった。
零君に手を引かれるのも癪だったので、横に並び歩いていると前方から喧しいと称すに相応しい集団が見えた。
触らぬ神に祟りなし、ではあるが横切る時に盗み見れば酒に酔った男と泥酔している女。
ぱっと見た感じ、大学生ぐらいだろうか。ニュースでもよく見かける事件がパッと頭に浮かび、思わず足を止める。

「…零君、ちょっとそこの離れたとこに居て。何かあればすぐに人を呼びに行けるように」

私と同じようにその集団を見ていた零君は、何か嫌なものを見るかのように顔を顰めていて、私の指示に素直に頷く。
零君が私から離れるのを確認すると、私はその集団に向かって一歩ずつ近づけば、一人の男が顔をこちらに向けた。

「おねーさん、めちゃ美人だね!これから俺たち良い事するんだけどさぁ、おねーさんもどう?」

酒に酔っているからだろう、所々呂律が回っていない。酒臭いし、下衆な思考回路にはついていけない。

「…その女の子、どうするつもり?」

多分、いやきっと、今の私はゴミでも見るような冷ややかな視線を送っているだろう。

「俺たちやさしーから、ゆっくり休める所で介抱してやるんだよ」

へらへらと赤い顔を緩ませているが、その顔には下心がありありと書かれていて、呆れるしかない。

「大丈夫よ。私が介抱するから、あなた達は酔いでもさましてなさい」

ぴしゃりと言いつければ、それが気に食わなかったのだろう。他の男も怪訝な表情を浮かべて此方を見る。

「こっちが大人しくしてりゃ偉そうに…!」

酒は飲んでも呑まれるな、まさにこの男共にふさわしい言葉だ。判断力が低下しているのか、その沸点の低さにも気づかずに腕を振りかざした。
正直、この程度の酔っぱらいの制圧など私にとっては簡単なことだ。スピードの出ていない拳を躱して、その腕を掴み下に引けばバランスを崩した。
そしてすかさずバランスを取ろうと踏み出した足を思い切り払い、地面に倒す。簡単に倒されたことに対して目を丸くしている間に、いつも常備している結束バンドを使い両手を腰元に固定する。
ハッと我に返り、もう一人男が掴みかかろうとしてきたが、その腕を捻りあげて背に回せば痛い痛いと喚きだす。

「そこ!何をしているんだ!」

誰かが人を呼んだのだろう。祭り会場の警護にあたっていた警察官が声をあげ、こちらに向かって走ってきた。
うーん、流石にどんな原因であれ謹慎中…ついでにあまり目立ちすぎたり、顔を割らしてはならない私が騒動を起こしたとなれば問題となる。
悪いことはしていないのに逃げるようにこの場を去らなくてはならない矛盾がなんともむず痒いが仕方ない。
喚く男を駆け寄ってくる警察官に向かい押し出し、念のため親切な私は忠告をしてあげる。

「お巡りさん、この女の子相当飲まされてますよ。ついでに、女の子たちが泣き寝入りになるような事件と関わりがないか、ちゃーんと調べてくださいね」

警察官の到着により目の色を変えて慌てだす様子からすると、黒だろう。暴れだす男を抑えるのに精一杯の顔も知らぬ名も知らぬ同僚に一言伝え、足早にその場を去ることにした。

「名前!」

警察官の登場のおかげで野次馬が増えたので人ごみに紛れるのは簡単だった。待たせていた少年を見つけるよりも早く、零君が私の名を呼ぶ。

「ごめん、お待たせ〜」

「怪我はしてないか!?」

へらりと笑うも、ずっと私のことを言いつけ通り離れたところから見ていたのだろう。心配そうに揺れる瞳が忙しなく動いている。

「うん、してないよ。心配かけてごめんね」

本当に怪我をしてないか、零君は自分自身の目で確かめると、はぁと大きく溜息を吐いた。

「…すごく心配した…。でも、名前が無事でよかった」

零君の頭を撫でようと思った右手は呆気なく取られ、零君の両手に包まれた。
少し汗ばんでいるそれはと、今にも泣きそうな表情を浮かべられてしまい、思わず息を飲んでしまう。
駄目だよ零君。君には帰るところがあるんだから、私なんかにそこまで肩入れしちゃいけないんだ。そう言葉に出来なかったのは、特大ブーメランだからなのだろう。
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