7.0 (私)
昨日のドライブから一夜明け、日焼けした肌は赤くなっていた。元々色が真っ黒になるような焼け方はしない方で、こうして赤くなり、気がついたら元の肌に戻っている。まぁ、紫外線は大敵なので日焼け止めはちゃんと塗る派ではあるが美白を求めているわけではないのだ。
とまぁ、肌のことはどうでも良いのだ。いつもこの時間にはリビングにいることの多い零君の姿が見当たらない。やはり昨日の疲れが残っているのだろうか?心配になった私は、眠っていることを考慮した上で足音を立てずに寝室へと向かう。
ベットの際に立ち、こっそりと覗き見るとうっすらと汗を浮かばせ寝苦しそうに眠る少年の姿があった。エアコンにより朝方まで冷やされていた部屋はまだ少しだけひやりとしているというのに、微かに上気する頬。
まさかと思い額に手を当ててみると、掌からじんわりと伝わる熱に嫌な予感が的中したと思った。発熱している。咳き込む様子は現時点では見受けられないが、これから出てくるかもしれない。
看病なんていつぶりだろうか、どうすればいいだろうか。若干テンパりつつも脳内で何をすればいいか手順を立てる。まずは汗を拭くためのタオルを濡らしてこよう、そうしよう。
「零君、零君ごめんね…少し起きれるかな?」
水を張った桶を用意して寝室に戻り零君を起こすと、熱のせいだろうか普段の寝起き以上にとろんとした瞳。熱をもった頬は色づいていて、何だかいけないことをしているような気分になる。お巡りさんごめんなさい…!
「…っ、?」
どうやら本人には熱が出ている自覚がないようで、起こした身体に違和感を感じて不思議そうに瞬きを繰り返している。
「零君、ごめんね…熱があるみたいなんだけど、汗拭かせて貰ってもいいかな?」
私の申し出により、自分が今どういう状況か把握した零君はこくりと小さく頷いた。正直、今の私はあまり人に見せれるような顔をしていないと思う。零君のことだから自分で拭く、と拒否するものだと思っていたのだから、驚きを隠せていないだろう。そんな私を余所に、零君は着ていたTシャツをおもむろに脱ぎ始めた。
「…ん」
そして脱ぎ終わるとベッドの上で体勢を変えて此方に向かって背中を向けた。肩甲骨と背骨のラインがよく分かる背中は、まるで見てはいけないもののように映る。煩悩退散!と心の中で一喝してから、水気を少しだけ含ませたタオルでその背をなぞる様に拭いていく。零君は元から肌の色が浅黒いのもあり昨日の日焼けで更に焼けたといったようなこともなく、しなやかな腕は段が付くこともなく綺麗な褐色のままだった。
苦行ともご褒美ともとれる作業を終え、新しいTシャツを零君に着せてから桶を片付ける。本来なら病院に連れていきたい所だけれど保険証もない。身内でない私が病院に連れて行けば関係性を疑われる可能性もある。そうなると職を失ったも同然だ…。零君の体調が良くなるのであれば、治療代など気にはしないのだが、職はなぁ…。
とりあえず、リビングにあるチェストの引き出しから発熱用の風邪薬を探すことにした。自分で買った記憶はないが、後輩や上司から風邪を引いたときに見舞い代わりとして貰った記憶なら微かにある。乱雑に物が入ったそこを探っていると、お目当てのものを発見した。よし、お粥作ろう。
「零くーん、お粥作ったけど食べれる?」
相変わらず苦しそうに呼吸を繰り返し眠る零君に声を掛ければ、重たそうな瞼を一生懸命持ち上げて蒼い瞳を覗かせた。ゆっくりと起き上がり、私の手元にある小さな土鍋を見て一瞬考え込むが、すぐに首を縦に振った。
多分、折角作ってくれたのをいらないと断れないと思ったのだろう。食欲があるようには見えないが、薬を飲むためには胃に何か入れて貰わないといけないのも事実だ。あまり行儀がよくないが、零君の膝の上に土鍋の乗ったお盆を置き、少量をレンゲで掬ってそれを手渡そうとすると、僅かに水気を含んだ瞳と視線が絡んだ。
「…え」
本日二度目の衝撃に煩悩退散どころではなく、お縄に着くんじゃないかと思った。まるで雛鳥の様にぱかりと口を開け、食べさせてもらうのを待っているだなんて一体誰が想像しただろうか。いや、想像でも妄想でもなく現実であるというのがより問題だ。思わず固まってしまった私を不思議に思ったのか、小さく首を傾げている姿が可愛いんですけど…私って実はまだ寝たまま?夢なのかな?
「…食べさせてくれないのか?」
固まったまま動かない私に、しゅんと肩を落として見せる零君。待ってほしい。一体何のイベントが発生したというのだろうか。お預けをくらっているような子犬のような少年は例えるならポメラニアンとチワワのミックスのポメチワそっくりで…困る。控えめに言って最高?そんな馬鹿丸出しのことを考えていると、ポメチ…零君が私の手を掴みその手に握られたレンゲをぱくりと口に含んだ。おいおい、何回驚かせるって言うんだこの少年は…セルフあーんなんて体験初めてだぞ。
「おいしい」
脳内処理が完全に追いついていない私を余所に、満足気な零君。わかった、もうお姉さんの負けで良いです。かつてないデレ攻撃はきっと熱のせい、を合言葉に、再び口を開けて待つ零君へとお粥を食べさせることにした。
元々少量しか作らなかったのもあり、あっという間に食べ終わった。決められた分量の薬もきちんと飲ませ、一安心する。ひと段落着いたところで片づけをしようと立ち上がると、くいっと引っ張られるシャツの裾。その裾を握っているのは少年の手で、どうかしたのだろうかと思い再びその場に腰を下ろす。
「…寝るまで、手…つないでてほしい」
伏目がちに視線を逸らし、ぎゅうと指先に力が込められた。零君は私をどうしたいのだろうか、こんなの可愛いに決まってる。
段々と零君のデレに耐性がついてきたというか、今しか見れない反応なのであれば今のうちに満喫しておこうとシフトチェンジに成功した私は可愛らしいお願いに応えるため、サイドテーブルにお盆を置きベッドの淵に座り直し、その手をぎゅっと握った。
「おやすみ、零君」
繋いでいない方の手でさらりと瞼にかかる前髪を撫でれば、ふわりと柔らかくなる表情。体力的にも厳しかったのだろう、手を繋ぎ始めてからそう時間が経たないうちに寝息をたて始めた。今朝と違うのは苦しそうに顰められていた眉が、すっかり穏やかあ顔つきになっているところ。起きないようにそろりと繋がれていた手を離し、洗い物を手にして部屋を出る。
そう言えば前に風邪薬だけでなく冷却シートも貰った気がする。洗い物が終わったら、探して零君のおでこに貼りに行こうと決めて作業に取り掛かった。
洗い物以上に冷却シート探しに時間がかかってしまった。何処をどう考えたってあのチェストにあると思ったのに、まさか調味料やレトルト商品のストック置き場から出てくるだなんて誰が思っただろう。何してるんだ私。やっと見つけたそれを手に持ち再び寝室を訪れるとすやすやと眠る少年が真っ先に目についた。
すごく穏やかな表情で気持ちよさそうに寝ているものだから、声を掛けるのが憚られる。と言うよりも、冷却シートいきなり貼ったら起きてしまわないか?誰だよこれ貼ろうって言ったやつ!私か!いつもなら下らないやり取りにも応じてくれる少年が寝込んでしまっているから私の脳内の喧しさが二乗状態だ。
ひとまず、冷却シートは零君が起きてからにしようと思い、それをテーブルに置き部屋を出ようとした時だった。
「ん…、名前…」
か細い声で呼ばれたので振り返ると、先程とは変わらず眠ったままの少年。なんだ、寝言か…そう思い再び背を向ける。
「…すき」
本日一番の衝撃に、固まらざるを得なかった。ぎぎぎ、と錆び付いたブリキのおもちゃの様にぎこちなく振り返えったところで目の前の光景は変わらぬまま。私の聞き間違いだったろうか?きっとそうだ、そう落ち着こうとするや否や、繰り返される私の名前とその二文字。
これじゃあまるで、零君が私のことを異性として好きだと言っているように聞こえてしまうじゃないか。熱にうかされたうわ言なのは分かっているというのに、何度も繰り返される言葉が私の頭から離れなくなっている。
ちょっと待って、私これからどうやって接すればいいの・・・!?すっかりキャパオーバーした私の脳内は、暫くしない内に仕事をするのを放棄した。
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