1.0 (私)
さて、少年の衣食住を私が何とかするとして…まずはこの時間帯に部活着で出歩くのもどうかと思う。
とりあえず、適当に服でも買って…ついでに夕食も外で済ませてしまおう!頭で計画を立てつつ助手席に座る少年に尋ねた。
「ねぇ、何か食べたいものとかある?」
一緒にとる初めての食事なわけだし、少年の好きなものでいいだろう。それぐらい楽観的に考えていた。
「…何でもいいです。正直、昨日から何も食べてない割には…食欲もなくて…」
少し落ち着いてきたのだろう。私が年上だからか、はたまた衣食住の提供者だからだろうか、どこかぎこちない敬語が可愛らしく感じた。
…ん?まて、今少年は何といったのだろうか?…何も、食べて、ない…??
「っえ、は?」
わたわたと、動揺を隠すつもりもない私に対し、少年はバツが悪そうに顔を背けた。
「…水分は、公園の水飲み場で何とかなりましたけど…」
ぶっきらぼうに答えたが、そうじゃない、そうじゃないよ。8月という、夏真っ盛りのこの時期に水分だけ?
「…予定変更、ね!」
遅い時間まで営業しているショッピングモールにでも行こうかと思っていたがそんな場合じゃない。
Uターンが可能な交差点で対向車線を確認をして豪快にターンを決めて車を転がせば、シートに縫い付けられた少年が驚いた顔をしていた。
自分で言うのもなんだけど、危険な仕事をしているだけあって給料はいい方である。
セキュリティもしっかりした高層マンションのそこそこ上の方にあるマイホームへ駐車場から向かっている途中、少年は驚いたようにきょろきょろとあたりを見渡していた。
「…お姉さん、何者なんですか…?」
本当にここに住んでいるのかとでもいいたげな、探るような視線に思わず苦笑いを零す。
確かに、私みたいな女が独りで住むような所ではないと思う。しかし、ここに住んでいるのは紛れもない事実なのだ。
「秘密だよ、少年」
人差し指を唇の前にもってきて、内緒だとアピールするとすぐに目を逸らされた。アラサーがやっても痛いだけなのを痛感した。
自宅までの道中、少年は昨日太陽がてっぺんから少し傾いたぐらいから此処にいた、と話してくれた。
つまるところ、昨日からロクに食事もしていなければ眠れてもいない、勿論風呂にだって入れていない。
肉体的にも精神的にも疲弊しているであろう少年のことを思えば自宅に帰ってくるという判断は正しかった。
ロックを解除し、2LDKのマンションに招き入れ、真っ先に風呂場を案内する。
「ごめんね、お湯ためてないからシャワーでもいい?」
着替えも持ってくるね、と言うだけ言って脱衣所に少年を残し扉を閉めると少年の少しだけ焦ったような声が聞こえた。
ジムように買ったはいいが、腰回りが緩く腰履きになってしまうグレーのスウェット地のハーフパンツと、
これまたビッグシルエットが可愛いかな?と思って買ったが自分には全く似合わなかったTシャツとボクサーパンツを持って脱衣所に行けば
ザァァァとシャワーの流れる音がした。よし、ちゃんとシャワーを浴びてくれているなぁと確認を終えたところで次の準備に取り掛かった。
少年に好き嫌いを聞き忘れてしまったなと思ったが、冷蔵庫の中身は気持ち程度しか残っていない。
おそらく少年の発言から察するに水以外を口にするのは24時間ぶり、といったところだろうか。
野菜室にかろうじて残っていた使えそうな野菜を片っ端からみじん切りにして下ごしらえをテキパキと済ませる。
コンソメスープと…トマトリゾットかなぁ。チーズでもいいが、1日ぶりの食事にこのチョイスはしないな、そう思い戸棚のからトマト缶を探し出し、冷凍庫でカチカチになったご飯をレンジにかけた。
ぐつぐつと水気がなくなり、とろみがでてきたリゾットの鍋からトマトの良い香りが漂う。隣には澄んだ色のコンソメスープ。
あともう少しかなぁ、と思っているとシャワーを終えた少年がおずおずと遠慮がちに部屋に入ってきた。
「どう?少しはサッパリした?あと、服きついとかない?大丈夫?」
アイランドタイプのキッチンだから振り返らなくても少年のことがよく見えた。
どこか恥ずかしそうに視線を右へ左へと忙しなく彷徨わせる少年に何かあったのだろうか?と一瞬考える。
「あ、もしかして下着が気に入らなかったとかかな?それともサイズ?ちゃんと新品だから、そこは心配しなくて大丈夫よ?」
にこりと笑ってそう返してみると、少年は顔を真っ赤に染め上げて口をパクパクと動かす。
新品なのは本当である。捜査の一環で男装をすることがある。その際にはもちろん下着だって男物にする必要があるのだ。
女物と勝手が違うから適当に購入をしたはいいが、もう一つのサイズがピッタリだったため片方は未開封のまま。
少年はきっと独身というこの妙齢の女の家に何故新品の下着が…しかもサイズまで、と疑問と恥ずかしさでいっぱいなのだろう。
それを分かっていながら確信をつく返答はしない。我ながら本当に意地が悪い。だが、揶揄う程可愛らしい反応を見せるこの少年がいけないのだ。
見事なまでの責任転嫁を心の中で決めていると、彼のお腹からくぅ、と可愛らしい音が鳴った。
「さて、ご飯にしよっか」
スープカップと少し深めの皿を用意しそれぞれ盛り付けてテーブルへと移動する。
少年にも、椅子に座って待つように告げれば大人しくそこに座った。
冷蔵庫から取り出した新品のミネラルウォーターをグラスにつぎ、私も席に着くと少年と目が合った。
「…いただきます」
両手を合わせ、私に向かい軽く頭を下げ告げるその光景は、少年の育ちの良さを表していた。
「どうぞ、召し上がれ」
少年は、降谷零と言うらしい。すっかり忘れていたが、どうやらお互い名乗っていなかったようだ。
少年こと、零くんは私の作ったご飯を綺麗に平らげてくれた。忘れていた食欲が蘇って本当に良かった。
そんな零くんだが、ふかふかのソファーに背を預け眠たそうに綺麗な青の瞳を細めていた。
「こら、寝るならあっちに行くよ」
洗い物を済ませて近寄れば、まだ寝ない。と言わんばかりにゆるゆると首を横に振るが瞼は正直で、閉じかかっている。
「もう、…ほら」
意識のない人間は重たい。だから早いうちにベッドに運んでしまいたいのだ。
零くんの腕を取り、立ち上がらせて肩を支え寝室へと向かえば、眠気でおぼつかない足取りで隣を歩く。
私以外の人間がこの寝室に立ち入るのは少しだけ気が引けたが、背に腹は代えられない。
ロクに眠れず、緊張しっぱなしだった少年の緊張がやっとほぐれ、安心し、やっと眠れるのだ。それを邪魔する権利など私にはない。
ベッドに寝かせれば、ものの数分で寝息を立て始めた。夏用の薄い掛布団を胸元までかけ、エアコンを調整する。
気持ちよさそうに眉を下げて眠る姿は中学三年生にしては幼く感じるもので、少しだけきゅんとした。
「ん…」
ころりと寝返りを打てば色素の薄い髪が揺れ、薄く開いた唇からは幼いながらも艶を含んだような声を出すのだから心臓に悪い。
「…リビングで寝るかな」
中学三年生なら一緒のベッドで寝たって大丈夫なんじゃないかと思ったが、その考えは捨てることにした。
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