2.0 (私)
泥のように眠ろうと、眠りたいと思っていた。
私だけで過ごす休みであれば、それで十分。だが、昨日からは謎の怪異に巻き込まれた降谷零くん(中三)がいるのだ。
いつまでも私のお古を着せるわけにはいかない。いつ帰るかわからないのに、ときっと零くんは遠慮するだろうが、気にしない。
成長過程であれだけのイケメンだ、何着せたって似合うならとことん着飾らせてやりたい。
そんな邪な考えをもちながらソファから身体を起こし、思い切り伸びをすればバキリと骨が鳴る。
スリッパを履くのも面倒で、ぺたぺたと歩き寝室を覗けばぐっすりと眠ったままの零くん。
気持ちよさそうに眠る姿を見て、そのまま寝室にある壁掛けの時計を見れば時刻はまだ6時前。
昨夜は少年を寝室に連れて行ったあと、すぐにソファで眠りこけたからシャワーを浴びていない。
起こすにはまだ早いのでここはシャワーを浴びてから朝食作りが良いだろう。よし、そうしよう。
熱すぎず温すぎないシャワーを浴びながら私は思考を巡らせると、眠気でハッキリしなかった意識がシャワーにより覚醒し始めた。
零くんは一体何処からやって来たのだろうか?学生のときに漫画で読んだものと同じようにパラレルワールド?並行世界?そういった所なのだろか。
だとしたら、何か原因があるはずだ。ただ、あの子の口ぶりからすると原因に関しては分かっていないのだろう。
聡い子だということは昨夜から関わっている中で理解するには十分だった。落ち着いたら見えなかったものも見えてくるかもしれない。
だが、深く考え込ませるのは今の零君には酷なことだろうから、まずは気晴らしが優先かな。
今日、まずはこれから何をすべきか考えをまとめて濡れた髪をかき上げ、シャワーを止める。
仕事のせいで暫く切っていない髪は私の中では長い方で、水分を纏ったそれはやたらと重く感じた。
あー、やっぱり髪が長いと暑苦しく感じてたまらない。この休み中に切らなきゃ…とぼやく。すると、遠くから慌ただしく駆け回る足音が聞こえた。
何事かと思ったが、この家には私と少年しかいないのだ。恐らく、零君が私のことを探ししているのだろう。
さっと身体を拭き、髪を乾かすのもそこそこに、手早く部屋着に着替え脱衣所を出れば、リビングのドアから出てきたばかりであろう零君と遭遇する。
「やぁ、おはよう。よく眠れたかな?」
慌てていた少年が少しでも落ち着けばいい、そう思いにこりと笑って見せれば、零君は目を見開いた後自分を落ち着けるように深く息を吐いた。
「大丈夫?」
ポタリと髪の先から滴る雫は気にも留めず零君に近付き、少しだけ寝癖で跳ねる髪を直すように頭を撫でればこくりと小さく頷く。
昨夜、寝る前はあれほど落ち着いていたというのに起きてみたらこの状態とは…やはり少年の抱えるストレスは計り知れないものだ。
少しでも私を頼ってくれたらいい、君は独りぼっちなんかじゃないんだよ。そう言葉で伝えるのはなんだかとてもくすぐったくて、その身体をぎゅっと抱きしめた。
「!?」
私の行動に驚いたのだろう。肩がびくりと跳ねたのが見て取れたが、離れる様子はなく私の肩に額を預けたのだ。
私より少しだけ背の低い少年。成長の途中でがっちりしすぎず、華奢過ぎない…それでいて、しなやかな筋肉のついた細身の身体。
このまま成長を遂げれば間違いなくスーパーモデル級のイケメンの出来上がりだ。こんな浮ついたこと考えるだなんて…警察辞めた方がいいのかな。
ごめんなさい、下心はないんです…ただ私がいなくて取り乱して、ぎゅっとしたら安心して部屋着の裾をきゅっと握るとかが可愛いとか…断じてあります…。
一応、念のため言っておこう、ショタコンではない。膝小僧がまぶしい年頃の男の子からは犯罪の香しか感じない。零君は…何というか別物だ。
「…名前さん?」
心の中で言い訳と謝罪を繰り返す私のことなんて、勿論知らない元凶である少年は額と裾を離し不思議そうに私の名前を呼んだ。
あ、まずい。さっきまで考えていたことを振り払い、にこりとすればほんのりと顔を赤らめて顔を逸らし、今度は身体ごと離れた。
「よし、じゃぁ零君も起きたことだし、朝ごはんにしよっか」
明るい声で、そう提案すれば一度だけ頷いて見せた零君の髪は少しだけ濡れていて、リビングから洩れる明かりを浴びてきらりと光った。
「いやぁ、ごめんね…すっかり失念していたよ…」
悪びれたような素振りのない口ぶりかと思われるが、正直猛省中である
シャワーを浴びてから朝食作りと意気込んでいた数時間前の私をぶん殴りたいところである。
何故かって?冷蔵庫の中に食べ物が皆無だったからである。昨晩使い切ったのをすっかり忘れているのは本当にやばいと思う。
とりあえず、マンションの近くに新しくできたオシャレなカフェのモーニングを目指している最中だ。
「いえ、名前さんが誤る必要はないかと…」
困ったように眉を下げて笑うが、何ともまぁ…中学三年生らしさのないことか。(イケメンだけど)
「ねぇ、零くん。その敬語、やめない?よそよそしすぎると言うか…」
正直、堅苦しいのは好きじゃない。そもそも零君は中学生である。気を遣ったような言葉遣いが似合わないわけではないが…子供らしく振舞ってもらった方が楽だ。
別に私は衣食住は提供しているが、敬ってもらいたい訳ではない。きっと常識とは何たるかをわきまえているであろう少年は敬語を外す気はない。
私の読みが当たったのだろう、少年は答えあぐねる。
「あのねぇ、君はまだ義務教育中の未成年なんだから。子供らしくしたってバチはんかあたらないよ」
流石に昨夜あったばかりのほぼ初対面。いきなり友達のように思ってくれとは言い難いが、少年が少年らしくするのは問題ないだろう。
そう言葉を選んで言ってみれば、まだ納得がいかないのか不満そうに口を尖らせ呟いた。
「年上ですし…」
「その年上が良いって言ってるんだから聞きなさいよね」
サラサラとした髪を両手でぐしゃぐしゃにしながら語気を強めて言えば、諦めたのだろう。間をあけて分かったと小さく言ったのだ。
うんうん、さっきまで拗ねた様な顔をしてたのに今は少しだけ嬉しそうに頬を緩めてるんだから可愛いよね。
「そっちの方が子供らしくて好きよ」
おっと。思わず本音が漏れてしまった。でも仕方ないよね、コロコロと変わる表情は幼さを一層と引き立ててるんだもん。
背伸びしたい年頃なのは百も承知だけど、その可愛らしさが等身大の少年のようで良いと思ったのだから。
そうそう、子供らしくてに反応したのか…それとも好きよに反応したのか、少し眉尻を上げたり赤くなったりするのも勿論、可愛いよ。
どう反応していいのか分からない零君の手を何事もなかったかのように引き、モーニングの為に近くのカフェに向かった。
腹ごしらえの終わった私と零君は一度愛車に乗るためにマンションに戻り、そこからショッピングモールへと移動した。
ちなみに今の零君は私が好んできているユニセックスもののTシャツとパンツを身にまとっている。
捜査の際男装や、性別が分かりにくいようにすることもあるため気が付いたらこういうものが着やすいと感じるようになっていた。
蛇足だが、私の格好は襟元のあいた白のシャツに濃い目の色合いのデニムのスキニーである。
「さーて、まずは服からかな〜?」
少年に似合いそうな服を探し、モール内をきょろきょろと見渡しながら歩けば、後ろからそっとついてくる。
敬語は何とかなっても、やはり控えめな態度をとるあたり零君はよくできた子だと思う。
「零君。何を遠慮してるかは知らないけど、お金のことは気にしないでほしいなぁ」
考えていることをズバリ言い当てられたからだろう。目を見開いた後に何とも言えない渋い顔をされてしまった。
「おねーさん、これでもお金持ちなんだから」
「…そういう問題じゃないだろ」
わざわざこんな成り行きで拾った見知らぬ自分に使うだなんて馬鹿げてる、とでも言いたげに呆れた顔にため息を付け加えた。
「まぁまぁ、いいじゃない。零君みたいなイケメンを着飾らせてもらえる機会なんてないんだもの」
今朝考えていた心の内を吐露すれば、ますます呆れたとばかりにジト目を向けられてしまった。
「ぶっちゃけ、何言われても必要なものは揃えるしお金も惜しむつもりないから」
渋い顔をしたり、呆れたり、それでいて私のことをどこか気遣っていて疑う様子もない。ちょっとずつだが、少年の私に対する壁が薄くなったと思う。
本人がどう思っているかは知らないが、私にはそう思えてしまい、ついにやりと笑んでしまう。
そんな私を見て、仕方ないと言わんばかりに困ったように笑うのだから、私の考えはあながち間違いじゃないんだろうなと思ってしまうのだ。
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