2.5 (私)
「…困ったぞ」
まずい、非常にまずい。こりゃ困るってもんよ…え?何がって?何に一体困ってるかって?
「…似合わないか?」
控えめに呟き、心配そうに私の様子を伺うその姿はただのイケメン(中三)である。中学生が着るにはちょっと背伸びしているようなメンズファッションブランドの服であるが、大変似合っているのだ。そう、大事なことだから言っておこう
「ううん、似合いすぎて困る」
試着室から出てきた零君に真顔で本音を曝け出せば、蒼い眼を丸くしてぽかんとした表情を浮かべている。オフホワイトのロング丈のTシャツに真っ黒なアンクルスキニーといったシンプルな恰好ではあるが細めのラインがとても合っているのだ。
…私が中学生の時って、男子はこういう服を着ていただろうか…いや、ないな。絶対にない。きっと零くんは年相応の子供っぽさのある服よりも、こういう感じの大人びた服の方が似合うのだろう。イケメンってすごい。
「あ、お兄さん。もっとこの子に似合いそうなの見繕ってください」
「はい、かしこまりました」
あまりのイケメンっぷりにそわそわしながらこちらを見ていた店員さんに声を掛ければ、元気の良い声が返ってくる。零くんのことだから服も必要最低限あればいいとか小さな抵抗を見せるのだろう。しかし、先程宣言した通り私はお金を惜しむつもりは毛頭ない。すると、アイテム探しに飛び出した店員さんを見ていた零くんがくるりと顔をこちらに向けてきた。
「名前さんが選んでくれたっていいのに…」
言うや否や、ふい、と顔と視線を逸らすも耳までほんのりと赤く染めているのだから、可愛くて仕方ない。聞きましたか?私が選んでいいってこと?寧ろ選んで欲しいの?何それ可愛い…!!脳内は軽く荒れ狂っているが、真顔をキープしたままなのを褒めて頂きたい。
「折角似合うんだもん。私なんかよりセンスの良い店員さんに任せた方がいいよ」
私なんかより張り切ってあれこれとアイテムをチョイスしている店員さんの方がはるかに有能である。ほら、だって見てみなよ…イケメンを着飾れると思うとワクワクするんだろうね!すごくキラキラしてるよ!わかる!そんな私たちとは裏腹に、目立つことがあまり好きではない様子の零君はやれやれと肩を竦めるばかり。
「お待たせしました!こちらはいかがでしょうか?」
ほくほくと満足げな表情をしたショップのお兄さんが抱える大量の服を見て、零君は大きな溜息を吐いた。何度も試着をするのもなかなか疲れるものがあるので、2、3着で解放してあげよう。ここで疲れ切ってもらっちゃ困るからね。適当に選んだ服を渡し、零君を再び試着室に押し込めて、店員さんに向かってにこりと口元に弧を描けば、お兄さんも同じように笑い返してくれた。
「すいません、これと…今試着室にあるのも含めて全部買いますので」
にこりとした爽やかな笑顔は何処へやら。まさかの大人買いっぷりに口の端を引きつらせていて、声を発そうものならきっと震えているに違いない。
「か、かしこまりました」
案の定震えた声で言葉を詰まらせたお兄さんに、ついでにとレザーのシューズとサンダル、スニーカーを渡せば、零れ落ちそうなほど目を見開いていた。
折角なので、先程買った服に着替えさせてもらい店を後にし辿り着いた先は下着売り場。
「よし、何がいい?昨日はボク…」
「少し黙れ…!!」
昨日着替えに渡したボクサーパンツのことを引き合いにしようと思えば、言わせないと言わんばかりに遮られてしまった。察しがいいね!いやぁ、敬語が抜けたのは結構だけど…黙れはちょっとお姉さん傷ついちゃうなぁ。嘘だけど。
「自分で選べる?買える?大丈夫?」
「選べるし買えるし大丈夫!」
私の問いにも間髪入れずくい気味に返すのだから、零君はご機嫌斜めのようだ。年頃の男との子だから無理もないか…。
「はい、じゃあこれお金ね。下着だけじゃなくて、ついでに靴下とか肌着とかも買っちゃってね」
女物の下着よりか安いのは分かっているが、少ないよりも多めの方がいいだろう。そう思い財布から取り出した諭吉を二人渡せば首を傾げた。何それ可愛い。
「どこにいくんだ?」
私がいなくなるのが心細いのだろう。見つめる瞳が不安に揺れているように見えた。
「大丈夫。車に荷物を置いてくるだけだよ?すぐに戻ってくるから」
さらさらと流れる金髪を撫でれば安心したかのように表情を緩め、小さく頷く姿に懐かない猫が懐いたような何とも言えない喜びが込み上げる。
「…分かった。あまり待たせないでくれよ…」
「はいはい」
「…はいは一回。大人のくせに知らないのか?」
「…はぁい」
まともにはい、の一言が言えないのか?と残念なものを見るような目線を送り、ふっと困ったように笑う零君は大分私に馴れたのだと思う。昨日の手負いの動物のような態度が此処まで…こんな早い段階で軟化するとは正直思っていなかった。嬉しい誤算である。くだらないやり取りを、砕けた雰囲気で出来るようになったのだから私としてはとても嬉しい。少しは安心してもらえているのだろう。浮かれた気分と足取りで、先程大量に購入した服が入ったショップバッグを持ち愛車へと向かった。
「…おい、まじか」
イケメンのことなめてた、ごめんなさい。え?車まで行って、荷物乗せて、車から引き返すだけだよね?10分ちょいの出来事だよね?
「君かっこいいねぇ」
「ねぇねぇ、いくつなのぉ?」
「一人?良かったら一緒に買い物しようよぉ」
零君が肉食女子に囲まれていた。語尾にハートを散らした鼻につく喋り方が何とも言えず、思わず一歩引いてしまった。どうやら、お会計直後に絡まれたのだろう。手にはちゃんと紙袋が持たれている。パワフルすぎる女子高校生(だと思う)に勝てる自信はないが、このままでは零君が可哀想だ。困っているというよりも、迷惑そうに顔を顰めているのに気づかない女子高生のメンタルの強さには更に驚かされる。どうしたものか、流石にあのアラサーにはしんどいぞと悩んでいる時に、ばちりと音がたってもおかしくない勢いで視線が交わった。迷惑そうに、それでいてイライラしていた表情が一瞬、ぱぁと明るいものに変わった。そんなの見せられたら…頑張るしかないじゃん。
「零、お待たせ。お友達?」
ええい!女は度胸!半ばやけくそで、手を軽く上げて足を運べば突き刺さる視線、視線、視線!零君とは似ても似つかないが、姉ぐらいに装えたらいいと思い呼び捨てで呼べば、誰こいつ?と怪訝そうな顔を向ける女子高生。
「知らない。名前が遅いせいで声かけられたんだけど」
突然の呼び捨てにきょとんとした顔をするも、すぐに思いっきり眉間にしわを寄せてツン、とした態度をとる。演技ではなく、本音なのだろう。姉を装いたいなんて私の気持ちは、この少年にはきっと伝わっていないだろう…まぁ、考えなくても分かることか。
「こら、人前ではちゃんとお姉ちゃんって呼びなさいって言ってるでしょ?」
わざとらしくぷりぷりと怒ったような態度をみせれば、察しの良い零君は私の思惑に気づいたようだった。
「やだ」
この、さも面倒だと言っている表情。言葉に込められた意味としては茶番に付き合うつもりも、呼び捨てもやめないといったとこだろうか?
「ほんと、可愛くないわねぇ…ほら、まだ買うものあるんだから行くよ」
反抗期の弟を持つ姉ってこんな感じかな?一人っ子だからよく分からないが、こんな感じでも大丈夫だろう。さりげなく零君の手首を掴み、この場を離れるために歩き出そうとすれば視界に入るのは女子高生達。
「ごめんなさいね、姉弟水入らずで買い物したいから…ナンパなら他をあたってね?」
謝りつつも、にこにこと笑みを絶やすことなく圧をかければ、女子高生はぼそぼそと小さな声で何か呟いて足早に去って行ってしまった。ブラコンって聞こえた気がするけど、そう思われても仕方ないから私は何も突っ込まないぞ!そう、私は今弟が可愛くて仕方のない姉なんだ!すると、零君を掴んでいた右手は振りほどかれ、行き場がなくなってしまったと思っていると、今度はくっと手を引かれてしまい少しだけバランスを崩す。
「…ありがと」
零君の左手が、私の右手を引いたのだ。指先を握る手に込められた力とぶっきらぼうな態度とその言葉にとてもむずかゆい喜びが起こった。…うん、もし零君が本当に弟だったら間違いなくブラコンですわ。だって、こんなに可愛いんだもの。
3/4
prev next△