痛い視線が突き刺さる中、1時限目をヴァリアーのみんなへの手紙を書く時間に充てることにより無事に乗り切ることができた。書き終えてからは、すぐさま学校の敷地から飛び出して帰宅したのだが。
L字型ソファーに座ってひどく項垂れている姿は、教室で勇ましく振る舞っていた姿とは似ても似つかなかった。
そもそもあれは勇ましいと言えるのか。勢いに任せて言いすぎてしまったようにも思う。あんな大嘘まで吐いて、京子と花に今度会った時にはお説教が待っているかもしれない。
「でも、これでいい。いい、はず……」
ソファーにもたれて天井を仰ぐ。
明日からのことをいくら考えたって、先が真っ暗すぎて何もわからない。この選択が間違いでも突っ走らないと……今になって後悔でもしている?諦めいいのがあたしでしょ、終わったことを悩んでいたって仕方ない。
息を吐きながら、自信の腕で目元を隠す。
はぁ、REBORNなんて漫画、嫌いになりそう。
「誰が嫌いだって?」
「っ、リボーン!?い、いつから!」
「ずっとだぞ」
「そう。ああそれから、リボーンが嫌いなんじゃなくって、漫画が嫌いになりそうだなって話。だから銃は下ろしてください」
「そういえばここは、優奈の世界では漫画だって言ってたな」
言いながら、あたしの隣にボフッと腰かける。その行動の一連を目で追っていると、ばちりと視線が合い、あからさまなため息を吐かれた。
「自分から標的になりやがって……おまえ、何考えてんだ」
「何も。ただ、京子が常盤に使われたのが嫌で、そしたらこうなった。でもこの方が任務は遂行しやすいと思う。10代目や守護者たちの護衛は無理だけど、見定めにはなるし、常盤に関しての情報も集めやすいかなって」
「……」
「彼らが本当に後継者に相応しいのか、それをクリアする条件は、真実に気づくこと……ただそれだけ。もし気づかずに永遠と常盤のお人形さんなら、その時はさようなら。常盤のファミリーにでもやられてしまえばいい」
「本気か……?」
10代目の家庭教師である彼にとっては、やはりどこかのファミリーにやられてしまうのはお気に召さないらしい。それもそうか、ここまで育ててきたのだ。でも、あたしは……。
「構わない。今の10代目たちが未来のボンゴレとしてマフィア界にいるよりも、ちょっと顔とか性格とかいろいろきついけど、ザンザスたちが後継した方がよっぽどいい」
「あいつは強いしボスの素質もアリアリだからな、ふっ、強いボンゴレになりそーだ」
「何言ってるんだか」
小さく笑うリボーンだったが、次には黙り込んでしまい、今の状況は非常にまずいものだと物語っているようだった。
早いところ、なんとかしないとねと思いながらソファーに身体を沈めていれば、黙ったままのリボーンがふっとこちらを見て、口を開いた。
「抱え込むなよ?」
「え」
な、なんだ突然。
まさか彼の口からそんな言葉が飛び出してくるとは思わなくて、一瞬何を言われたのか理解できなかった。
「いじめられれば、身体の傷だけじゃねーぞ、精神的にもダメージ受けるしストレスも溜まっちまう。それに加えておまえは意地っ張りだ……溜め込みすぎれば、いくらおまえでも壊れちまうぞ」
「……」
「一方的に弱音吐かれて迷惑に思う奴なんて、おまえの周りにはいねーからな。オレはダメツナがいるから行動には移せねぇが、ちゃんと優奈の味方だから心配すんな」
ほんの少し開いていた口を、きゅっと閉じる。
どうしてリボーンはあたしのことを理解しているのだろう。会った回数は多くないはずなのに。9代目が何か伝えているのか、それとも彼の洞察力が鋭いのか。
でも、そんな疑問は考えるだけ無駄だ。あたしを陰で支えてくれる存在がいるのだと改めて気づけたのだ、それだけで頑張れる気がする。
弱音を吐けるかどうかはわからないけれど、今はリボーンの言葉に甘えようと思う。
「ありがとう、リボーン」
「岸本の奴、やっぱ帰ったみたいっスね」
「うん、そうみたいだね……でもなんで、1時限目は普通に出てたんだろ」
昼休み、お弁当片手に獄寺くんと一緒に屋上へ向かっていた。山本は野暮用があるとかで後で屋上に行くということを、獄寺くんから伝えられた。なんだかんだ仲良しだよなと思いながら、屋上の扉を開けた。
「にしても岸本って何者なんでしょうね。今朝の殺気、あれは常人には出せないっスよ」
「やっぱり獄寺くんも気づいてた?」
座りながら尋ねれば、「はい!もちろん!」との返答。母さんが作ってくれた弁当箱を開けながら、オレは頭を悩ませた。
獄寺くんも言ったように、やっぱり彼女から出ていた“何か”は殺気で間違いないだろう。でも、それは彼女が転入してきた初日……目が合った瞬間に背筋がぞくりとしたあれも、今考えれば、殺気だった。
どうして初対面であるはずの彼女から?
「……わからないよ、」
「え、何がスか?」
「(あ、声に出てた!)いやうん、友達だと思ってたのに、どうして岸本は愛莉ちゃんのことをいじめたのかなって」
「理由なんて特にないんですよきっと!それにオレ、最初からあいつ気に食わなかったんスよね。たばこ吸うなとか生意気なこと言いやがって……それに10代目をバカ呼ばわり!絶対果たす!!」
「(たばこ吸うなってのはまともだけど)」
は、と短く吐き出す息。よくわからないが苦しいなぁとほんの少し目を瞑れば、笑顔の京子ちゃんが脳裏をかすめた。そうだ、岸本は京子ちゃんを利用して、愛莉ちゃんを間接的に傷つけて楽しんでいた……決して、赦されるはずのないことを、彼女はした。
オレが……、二人を守らないといけないんだ。
先食べちゃいましょうと獄寺くんに促され、ウィンナーをぱくりと口に含んですぐだった、屋上の扉が開く音がしてそちらに視線を向ければ山本がひょっこりと顔を出して。
「よっ!悪い、待たせちまったか?」
言いながらいつもの笑顔でこちらに歩み寄ってくる山本。ずいぶんと久しぶりに見たようなその笑顔に、なぜだか泣きそうになった。
「ケッ、別に野球バカのことなんざ待ってねーし、むしろ来なくてもよかったっつーの」
「んなこと言うなって!お、ツナの弁当は今日も美味そうだな!卵焼きもーらい」
「あっ」
「てめー何勝手に10代目のお母様が愛情込めて作った卵焼き盗み食いしてんだよ!!」
食べることそっちのけで山本に突っかかる獄寺くん、惣菜パンを口にしながら上手に受け流す山本。
そうだ、これが普通。
二人が揃うと一気に騒がしくなって、落ち着けるのも大変なのだけれど。でも、これがオレにとっては一番楽しい時間なのだ。岸本さえいなければ、教室でも楽しく過ごせるというのに。
小さく笑いながら、澄み渡った空を仰いだ。
なあ、オレは、何も間違ってないよな?
お昼休み、愛莉ちゃんがツナくんたちのところに行くと言って教室を出た後、花が駆け寄ってきた。
「京子、あいつに何されたの?」
「……」
「大丈夫、私は京子を信じてるから」
ね、言って?と優しく接してくれる花には、本当に感謝してもしきれない。これまでもずっと私の傍にいてくれた優しい人、今もなお、不安にさせまいと笑顔を作ってくれている表情を見て、ぽろりと涙が零れる。
「花……あのね、」
教室の隅に移動し、花以外の誰にも聞こえないよう声を潜めて今朝の出来事を話した。
「優奈ちゃん大丈夫かなぁ」
今朝、愛莉ちゃんにまた何かされるのではないかという不安を抱えながら登校したが、それよりも大きく上回っていたのが優奈ちゃんのことだった。
私は基本的に登校した後は応接室に閉じこもっていたので、教室で起きたことは花から聞いていた。もちろん、昨日のことも。
話せることは全部話したよと花は言ったけれど、そんな嘘は通用しないんだから。優奈ちゃんが目をつけられた以外にも何かあったことくらい、顔色を見ればすぐにわかった。
そうしてちょうど、昇降口で靴を履き替えていた時、彼女は来た。
「おはよう京子ちゃん」
「!?」
「ふふ、そんなに驚かないでよぉ。愛莉、悲しくて泣いちゃう」
下駄箱から上履きを取り出しながら言う彼女の顔は、全然泣きそうなものではなく。むしろ正反対の、楽しそうな表情だった。
「今日はあなたに朗報」
「……朗報?」
「そ。教室に向かいながら話してあげる」
靴を履き替えた愛莉ちゃんは、そう言うなり私の腕を強く掴んできて。教室まで一緒に行かなければいけないという精神的な苦痛に耐えられる気がしなくて、咄嗟にその手を振り払おうとしたが、思っていたよりもずっと力強いそれはびくともしない。
行きましょ、と引っ張られてしまえば従うしかなかった。そうして、誰にも聞こえないように、私の耳元にそっと口を寄せてきた。
「あのね、これから愛莉の言うことを守ってくれたら、あなたをいじめるのやめてあげる」
「え……?」
「やることは簡単、とーってもね。教室に着いたら、みんなあなたの机の周りにいると思うの。なんでだと思う?まぁそれは見てからのお楽しみ……ふふ、あなたは自分の机を見たら泣くのよ。ひどい、ひどい、って」
「……」
「あら、やったのは愛莉じゃないよ!わかるよね、岸本優奈がやったって言うの。あは、きっと絶望的な表情が見られるんでしょうね?」
「そんなこと、」
優奈ちゃんがするはずない、言いたかった私の口が、愛莉ちゃんの手で塞がれる。
「ほらほら、愛莉がやったなんて言ったらもっとひどいことしちゃうよ?あなたにも、岸本優奈にも。ね、一言だけよ、あの子がやったって言えば、京子ちゃんは誰にも痛めつけられることはない。自分が痛いのと他人が痛いの、どっちがいいかなんて賢い京子ちゃんならわかるよね?」
「わかっ、た……」
話して、また、涙が落ちる。
本当はもうあまり泣きたくないのに。
「京子……」
「でも私、優奈ちゃんを裏切りたくなくって。だから、やってないって言ったのに、」
「うん、京子もバカね。でも優奈はもっとバカで、優しすぎる」
私の頭を撫でながら言葉を紡いでいる花の声は、涙を堪えているのか、震えていた。
「あの子、あんたを守りたくてあんな嘘ついたのよ」
「うん」
私に黙っているように伝えた時の彼女の表情は、つらそうな笑顔だった。大嫌いな嘘までついて、自分を犠牲にしてまで私たちを守りたいと言った彼女は、いったい、どこまで優しい人なのだろう。
「私、あの子のこと一発殴ってやらないと腹の虫が治まらないわ」
「え!?」
「自分からいじめを望むバカどこにいる!?それに優奈は、弱音を吐くようなタイプには見えない……だから、私たちは傍にいるんだってことをわからせてあげないと絶対にダメ。そうしないと、いつか消えちゃうような気がする」
「花……うん、私も、」
まさか、同じことを思っているなんて。彼女はいつか消えてしまうんじゃないかと、どうにも拭えない不安がつきまとって離れてくれない。死んじゃうとか、そういうものとも少し違う。彼女が消えることなんて望んでいないのに。
だから私たちは、その“いつか”が来ないように、優奈ちゃんに「私たちはここにいるよ」ってちゃんと伝えないといけない。彼女の支えになろう、と二人して誓った。
prev back next