マンションに到着し、9代目が用意してくれた部屋へ向かうエレベーターの中、本来であればわくわくすべきところだろうけれど、気分は思いっきり沈んでいた。
それもこれもディーノが悪いのだ。寝ているあたしに向かって、「リボーンに殺されるぞ」という不吉な言葉。実際に会った回数はさほど多くないし、殺されそうになった回数も多くないはず、なのだけれど、その決して“多くない回数”で、奴の恐ろしさは充分に思い知った。

お金持ちの人はマンションの高層階に住むとよく言うけれど、それは本当だった。まあ予想通り。ディーノに教えられた25階はボタンを押した時にそれ以上の番号がなかったから、最上階なんだなあとぼんやり思ってはいたけれど、到着してドアが開いた目の前に広がる光景は、予想外だった。

「最上階を独り占めってどういうこと!?」

大きく出た声も、風に吹かれてすぐに消えた。
右を見ても左を見ても廊下が伸びているわけでもなく、ただ真正面に扉がひとつあるだけ。もはや一種の恐怖体験ではなかろうかと考えていれば、エレベーターはドアを閉めて下の階へと行ってしまった。

仕方ない……ここまで来たのだから逃げるわけにもいかないではないか。勇気を振り絞って扉を開け、部屋へと足を踏み入れる。
扉が閉まればすっかり薄暗く、靴を脱ぎ、電気を点けるスイッチはどこだと壁に手をつきながらこれまた長ったらしい廊下を歩く。最上階丸ごとなのだ、ひとりでは使いきれないほどの広さであることは容易に想像できる。ヴァリアーみんな来ても住みやすいんじゃないだろうかと思案したところで、指先に何かが触れた。
あ、スイッチだ。ぱちりとONに切り替え……

「!?」

もう何が視界に飛び込んできても驚かないぞと覚悟を決めていたのだけれど、さすがに動揺を隠せなかった。肩にかけていたバッグが床に落ちるくらいには。
目の前には豪華な家具、家具、家具!おまけに部屋を明るく照らすのはシャンデリアときた。

あたしのためにここまで用意をしたというの?

「いやほんと、嬉しい通り越して怖い」

驚きの連続で脳がくらりとする。お金持ちのお金の使い方が理解できない……額に手を当てながらL字型ソファーに腰を下ろしかけたところで、何者かの気配を感じて動きを止める。

ふ、普通の人が気配とか察知するわけないよね!そんなのわかってるけれど、でも知らず知らずのうちに勝手に身についてしまったのだ。どこに潜んでいるかなんてわからない。でも、このだだっ広いリビングのどこかにいることくらいはわかる。

ゆっくりと周囲を見回した。

「さすがだな、成長したじゃねーか」

「! その声は……」

聞こえた声に、バッと振り返る。成長しただなんてお世辞に決まっている。そっち方面まったく眼中になかったよ。

「ちゃおっス、優奈」

「リボーン!さすがに来ないと思ってた……家から出られたんだ?」

「オレを誰だと思ってやがる」

「っ‥最強の殺し屋リボーン様でございます」

決してバカにしたわけではなく単純な疑問だったのだけれど、突然、銃を突きつけられて。こうなってしまえば身体は勝手に反応するもので、ぱっと両手を上げてこれ以上変なこと言いませんという意思表示。
わかりゃいーんだと言い銃をしまうと、先ほどあたしが座り損ねたL字型ソファーに堂々と座るリボーン。

「用があって来たと思うけど、あたしから聞いてもいい?」

「ああ、いいぞ」

「ずいぶんとハードルの高い任務なのに、どうしてあたしを指名したの?」

「年齢近いのおまえしかいなかったからな。あいつらが本当に後継者として相応しいか見定める役回りは、学校に行くことのできる優奈でいいんじゃねぇかって話し合った結果だぞ」

「そういうのもっと別の人がいいと思うんだけど。いくら、あのヴァリアーに囲まれて暮らしていたとはいえ、あたしは普通の人間」

「どこが普通だ。まず存在自体が普通じゃねーんだぞ、おまえは」

知ってる、そんなこと百も承知だ。
存在自体がおかしい人間……普通だなんて胸を張って言えるような人間ではないことは、ここに来て、実際に姿かたち年齢までもが変わってしまった自分自身が一番よくわかっている。

それでも正直、言ってほしくなかった言葉。昔なら「うんそうだよね」と返せただろう、でも、今それを言われると、この4年間まで否定されているかのようで。

「わかった。その異世界から来た得体も知れない人物が、彼らを見定めてやればいいんでしょ?」

「おい、そこまで言ってねーぞ」

「だって本当のことでしょ!?」

「……」

ついカッとなり怒鳴ってしまったが、リボーンは言い返すことなく黙り込んでいる。ああ、冷や水ぶっかけられた気分。目元を押さえて息を吐く。

悪い癖だ。素直にごめんなさいと謝れば終わるというのに、すぐにこうして怒鳴って溝を深めてしまう。今回はリボーンの大人な対応によりそれは避けられたのだけれど……どうして性格だけは変わらなかったのだろう。

「……本題に戻ろう。とりあえず、あたしは10代目と守護者6名の様子見と護衛、それから9代目が言ってたんだけど、“厄介な人物”って?見定めに関係してる?」

「そこまで話してたのか」

先ほどより低くなった声のトーンに、緊張が走る。

「ファミリー内でいじめが起きてるんだ」

「いじめ……」

「ああ。その厄介な人物は、すまねーがオレの口からは言えねぇ」

「まずは人物を見つけるところから仕事ってことね。まあ、言われちゃったら面白くないか」

「遊びじゃねーんだぞ」

「わかってる。でも見当つくよ、いじめでしょ?ということは、女の子絡み……だよね」

「優奈に頼んで正解だな。おまえ、やっぱり殺し屋に向いてるぞ」

「何言ってるの!いろいろ叩き込まれたけど一度だって人を殺めたことないし、今後もするつもりないからね!?」

むしろ殺された身だからね!?と言うが、リボーンは湯飲みを置いてソファーから降りたかと思えば、何を言うでもなく玄関の方へ。はああん、無視ですか!
急いで後を追えば、扉の前で待っていて「開けろ」と命令してくる始末。ジャンプして開けるとかできるくせに、少しでも面倒なことは押しつけるのだこの人は。

「はい、どーぞ」

「……優奈、これだけは覚えとけ」


* * * * *


「ファミリー内のいじめの真実も見抜けられないようなボスはボンゴレには要らない、かぁ」

ソファーに身を沈めて天井を仰ぎ見て呟いた言葉は、帰り際にリボーンが残していったもの。その声色は、ほんの少しの悲しみを帯びていたように感じた。

どうやら10代目の超直感とやらも働いていないようだ。
まだまだ未熟なボンゴレ10代目ファミリーを内部から崩壊させようとしているだなんて。いったいどこのどいつが、うちの平穏なファミリーに紛れ込んでしまったのかな。

それを調べて報告するのがあたしの任務。
ファミリーに紛れ込んだ人物を取り除くのは、そこに招き入れてしまった10代目の役目だから、最終的に彼にもしっかりしてもらわないと困るのだけれど。

ひとりで寝るには大きすぎるベッドに潜り込み、明日からどう行動しようかなと考えを巡らせながら眠りについた。

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