「……」

まさか自分がまた中学生に逆戻りするなんて。そしてわざわざリボーンが根回ししたのだろう、沢田綱吉たちが日々を過ごすクラス、3−Aと表記されたプレートを見つめてため息。うーん3年生か……リング争奪戦後からちょっとしか読めていないからあれだが、これ、漫画終わってない?なんて思いながら、担任の先生に「名前を呼んだら教室に入ってくるように」と言われて数分待ちぼうけ。

「岸本さん!」

戸を一枚隔てた向こう側で、先生があたしを呼ぶ。戸を開けて教室に入って、挨拶……これくらい転入の経験がなくてもドラマとかを見ていればわかる流れ。なのに、呼ばれた途端に暴れ出す心臓は正直だった。緊張している。
やだなぁもう緊張なんてして!よく考えて、ここにいる奴らは全員あたしより年下!何も怖がることなんてないでしょ!よしいける!

自分を鼓舞したところで手を伸ばし、戸をスライドさせた。

「女子だ!」
「やっばーオレ好みかも!」
「ほっそーい羨ましいなあ」

教卓に辿り着くまでに向けられた言葉たち。ほんとにこんな言葉投げかけられるんだ、漫画みたい(漫画だった)と思いつつも、年下のくせに生意気そうだと考えて初めてディーノの気持ちが理解できた。

「イタリアに留学していた岸本優奈さんだ」

「どうも初めまして。イタリアから来た岸本優奈です。わからないことがいっぱいですが、いろいろ教えてくださいね、よろしく」

にこりと笑顔を添えて挨拶終了。どうよこの見事な挨拶!我ながらそつなくこなせたと思う。
パチパチと拍手が起こる中、探すのは10代目沢田綱吉……ああ、いた。見るとその表情は、一言で言い表すならば、妙。あたしがイタリアから来たということで嫌な予感でもしているのだろうか。ふん、こんなところで超直感働かせるなら違うところで使え。

「!?(な、なに今の!)」

あ、しまった。殺気放っちゃったかもしれない。そして別方向から殺気を感じて視線を向ければ、獄寺隼人。
軽く睨んでから教室全体を見渡し、10代目沢田綱吉の斜め前の席に座る笹川さんで目が留まった。よかった来てくれた、と思う一方で、やはり酷なことをさせてしまったなという気持ちもある。早いところこの状況を変えてあげないと、ね。

「それじゃあ、岸本さんの席は山本の隣な」

「オレ?」

ああそういや隣の席空いてるな!そういうことか!と、教室内に笑いを起こすムードメーカー。今のところは天然さん、だけど、その表情の裏にどんな顔を隠し持っているのかな。山本の隣の席は、一番廊下側の後ろから2番目。ここならターゲット全員が視野に入る。

「よろしくね」

「おお、オレは山本武、よろしくな!」

白い歯を見せて爽やかに笑う男だった。
漫画で見ているだけでは決して伝わらない、こう、なんというかとてつもなくキラキラだ。

ホームルームが終われば担任は授業の準備をするためか、早々と教室を後にした。そうして授業までの数分間の休憩は、やはりと言ったらいいのか、転入生に興味津々な生徒たちが席を取り囲んできた。一時的な人気者である。

「イタリアのどの辺りに住んでたの?」
「やっぱり向こうの男はかっこいいのかな」
「岸本さん彼氏いる!?」
「いたら日本に来ないだろ〜」
「部活はぜひ美術部にお願いします!」

一気に話しかけられたところで、あたしは聖徳太子ではないので全員の質問を聞くことはできないし、答えることもできない。なんか部活の勧誘が聞こえたなあと苦笑いを浮かべていると、隣の席……山本が座っているであろう場所からガタリと音がした。視線を上げれば、背の高い山本の顔がひょっこりと覗いて。

「岸本、困ってんだろ?」

「山本くん……そ、そうだよね、こんな押しかけて。ごめんね岸本さん!」

まだ時間はたっぷりあるんだからさ、と眩しい笑顔を放つ山本の言葉に生徒たちは落ち着きを取り戻したのか、質問攻めは幕を閉じた。いや、数名くらいは答えられるよ……なんて思いは届くことなく、それ以降誰も寄ってこなかった。

でもまぁ、実のところ困っていたので、助けてくれたことにはお礼を言わなくてはいけない。

「ありが、」
「おい」

ちょっと、タイミング考えてくれませんか。
人がせっかく素敵な笑顔を添えて感謝の言葉を述べようとしていた、のに……

「(ごごご獄寺隼人!!)」

「ちょっと面貸せ」

「……いえ、あの、もうすぐ授業が」

「ンなのどーだっていいだろ」

「よくねーだろ獄寺。話したいことあるなら昼休みとかにしよーぜ!なっ?」

「チッ」

山本の至極当然なセリフに言い返せる余地はなく、獄寺はイラついた様子で自席に戻っていった。まさかこの短時間で二度も山本に助けられるとは。

「ありがとう」

「どうってことねーよ!むしろわりぃな獄寺が」

うっ‥あまりにも爽やか!
そうしているうちに授業開始の鐘が鳴り響き、先生がやってきた。


* * * * *


「てめー、どこのファミリーのもんだ」

「ファミリー?家族のことですか?」

あれから時は進み、あっという間にお昼休み。授業が終わって休憩時間になる度、獄寺の殺気を含んだ視線がこちらに向くのでよく飽きないな……と感心していたのだが、ついにこの時間が訪れてしまった。
ひゅうう、と髪を乱す風が吹いてそっと髪を手で押さえる。なんてこと、屋上デビューがこんなあっさり終わってしまうなんて。しかも全然楽しくない!

「獄寺くん、やっぱり岸本さんは違うって!」

「なんだ?またマフィアごっこの話か」

「(うそ!まだごっこだと思ってんの!?)」

「うっせ!野球バカは黙ってろ!!」

おお、生で「野球バカ」が聞けるなんて。
この世界にもすっかり慣れたつもりだったが、改めて漫画で見たセリフを言われると感動する。にしても、獄寺隼人の疑り深さがあれば、常盤愛莉なんて楽勝だったのではないだろうかと考えを巡らせた。

「ファミリーとかマフィアごっこは知らないですね。それよりも、この学校は物騒な遊びをするのが好き?マフィアって……あははっ」

「しらばっくれてんじゃねぇぞ!てめー怪しいんだよイタリアから来やがって、あろうことか10代目に向かって殺気まで放ちやがるし……つか笑うな!!」

「ご、獄寺くん!」

「(やっぱり気づくよね、あの殺気……)わかったわかった、ファミリーですね、教えてもいいですよ」

正直すごい面倒だけれどと思いながら、押さえていた髪を耳にかける。その最中にも獄寺は「やっぱマフィアだったんスよ10代目!」と目を輝かせながら言っていた。褒めてほしいのだろうか。でも悪いけれど、あんたの望む答えは言ってやらないよ。

「あたしのファミリーは、優しいおじいちゃんと頑固で目つきの悪い兄と無駄に声が大きい兄、王子様気取りの弟にオカマ、不思議な赤ちゃん、それから変態」

「は」

「えっと、」

息継ぎなしに彼らの特徴を言い連ねる。これでどうだと言わんばかりの顔をして目の前にいる10代目たちを見れば、見事な間抜け面で。

「こ、個性的な家族だね」

「そう……っスね」

「はははっ面白そうな家族なのな」

苦笑いを浮かべて頬をかく10代目、内心舌打ちをしているであろう獄寺、そして会ってみたいと抜かす山本。この任務を遂行するうえで、マフィア関係者であることは内密にしておかないといけない。そうしないと簡単には常盤愛莉に近づけなくなってしまう。

「あ、そうだ、オレは沢田綱吉」

「え?」

「ほら、名前言ってなかったなと思って。それなのに急に屋上なんか呼び出してごめんね」

「ああ、そうだったね。あたしのことは知っていると思うけど、岸本優奈。よろしく、沢田」

「おい10代目を呼び捨てにすんな」

「さっきから不思議に思ってたけど、その“10代目”っていったい何……沢田の家は、家業でも営んでいるの?」

そう投げかければ、沢田は誰が見てもわかるくらいに肩をびくりと跳ねさせて、隣にいる獄寺を引き寄せると声を潜めて何やら作戦会議。

「そっそうなんだよ!オレの家、そーいう家系で」

「10代目のお宅はスゲーんだからな」

「へえ。それは今度行ってみたいな」

「えええ!?」

前から思ってたけれど、沢田はずいぶん反応が大きい。すっかり青ざめてしまった彼に、冗談ですと笑いながら言えば、わかりやすく安堵の色を浮かべて。本当にわかりやすいなこの人、と緩む口元を隠すように手で覆う。
しかしそれも、獄寺には見破られていたようで怒られてしまった。

「獄寺……」

「あ?ンだよ生意気に呼び捨てにしやがって」

「中学生なのにたばこはないんじゃない?」

「(まともな意見キター!!)」

「だからなんだよ」

「吸ってて得することある?今はいいかもしれないけど、将来がんとか発症して死んじゃうこともあるよ(そしたら右腕になれないね)」

なんて皮肉を、思ったりして。とはいえ、彼は自分自身のことはどうでもよさそうだしダイナマイト着火の際に利用しているから、このまともな意見だって聞き入れてはくれないだろう。でも、10代目が絡んだら?

「副流煙……そっちの方が害があるって、知ってる?獄寺が尊敬している沢田にだって害が及ぶ。近くにいたいなら吸うのやめたら?」

「!!」

「ご、獄寺くんがたばこの火を消した!」

「10代目のためっス!」

別にてめーの言うこと聞いたわけじゃねえからなと言っているかのように睨みながら、たばことライターをズボンのポケットに突っ込む。
なかなか可愛いところあるじゃないかと小さく笑い、屋上を出るために踵を返す。呼び出された内容はとっくに終わっていたのだから教室に戻っても問題ないはずだし、何よりお腹が空いた。初日からハードだったなと息を吐いた時だった、パリィーンと何かが割れたような音が耳に届く。

「な、なんだ今の音!」

どこかで窓ガラスが割れたようなそれに、胸騒ぎがした。
彼女の身に何かあったら……頭がその考えに辿り着くよりも前に身体は勝手に走り出していて。その行動に驚いたのか沢田が声を上げていたけれど、屋上を出て階段を駆け下りる音は、複数。

「ねっねえ、岸本さん!」

「何かな」

「今向かってるの、オレたちの、クラスっ!?(っていうか足速いっ!)」

「たぶんね」

2・3段飛ばしで階段を駆け下りる最中にも、話しかけてくる沢田。話はまだ続くのだろうか、正直耳を塞いでしまいたいくらい耳障り。

「今日、何週間かぶりに京子ちゃんが……あ、笹川さんっていうんだけど、登校してきて」

「(知ってるっての)」

「その子、同じクラスの常盤愛莉ちゃんを、いじめてたんだ」

「……へえ」

「だからさっきの音も、愛莉ちゃんが何かされたのかもしれないんだ!転入早々にこんなこと言うのも困らせるだけだろうけど、笹川京子とは、関わらない方がいいよ」

ああ……
なんだろう、胸がとても痛い。

教室に近づくにつれて人が増えていく。ごめんなさいと言いながら人をかき分けて、教室に足を踏み入れる、と、途端に空気が変わった。

「…………!」

しんと静まり返っている教室。
目に飛び込んできたのは割れた窓ガラス、そして何かを囲むように集まる生徒たち。

「愛莉ちゃん!!」

教室の入り口付近で立ち止まっていたあたしを少し退かすように肩を押して、沢田が騒動の中心に向かっていく。常盤愛莉の名を呼んだことにより沢田が来たことに気づいた生徒たちは散らばる。
そこで見えたもの……ひとりは床に座り込み、もうひとりは震えながら立ち竦む姿。

まるでクラスのリーダーのような振る舞いを見せる沢田が向かうのは、座り込み泣きじゃくっている常盤愛莉の方だった。よく見れば、腕から血を流しているようで。

「笹川、おまえいきなり来たと思ったら何なんだよ」
「また愛莉ちゃんをいじめに来たの!?」
「悪趣味すぎんだけど」
「怖いから学校に来ないで!!」

次々と容赦なく放たれる言葉ひとつひとつに、笹川さんは反応を示していた。これでは精神的に参ってしまう。

「――京子ちゃん、」

「! ツナ、くん……待って、わた、し、はなにも」

「嘘だ、信じられない」

「やって、ないよ!愛莉ちゃんに呼ばれて、それで、近づいただけ、なのに……そしたら、いきなりカッターを」

「黙れ!!」

「ひっ」

今まで聞いたことのない声なのだろう。沢田の怒鳴り声に、笹川さんだけでなく教室にいた全員が驚いて息を呑んだ。

「愛莉ちゃんがそんなことするはずない。京子ちゃん、何なんだよ……急に来たと思ったら、また傷つけるために、いじめるために来たんだ!?」

「ちがっ」

「まだ、懲りないの?」

常盤愛莉の様子を窺うようにしゃがんでいた沢田は立ち上がると、その足で笹川さんに近づいて、すっと手が上がる。それは自然な動作だった。

動きそうになる足を止める。まだあたしが出ていい時ではないのだ、我慢して。ああ、視覚も聴覚も塞いでしまいたい。

「10代目!今はやばいっス!」

「ああ、放課後にしよーぜ。もうすぐチャイム鳴っちまうし」

沢田の手が、だらんと落ちる。自分たちが不利になると判断した結果なのだけれど、今は、彼らの判断力に救われた。いつの間にか止めてしまっていた息を吐けば、緊張で上がっていた肩も少しだけ下がった。

「ツナくん、叩かないであげてぇ?仕方ないよ、愛莉は、京子ちゃんに嫌われちゃってるから……」

「ダメだよ愛莉ちゃん、いけないことはちゃんと教えてあげなきゃいけない。それに腕、こんなに血が……!とりあえず保健室に行こう」

「うん」

座り込んでいた常盤愛莉は伸ばされた沢田の手を取り立ち上がると、そのまま沢田の腕に絡みついた。なにそれ、痛いところなんてなさそうに動いちゃって。
常盤愛莉が倒れてしまわぬようにゆっくりとした歩調で、沢田がこちらに歩いてきた。

「だ、大丈夫……?」

なんて、声をかけてみる。
よく見れば見るほど、その傷、浅いね。

「岸本さん、これで、わかっただろ?」

「……笹川さんに近づかなければいいのかな。初日からすごいもの見ちゃったみたいね……えっと、常盤さん、は傷は大丈夫かな」

「はあ?てめーの目は節穴か!?」

「今から保健室行ってくるから、先生が来たら何か言っといてくれねーか?」

「保健室に行きました、でいいよね」

他に言い方ないよねとイライラをぶつけるように、それとなく山本に突っかかっていれば、傷口を押さえている常盤愛莉が口を開いた。

「岸本優奈ちゃん、だよねぇ?」

「え、ああ……うん」

「ごめんねぇ初日からこんなもの見せちゃって……気分悪くさせちゃったなら、謝るから、学校のこと嫌いにならないでねぇ?」

「何言ってんスか常盤さん!謝らなきゃなんねーのは笹川っスよ」

「別に、気にしてないから。それより早く行った方がいいと思う。傷口を消毒せずにいつまでも空気に晒しておくと悪化する」

その言葉にはっとした沢田たちは、彼女を連れて急いで保健室へ向かっていった。
4人が去った教室には、何事もなかったかのように至って普通の中学生らしい会話が飛び交っていた。そんな光景に、たいしたものだなぁとある意味感心する。

生徒たちが笹川さんを気にもしなくなったのを見計らい、教室の隅でしゃがみ込む彼女にひっそりと駆け寄った。

「笹川さん、」

「! あ、岸本さん……」

「うん。ごめんなさい、何もできなくて……でも、確かめる必要があった」

確かめたけれど、やっぱり、誰もいない。
黒川さん以外に彼女の支えになってくれる人、いないんだ。

その場にゆるゆるとしゃがみ込み、息を吐く。なんだかここは空気が悪いな……眉間にしわを寄せていると、やはり先ほどの騒動では動くことのできなかった黒川さんが駆け寄ってきて、仰ぎ見れば、目には涙を浮かべていた。

「ごめん、京子……!」

この教室で笹川さんに近づくのも怖いだろう。
ねえ、ほんと、ここは空気が悪いね?

「笹川さん、花さん」

「?」

「なに、よ……」

「午後の授業、一緒にサボっちゃいません?」

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