校内に響く鐘の音を耳にして、授業始まっちゃったわねと呟く黒川さん。笹川さんも苦笑いを浮かべていたけれど、教室内にいるより幾分か空気がいい。

「まあ、いいじゃないですか!(中学生になって初めて授業サボっちゃった!まさに青春じゃない!?)」

目の前の二人にはこんなひどい考えはないだろうけれど。お昼にここに呼ばれたのはノーカンだ、ノーカン!不謹慎だけれど心なしか楽しんでいる自分がいた。うふふ。

4人が保健室に行ったことを先生に伝えるのは別の生徒に任せて、あたしはさっきの騒動で具合が悪くなってしまい帰宅したということにしてきた。生徒たちは疑う様子もなく、ひどいの見せてごめんねと笑って手を振っていた。
それにしても、久しぶりに登校した笹川さんに容赦なく当たるなんてあまりにも残酷だ。こんなにも可愛くて優しくて思いやりのある子が、どうしてカッターを人の腕に突き刺すと思えるのだろう。不思議でならない。マインドコントロールでもされているんじゃなかろうか。

「あんた、百面相してるけど、どうかしたの」

「え?ああ、沢田って、見かけによらず怖いところあるんだなと」

「そうね……あんなに怒ったあいつを見たのは初めて」

ね、と笹川さんに話を振れば、小さく頷いた。間近で怒鳴られたのだ、相当ショックだろう。あたしも驚いたよ、あの黙れ発言……それにしても10代目沢田さんはもっとダメダメのはずだったんだけれど、あたしの記憶違いだろうか、見ようによってはマフィアのボスのようだった。いろいろな困難を乗り越えて凛々しくなったのねぇ……リボーンが悲しむ方向に。

「私、本当に、やってない……」

「見てればわかるよ。あなたがカッターを持ち歩いてるわけない……それに、あの浅い傷だもの、どうせ自分で加減しながら突き刺したんでしょ」

「あんた、常盤に話しかけてたわよね」

「あの場はそうしておかないと、ね。でも今回の件で状況がよくわかった……笹川さんが何を言っても、誰ひとりとして聞く耳を持たないことが」

「だから!あんたが京子の家に来た時にそう言ったでしょ!?」

お叱りの言葉を受けて苦笑する。それでも、あたしがこれから動くにあたって見ておく必要があったのだ。

「……1年生の頃にツナくんとお友達になって、それから山本くんに獄寺くん。夏休みにはお祭りや海にも一緒に遊びに行って、たくさん遊んだの」

「うん」

「2年生になったら、愛莉ちゃんが転入してきて。最初は何もなかったよ、他愛もないこと話してたくさん笑ったし、花ともお話ししてた。それからツナくんたちとも遊ぶようになって、一緒にいるのが当たり前、みたいになって……なのに、3年生になって春が過ぎた頃……」

震える声でぽつりぽつりと今までのことを話す笹川さん。続きを促すため相槌を打とうと思った、けれど……

「ちょっと待って」

「え?」

さっきから何者かの気配を感じる。授業中のこの時間帯に屋上ということで、大方予想はついているが。

「誰か、いるんですか?」

立ち上がり、屋上に設置してある貯水タンクの方に向かって呼びかければ、二人も疑問符を浮かべながらそちらに視線を向けた。普通の人が感じ取れたらそれこそ殺し屋に向いていると言われかねない、この微妙な気配に身体がぴりつく。

「ワオ。きみ、何者だい?」

「(出た……雲雀恭弥)」

「「ひ、ヒバリさん!?」」

結構な高さのある貯水タンクの上から、すとんと華麗に着地したのは予想していた通りの人物。なのだけれど、この人ほんと卒業しないわけ?実は教師なの?

「一般人ですけど」

「一般人が、僕の微弱な気配を感じ取れるなんてあり得ないよ」

「じゃあ、一般人より少し特殊」

「ふうん。……で、きみたち、今授業中なの知ってる?それ以上僕の前で群れているようなら、容赦なく咬み殺してあげるけど」

仕込みトンファーを構えてほんの少し口角を上げている彼は、咬み殺す気満々だ、待ったなしの状況。さすがに何も持っていないし戦えないと冷や汗が背中を伝うのを感じながら、必死に言葉を探す。どう切り抜ければいいか考えろ。

「ま、待って!ずっとそこにいたのなら聞いてましたよね、笹川京子がいじめられているという話」

「ああ、把握してるよ。3−A 常盤愛莉をいじめているって噂はよく流れている」

「……まさかだけど笹川さん、このいじめは学校中の生徒に周知されているの?クラスメート以外からも手を出されたことあるの?」

「う、うん……」

ああ、目眩がする。
3−Aだけで収まる問題ではないようだ。言ってしまえば、本当にこの学校に彼女を信じる者はたった一人、黒川さんだけということ。そう、そんな過酷な状況、不登校にならない方がおかしいか。

「えっとあなた、雲雀さん、は、その噂を信じている?」

「興味ないね。それに僕は、ああいう図に乗っている女は大嫌いだ」

ふわ、と眠たそうにあくびをする雲雀恭弥。
図に乗っている女は常盤愛莉のことで合っている?彼もボンゴレファミリーだ、もちろんこの問題に巻き込もうと言い寄ったことがあるのだろう。でも、失敗をした。

「そろそろ群れるの、終わりにしてくれない」

「うわっ、と!?(強制的に二人からあたしだけを隔離させたこの人!)」

「岸本さん!」

「へえ、僕のトンファーを避けるんだ。余計に咬み殺したくなったよ」

血の気が引く感じがした。でもだって、避けないと痛いじゃないか。見れば、素敵な獲物みぃーつけたという表情をしている雲雀恭弥。やめてもらいたい。これは条件反射だ。
そう、毎日ザンザスが投げつけてくるいろいろな物を避けていたら反応がよくなってしまっただけだ。もちろん、この中で一番強いのは確実にあたしなので、目をつけるのは間違ってはいないのだが。

「やっぱりきみ、強いんじゃないか」

「は!?(まさか読心術!?)」

「行くよ」

「うわっ……ちょ、す、ストーップ!!」

正直、こうしたところで動きなど止めることなく殴りかかってくる気がするのだが、カシャン、と屋上のフェンスまで追い詰められながら、ストップストップと両手を出す。


「なに」

その声に、思わず瞑っていた目を開ける。
構えた姿勢はそのままに、彼は不服そうな顔をして止まっていた。た、助かった……!ここは早急にケリをつけなければいけない。

「い、いじめとか興味ないんですよね」

「風紀が乱れない程度のものはね」

「(じゃあ興味持って!?)えっと、じゃあ雲雀さん、これから1週間この子たちのどちらかに何かあった場合、必ず応接室に入れてあげてください。唯一の避難場所なので」

「……」

崩されることのないポーカーフェイスと無言の圧力に、ぐっと唇を噛みしめる。彼に言いたいことは今さっき発してしまったので何も言えることがない。とりあえず負けてはいけないと、あたしは震える手を隠すようにして彼をまっすぐに見つめる。

「その条件を呑んだとして、僕に利益はあるのかい?」

いまこの人、なんて言った?
得することがあれば条件を呑んでくれる……なかなか話のわかる人ではないか、と無意識に口角が上がった。

「リボーンと戦わせてあげます」

「へえ、きみは赤ん坊の知り合いなんだ」

「そんな感じです(引き合いに出してごめんなさい!任務遂行のためなの許して!)」

心の中でリボーンに両手を合わせつつ何か思案している様子の雲雀恭弥を見ていれば、彼の足が動いた。え、ちょっと待って。そう思った時には、彼の持つトンファーは首にあてがわれて、逃げ道は絶たれる。

「なら、こっちも条件を出す」

「……な、なんでしょう」

負けてなるものかと睨むが、余裕そうに目を細めるだけで。ああ、こんなことなら武器のひとつでももらっておくんだったなと少し後悔していれば、彼の口から言葉が発せられた。

「きみには風紀委員になってもらう」

「は?」

「この条件を呑まなければ、こっちも呑むつもりはないよ。それに、今の状況は理解してる?」

「うぐっ‥」

首にあてがわれているトンファーに力が込められ、耐えきれず小さく呻いた。
今までも命の危険は何度も感じていたけれど、あれはじゃれ合い(と呼べるほど可愛いものでもなかったが)の域を超えることはなかった。本気で殺すつもりなど彼らにないことがわかっていたから、少しくらい危なくても余裕を持つことができていた。がしかし、これは危険だ。

離れたところで笹川さんがあたしの名を叫ぶ。
そう、そうだ……彼女を守るために、この人を頼らなくてはいけないのだ。大人しく彼の言う通り、風紀委員に入ることに頷けばいい。

「わかりました、入ります。その代わり雲雀さんも、約束、守ってくださいよ?」

味方になってくれればこれほど心強いものはない、けれど、信用しても平気だろうか。常盤愛莉だって彼のことを諦めたつもりはないだろう……何が起きるかわからない、今度こそ罠に引っかかってしまう可能性だってゼロじゃあないし……っう、ぐぅ!?

「うざいねきみ」

「ぐ、ぐるし……っ」

「僕のことを疑ったでしょ。咬み殺すよ」

「そ、そんなこと……!けほっ、あと、あたしは“きみ”って名前じゃなくて岸本優奈です」

「そう。岸本優奈、仕事、期待してるよ」


* * * * *


雲雀さんが屋上から出ていったのを確認して数秒後、すっかり腰が抜けてその場に座り込む。

「あんた大丈夫?」

「へ、平気……緊張の糸が、解けた……」

「ヒバリさん、本当に私たちのこと」

「それは心配しなくても大丈夫。あたしが風紀委員に入ることを了承したのに、約束守らない人ではないと思う」

心配するように駆け寄ってきた二人に、へらりと笑みを浮かべる。

「あの、岸本さん……」

「優奈」

「え?」

「あたしのこと、名前で呼んでくれると嬉しい」

「! だ、だったら私のことも、京子って呼んでくれたら嬉しいな……優奈、ちゃん」

「(あああ可愛い!)うん、京子。それから、花……で、いいですか?」

「別に構わないわよ、花さんとか呼ばれる方が鳥肌立つもん。それから変な敬語みたいのもナシよ、あんた、これから一緒に京子を守ってくれるんでしょ?」

「もちろん。京子の笑顔が見られるなら何でもする」

そう言い笑ったのに、目の前の二人の表情は冴えない。何かおかしなことを言っただろうか、彼女のためなら何でもする覚悟で今この場所にいるのは紛れもない事実なのに。

「あの、無茶はしないでね?」

「あんた、とんでもないこと考えてない?ヒバリさんに出した条件だって私らのことだけ。自分のことを数に入れなかった意味は何?」

「1週間って言ったでしょ」

雲雀さんに彼女たちを任せるのは1週間。
とはいえ、さすがにこの言葉だけで理解できるわけもなく、怪訝な面持ち。これでもいろいろと考えてようやく出せた結論だから、どうか許してほしい。

「1週間はきみたちをいじめから守る。けど、そこから先は、あたしが応接室を使うことになる、かな」

「!?」

「それって……!」

「京子の代わりにいじめの標的になる」

「ま、待って!嫌だよそんなの!!私、優奈ちゃんが傷つくのは見たくないっ、そんな風に守られたって、嬉しくないよっ」

今まで自身がいじめられていたというのに、どうしてそう言えるのだろう。内心ではもしかしたら解放されることに喜びを感じているかもしれない……という見方もできないくらいに、この子は心から嫌がっている。
悩みに悩んで相当の覚悟をして決めたことだから、やーめた、なんて悪いけれど絶対に言わないよ。

「心配しないで。何されても平気だから……あたし、丈夫なんだ」

ほんとは、存在していないから。
こんなこと言えないけれど、いつか言える日が訪れたらいいなと思う。それに正直なところ、いつこの世界から消えるかわからないのだ。まだ向こうの本体が死んでいないのだとすれば、目が覚めたらきっと、この身体とさよならをするのだろうし。

だから、いくら傷ついたって平気なのだ。

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