ピピピピピと目覚ましのアラームが鳴り響く。まだ覚醒しきっていない中、このうるさく鳴るアラームを停止させなければと枕元に置いてある携帯に手を伸ばした。その時。

『う゛お゛ぉい!電話だぞコラァ!!!』

「ひっ!スクアーロ!?」

突然耳元であの大声が発せられて、一気に目が覚めた。なんかこれイタリア発つ前にも体験したような気が……。上半身を起こしながら、枕元で着信を知らせる携帯を睨んだ。
自分で設定しておいてなんだが、今の今まで忘れていたせいで無駄に驚くことになるなんて。

「もしもし」

『オレだ』

通話ボタンを押して電話に出れば、「オレだ」と言うだけで名乗りもしないその相手はリボーンで。

『おまえ、ヒバリに何か言っただろ』

「……え?えーっと、なんのこと?」

『とぼけんな。昨日、そのことでずいぶんめんどくせーことになったんだからな』

「ふうん」

不満げな声色だ。そりゃあ、本人もいない時に「戦わせてあげます」なんて約束を勝手にしてしまったし悪かったとは思うけれど……いや待って、あたしだって知らない間に日本行き決定されたのだから立派な被害者だ。仕返しだ仕返し!

「結果オーライでしょ。あたしだけよりも、雲雀さんも味方につけた方が幸先いいと思うんだけど」

『ヒバリが素直に手助けすると思うのか?』

「思わないよ。避難場所として応接室を借りようかなって……それに、なぜか風紀委員に入ることになっちゃったし」

『ああ、知ってるぞ』

案外リボーンと雲雀さんってつながってる時あるよなぁと思いながら、昨日の京子と花のことを尋ねた。あの後いろいろ話し合った結果、さすがに教室に行かせるわけにもいかなかったため3人揃って早退したわけだが、帰宅してからというもの、もし京子の自宅に10代目たちが押しかけていたらと思うと気が気ではなかったのだ。

何もなかった、との返答を聞いて胸を撫で下ろす。

それにしても沢田綱吉……もう少し人の言うことに耳を傾ける人間だと思っていたのに。実際に叩くところを目撃したわけではないが、問答無用で女の子に手を上げるなんて男として最低だ。ザンザスはほら、手じゃなくて物で攻撃だから、うん。

『優奈』

「ん?」

『無茶するなよ。嫌になったらやめてもいいんだからな、この任務』

やめてもいいという言葉が脳に入ってくるまで少々時間を要した。そんな選択肢があるなら最初から指名しないでほしかったんだけれど……ほんと、勝手な人だ。

『おまえはすぐ相手を挑発させる言葉を口にすっからな、気をつけろ』

「はーい」

『9代目もヴァリアーの奴らも、ディーノも、おまえのこと心配してんだからな』

「ふふっ、みんな心配性だね」

こんなところまできて、人生初のモテ期到来とかいうやつだろうか。カーテンを開けて、雲ひとつない空を目に映しながら小さく笑った。


「あ、ごめん、そろそろ支度しなきゃ」

『そうか、はえーな。優奈、保健室も逃げ場だぞ』

「え、……ああ、シャマル?そうだね、今度挨拶しに保健室行ってみようかな」

そうして通話を切り、いそいそと支度をする。実のところ、今日から風紀委員の仕事で呼ばれていたりいなかったり……いや、呼ばれている。電話したおかげで二度寝するようなこともなかったので、リボーンにはある意味感謝だ。

クローゼットにかかっている制服に手を伸ばしかけて、そういえば別のがあったのだと透明な袋に入ったままの制服に目を向ける。セーラー服だ。帰る際、靴を履き替えるために下駄箱に行けば、今日からの仕事内容が書かれた1枚の紙と一緒に外靴の上に置かれていて。さすが雲雀恭弥、抜かりない。
まさか1日で制服が変わってしまうとは、と苦笑しながら封を切って新品のセーラー服に袖を通す。

な、なかなか新鮮な……!
じゃない、早く学校に行かなくちゃ。ささっと朝食を用意して食べて、足早に並盛中学校へと向かった。


* * * * *


「おい起きろ」

「んー……まだねむぅ」

「起きろダメツナ。早く起きねぇとその頭どうなっても知らねーぞ」

カチャリと音がしたかと思えば、額にひんやりとした“何か”があてがわれたのを感じてパッと目を覚ます。起きるから銃はしまえって!と言えば、舌打ちしながら銃をしまうリボーン。
ったく、なんて目覚めの悪い朝だよ……ひとつ大きなあくびをしながらベッドから降り、身支度を始める。

「……なあリボーン」

「なんだ」

「京子ちゃん、今日も来るのかなぁ」

「……」

「昨日さ、久々に来たんだ。考え直してくれたのかなって思ったんだけど、また愛莉ちゃんを傷つけた。前はあんなことするような子じゃなかったのに」

そう、以前の京子ちゃんなら暴力を振るう……ましてやカッターで人を傷つけることなんて、するような人ではなかった。
毎日笑顔で、可愛くて、オレの憧れの女の子で。3年生になるまで仲良かったのに、いったいどこで崩れた?

気分が沈むなぁとため息を吐けば、ベッドの上に座るリボーンもわざとらしいため息を吐いた。なんだよ気分悪いな。

「おまえはどうしたいんだ」

「え……どうしたいって、別に、どうもしたくない。本当は京子ちゃんのことだって傷つけたくないんだ。でも、愛莉ちゃんをいじめることが許せなくて、手を上げちゃう。だから正直、学校に来てほしくないんだよね……どっちも傷つけたくない」

「……それ以外に変わったことはねーのか」

「変わったことねぇ」

というか、学校に張り巡らされたアジトに毎日来てるんだろうからわざわざ聞かなくても知ってるだろ。なんて考えは封じ込める。この小さな家庭教師はどうしてもオレの口から聞きたいらしい……だから銃は突きつけんなって!

「そういえば、岸本さんって人が転入してきた。イタリアからって言うんで、さっそく獄寺くんが疑って屋上に呼び出すし大変だったよ。しかも初日からひどいもん見せちゃって。早退してたし、かわいそうなことしちゃったな」

「そうか。そいつ、何か言ってたか?」

「え?んー、獄寺くんに向かってたばこは吸うなとか。すっげーまともな意見だよな」

へらりと笑って言いながらリボーンを横目に見れば、何かしら企んでいそうな悪い顔をしていた。おいおい……!

「変なこと考えてないよな!?」

「何いっちょまえに疑ってんだ。ダメツナは早く学校行け」

「いったァ!」

足蹴にされて、部屋から追い出されてしまった。なんだよ機嫌悪いのか?閉められた扉をひと睨みしてから、階段を下りてリビングに向かう。そこで飛び込んできた時計を見て思わず、ひっ、と小さく声を漏らす。やばい間に合わない!オレはパンをくわえながら家を飛び出し、学校へ走った。


* * * * *


校門の前で立っていれば、予鈴が鳴り響く。来てない人がいるなとため息を吐けば、ちょうど走ってくる足音が聞こえて。

「うわっ!もう鳴ってる!!」

「ストップ」

「えっ……えっ岸本さん!?何してんの!?」

学校の敷地に足を踏み入れようとした彼の動きを、「ストップ」の声ひとつで制止させれば、膝に手をつきながらぜぇぜぇと肩で息をする沢田は、声の主は誰だと見上げて目を丸くした。
なんでセーラー服なんて着てるのと疑問を投げかけながらあたしの頭のてっぺんから足のつま先まで見終えた後、彼の視線はただ一点を、左腕の腕章を見つめていた。


「まさか、それって……」

「えへへ」

「あはは」

「雲雀さーん!ここに一名、遅刻者がいますよー!」

「(ぎゃあああやっぱり風紀委員!)」

手を大きく振って雲雀さんを呼びながら横目で沢田を見れば、かの有名な絵画のようになっていた。

「優奈、仕事の流れは説明したんだからいちいち僕を呼ばないでくれる」

「(なんで名前呼びー!?)」

呼ばれたことが不満なのかジト目でこちらを見るけれど、その手にはしっかりトンファーが準備されていて。咬み殺す気満々ではないか。

「きみ、3−A 沢田綱吉……遅刻常習犯」

「すすすみませんっ今度から気をつけます!」

二回ほど頭を下げてから地を蹴りダッシュでこの場を去っていく沢田の背中を見つめていれば、その背中を追うように雲雀さんも駆け出して。逃げる草食動物を追いたくなるのが肉食動物というもの。
追いかけてくる雲雀さんが間近に迫っていることに気づいたのか、叫び声を上げながら校舎へと消えていった。さて、あたしも行こうか。


教室の前まで行くと、他クラスと同様に賑やかな声がする。
音を立てて戸をスライドさせて教室に入れば、一瞬静まり返ったものの、人物を確認するなり再び楽しそうに会話をする生徒たち。

「はよ、岸本」

「おはよう山本」

席に着けば隣の爽やかボーイが挨拶をしてきたので、あたしも笑顔で挨拶を返す。にしても、昨日の今日だというのにこのクラスの平和っぷりは異常にも感じた。
そういえば獄寺と常盤の姿が見えないなと思いながらカバンから筆記用具やらを取り出していれば、体調は大丈夫かと投げかけられて。

「あ、うん、大丈夫……です」

「タメなんだからよー、別に敬語じゃなくていいぜ!」

「それじゃあお言葉に甘えて」

彼らとどう関わっていけばいいか正直決めかねていたから、敬語交じりの会話をしてしまい自分自身気持ち悪かったのだが、これでようやく普通に話すことができる。
ほっとしていたのも束の間、彼の会話は終わったわけではないらしい、あたしが早退した後にあった数学の授業の話を持ち出してきた。

「オレ数学全然わかんなくてさー」

「ひたすら問題解けばわかってくるよ。……ね、獄寺!」

「あ゛ぁ!?」

教室後方の戸を開けて入ってきたのがちょうど獄寺だったため、なんとなく話を振ってみたのだが。何の話をしているのかわかるわけもないので、彼の反応は当然のものだとは思う……が、そう睨まなくてもいいのでは。
というか獄寺たばこ臭い……。調子に乗って声かけなければよかったと後悔しながら言葉を続ける。

「数学なんて、基本的な公式を覚えればあとは簡単じゃない?」

「数学は応用だからな。ふん、おまえ、アホのくせにわかってんじゃねーか」

「アホじゃない。(中学生相手なら)上位狙えると思うけど」

「ケッ、本当かよ?」

「岸本って頭いいのなー」

「てめーが極端に悪いだけだっ!」

「ははっ、そりゃツナも同じだぜ」

「!? じゅ、10代目は……!くっ!!」

ああ、そうそう、求めているのはこういう日常だ。言い合いしている二人を見ながら思う、この場に京子もいてくれたら、何倍も楽しさが増すというのに。あいつがいるせいで、平和な日常が消え去ってしまう。

現状では実現できない夢にため息をついていると、山本が何かに気づいたのかこちらを凝視してきた。

「?」

「そういや岸本、制服違うな」

「ああ、これ」

「テメッそれ以上捲ったら……果たす!!」

セーラー服になったのを疑問に思った山本に指摘され、ああこれでしょ、と裾のところを軽く引っ張ったつもりがお腹でも見えたのだろう。横にいた獄寺は顔を真っ赤にさせていた。
あくびする時は腕伸ばさないようにしよう。

「実は昨日、帰る時に雲雀恭弥って人に会って、体調悪かったんだけど……いろいろあって風紀委員に」

「端折りすぎじゃねーかそれ」

「細かいことは気にしない方向で!」

そう言い笑っていれば、ぐったりとした沢田が教室に入ってきて。そのまま席に向かえばいいところ、彼は獄寺が開けっ放しにしていた戸を律義に閉めた。

「10代目!?どうしたんスか!はっ‥まさか敵襲ですか!」

「あ、獄寺くん……」

「沢田、もしかしてずっと追われてたの?」

「あはは、まあ、うん」

「それは悪いことをしたね。あたしが仕事内容しっかり覚えていれば、雲雀さん呼ばなくて済んだんだけど」

「(その悪そうな笑み!絶対覚えてたってこの人ー!)」

「嘘だと思ってる?残念ながらあたしは嘘が嫌いなので、本当のことだよ」

「なんだツナ、ヒバリに捕まってたのか」

「てめー岸本!10代目に朝から疲れさせるようなことさせやがってふざけんな!仕事くらいすぐ覚えやがれアホが!!」

ドジだなと言いながら沢田を慰めるように肩をポンポン叩く山本の隣で、なぜかあたしは獄寺に怒られて。
仕事をこなしただけなのに、解せない。というか具合悪くて帰った(という設定の)あたしが無理やり風紀委員に引き込まれて仕事をさせられていることに同情はしてくれないのかこの人たち。

そうこうしているうちに本鈴が鳴り響き、沢田や獄寺はもちろんのこと、生徒たちは自席に戻っていく。教室に来た時から姿を見ていない常盤は、やはりいなくて。
ホームルーム中、担任の話を聞きながら見つめる先は、窓側の最前列。遅刻だろうかと考えていれば、担任の口から、「常盤さんはお休みです」との報告があった。

そうか、休みなのか。昨日のこともあったので彼女には休むよう伝えていたのだけれど……京子を登校させてあげればよかった。と、常盤が休みだとわかったから思えることだが。



なぜかこの日、良くも悪くも休み時間を挟む度に沢田たち3人(獄寺は沢田がここに来るからだろうが)は、よく話しかけてくれた。昨日転入してきたことや、山本の席が隣だからということもあるだろう。
それにしても、常盤愛莉が今日登校していたらと思うと背筋が凍る。

そして転入して2日目が終わる頃には、だいぶ仲良くなった。新しい環境でこうして気にかけてくれる人がいるというのは頼もしいことなのだなと感じつつも、数日後のことを考えると気が滅入りそうになる。
小さくため息をつきながら授業中に配られたプリントや筆記用具をカバンに入れていれば、帰り支度を終えて肩にカバンをかけた沢田が近づいてきて。何やらもじもじしている。

「じゃあね、えーっと……」

「無理に名前で呼ばなくてもいいよ。この人のスピード驚異的だから」

「ん?なんだ?」

「いやっ、でも、せっかく友達になったし」

この人とは、隣の席で同じようにカバンに荷物を詰め込む山本のことで。人にはそれぞれペースがあるのだから合わせる必要はないのだけれど……、「明日、期待してるね」と笑顔を添えて言えば、沢田は頬を少々赤らめて教室から飛び出していった。おーい、きみが好きなの京子だよねー?

「じゃあまた明日な、優奈!」

「うん、ばいばい山本」

席を立ち、爽やかな笑顔で挨拶して去っていく山本の背にひらひらと手を振る。そういえば、こうして同じ学校に通う男子生徒から名前で呼ばれるのは初めてだ。昔はずっとあだ名だったし、なんだか気恥ずかしい。
帰り支度を終えたので席を立てば、教室前方の戸から出ようとする獄寺と目が合い、試しに手を振ってみたが無視されてしまった。うん、知ってた知ってた。

そうして3人が帰ったのを見届け、黒板掃除をしている人物に近づく。

「はーな!」

「わっ!?……優奈、あんたねぇ」

集中していたのだろうか、声をかければ見てわかるほどに肩をびくっと震わせて。今日ずっと話をしていなかったから悪いことをしたなと思っていたのだが、振り向いた彼女の顔は、驚かされて立腹なのか目つきが鋭かった。
それからため息をつきながら周囲を見渡し、問題ないことが確認できたのか、花はそっと近寄ってきて。

「あいつらと仲良くなってどうすんのよ。明日になって常盤が登校してきたらどうなるかわかってる?」

「わかってます。でも、1週間はこの状態をキープしなきゃいけない」

「なら、話さないことをおすすめする」

「だって来るんだもん」

えへ、と最後に付け足してみれば小突かれた。
少しだけ花と他愛ない会話をしてから教室を出て、下駄箱で靴を履き替えようとしたら雲雀さんと遭遇し、なぜかトンファーを持ち出され校内を追いかけ回された挙句の果てに説教を受け(仕事を忘れていた)、帰宅した時間は夜の7時だった。

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