沢田たちと仲良くなって早くも5日が過ぎた。
必然的に常盤も近くにいることが増えたけれど、まだあたしに対する動きはなく、未だに京子だけがいじめの標的となっている。
常盤が休んだ翌日、あたしが沢田たちと仲良く話しているのを見てひどく驚いたように目を丸くしていたから、すぐ行動に出るものだと思っていたのだが意外だった。

今日も朝から京子へのいじめはひどく、彼女はすぐに応接室へと逃げ込んだ。雲雀さんがちゃんと匿ってくれているのは非常に心強い。あの時屋上に行って雲雀さんと出会えたことが何よりも大きかった。授業には出られないけれど、学校に来ていることに意味があるのだから充分だ。

「では、今日の授業はこれまで。明日小テストをやるから、この前点数が悲惨だった人はちゃんと復習しておくように」

2時限目の終わりを告げる鐘が鳴ると同時に小テストのことが伝えられると、当然のように教室内はブーイングの嵐。だが先生は、そんな中でも平然とした態度で戸を開けて教室から去っていく。本当に教師ってすごい。

「あー、終わったぁ」

「明日また小テストあるってさー、あの先生って厳しすぎじゃねーか?」

「普通だと思うけど。そういえば、山本はこの前の点数どうだったの」

そう尋ねれば、山本は笑顔のまま動きを止めてしまった。そう、悲惨だった点数の人のひとりなんだね。
ご愁傷様ですと内心で両手を合わせていれば、隣からパンッと乾いた音が聞こえて。見れば、顔の前で両手を合わせる山本の姿。

「優奈!明日のために数学教えてくれ!」

「え、えー……」

「オレもっ!優奈ちゃんお願い!人助けだと思って!」

「沢田まで何言ってるの!?」

「そうっスよ10代目!こいつよりオレの方が何十倍も教えるの上手ですから確実に」

「それはそれでムカつくけど」

休み時間の度に、山本とあたしの席周辺に集結するのがすっかり定着してしまった。平和な日常なら楽しいので構わないのだけれど、こういう状況を静かに見ているわけがないのだ。
窓側の席を立ち、こちらに歩いてくる彼女の表情は微笑ましいものだったが、何を思っているかは読み取ることができなかった。


「ツナくん、武くん、隼人くん!愛莉も話に入れてほしいなぁ?」

「お、愛莉、来たのな」

「愛莉ちゃんも数学の復習する?今日のやつよくわかんなくてさー、優奈ちゃんに教えてもらおうかと頼んでたとこなんだ」

「どうせ寝てたんじゃないの?」

「は?10代目がそんな不真面目なわけねーだろ!ですよねっ」

「えっ」

「ふふ、ツナくん寝てたんだぁ。そういえば優奈ちゃんって、ファミリーに入ったのぉ?」

にこにこ笑いながら何の悪気もなく放たれた常盤のセリフに、沢田は明らかに身体をこわばらせた。

「またその話?常盤さんもそのファミリーっていうのに入って、マフィアごっこしてるの?」

「楽しいぜマフィアごっこ!優奈も入るか?」

初日にも「マフィアごっこ」と言っていたけれど、ヴァリアーとも会って死ぬかもしれない戦いを経験してきたはずなのになんだこの人、ある意味怖い!と、にかっと白い歯を見せる山本を思わず凝視してしまった。

「何言ってんだ野球バカ!こいつがマフィアとか向いてねーし足手まといになるだけだ!ってか、さすがにごっこ遊びじゃねえことくらい理解してんだろーがよ!」

「ははっ、まーな」

「(だっだよな!普通の人を怖がらせないためにそう言ってくれてたんだ!さすが山本!)」

「てっきり入ってるのかと思ってたぁ」

「どうしてそう思うの」

「すごく仲良くなってたからそうなのかなーって思ってたんだけどぉ、愛莉の勘違いだったんだねぇ」

素敵な勘違いありがとうと思いながら微笑む。
この人探りを入れてきている……あたしがすでにファミリーに入っているようならボンゴレ崩壊につなげてくるのだろうし今すぐにでも動きがありそうな展開だが、立ち位置的には“一般人”なわけで……どうするつもりだろう。

「マフィアって言うくらいだしボスはいるんでしょ?やっぱり10代目って呼ばれてるくらいだから、」

「ったりめーだ!他に誰がいんだよ!」

「ごごご獄寺くんんんん!?」

「素敵な人選だと思うよ……ぷふっ」

バカにしたように笑えば、なんだかんだで沢田はショックを受けているようだった。てっきり、だよねオレ向いてないよね!?と乗ってくると思っていたのだけれど、覚悟を決め始めているということか。反応が薄くてつまらなかったが、獄寺にはしっかり怒られてしまった……この関係もすっかり定着してるな。

マフィアやらファミリーやらの話をしていれば、休み時間は終わりを告げる。数学の復習の件は次の休憩時間に持ち越しとなり、沢田と獄寺は自席に戻っていった。が、まだひとり残っている人物がいて。静かに微笑んでいる表情が怖くて、視線を向けるのをやめたくなった。

「どうしたの、常盤さん?」

「これ、読んでくれると嬉しいなぁ」

そう言って恥ずかしそうに差し出してきたのは、簡単に四つ折りにされた白い紙。なるほど、呼び出すにしても隣に山本がいるから口では伝えられないから、手紙か。

「手紙とかいつ以来だろう、読んでおくね」

「それじゃあ、またあとでねぇ」

小さく手を振り自席に戻る常盤の背中を見て、ため息をついてから手元の紙に視線を落とす。
紙を開いていれば、「何書いてあんだ?」と隣から覗き見ようとしたので、覗き見禁止だと睨みながら言えば笑われてしまった。


優奈ちゃんへ
今日のお昼休み、話したいことがあるから4時限目が終わったらすぐに屋上に来てほしいな。もちろん、ひとりでね!

愛莉、待ってます。



予想通りだけれど、お呼び出しだった。3人と仲良くしているあたしを目の前にして、ずいぶんと我慢していたのではないだろうか。もしかしたらボンゴレを陥れるための策略をめぐらせていたのかもしれない。
どちらにせよ、彼女は動き出した。

京子へのいじめはもちろんあったけれど、あたしが転入してきた日以来、常盤自身が動くことはなく。きっかけは彼女だろうが、その後は生徒たちが自分の意思で勝手に行動しているだけだった。


「岸本さん?」

「……」

「……おい優奈、呼ばれてるぜ」

「…………」

「岸本さん!?」

「うわっ、あ、先生、こんにちは」

「こんにちはじゃありません!何しているの今授業中よ!?早くこの質問に答えなさい!」

呼ばれていたことに気づかないほど、今後の展開について考えを巡らせてしまっていた。あたしの頭上で名前を呼ぶ先生の声に驚き、反射的に手紙を机の奥深くに押しやるようにしてから立ち上がり、黒板に書かれた問題の答えを口にした。


3時限目が終わり休み時間に入ると、数学を教えてくれと山本と沢田が言い寄ってきたが、トイレに行くから獄寺に教わって!と言い、ちょうど席を立った花に視線を送りつつ教室から出た。

「優奈」

「花!よかった、視線気づいてくれて」

そのままトイレへ向かえば、彼女の方から声をかけてくれた。タイミングもよく、誰もいないことを確認してポケットの中から少しくしゃくしゃになった紙を取り出して花に渡す。

「なにこれ」

「手紙。読んでみて」

「呼び出し……よね、これ」

「そう。すごいと思わない?あたしが雲雀さんに出した条件とぴったり」

「確かにそろそろね。でも、こんなのですぐ京子から的が外れるとは思わないんだけど」

「それが外れるんだなぁ、そのために1週間仲良くしてたんだから。……さて、花、トイレの個室に隠れて」

「え、なに急に」

戸惑う花の背中を、いいから隠れてと個室に押し込む。扉は閉めずそのまま、物音を立てたらダメだからと念を押して彼女の傍から離れた。
ふと鏡に映る自分の顔が視界に入り、一度深呼吸をする。こわばった顔は見せてはいけない、余裕に、していなければ。

ごくりと固唾を呑み、その時を待った。

キィ、と静かに開く扉から、少し短くしたスカート丈から伸びる白い足が覗いた。その足先を見、徐々に視線を上げていけば、緩く巻いたロングヘアーを指でいじりながら入ってきた。

常盤愛莉だ。


「あれぇ?優奈ちゃんがいる……ツナくんたちに数学教えるんじゃなかったのぉ?」

「ちゃんと教えるつもりだよ」

そう、とつまらなそうな声色で言いながら、常盤は鏡に自身を映して髪の毛をいじった。

「ねえ優奈ちゃん」

「……」

「これから愛莉と楽しい遊びをしない?」

「は?」

すっと視線を上げれば、鏡越しにこちらを見ている常盤のそれとぶつかった。きれいに口角を上げて、ふふっと小さく笑う彼女の表情は、まさに悪魔と表現していいように思えた。普段、沢田たちに見せているような、ふんわりした空気はどこにも存在しない。

「どちらがより愛されているか、ゲームしましょ?そして負けたら地獄に落ちるの」

「ごめん、何を言っているか」

意味がわからない。
その言葉は、すっと伸びてきた彼女の指先があたしの唇を押さえたため、発することはできなかった。
あまりにも不快でその指先を払い除けるが、正直強気に出られる自信はない。何を言い出すのか見当がつかないということもあるが、こいつから出ている殺気と、きつい香水の匂いで脳がぼんやりとする。

「生意気。ああでも、ゲームなんて言ったところ悪いけどぉ、勝負はすぐについちゃうから、ごめんね!地獄に落ちるのは優奈ちゃんだよ」

「ふざけ」

「別にふざけてないよ?さぁ、勝負スタート!これからちょっとした序章を見せてあげる」

そう言うと同時に、すっと振り上げられる手。

「あたしを、叩くの……?」

「まぁ見てて」

ぶんっと風を切るように勢いよく振り下ろされた手に反射的に目を瞑ってしまった。
それからパシンッと乾いた音がトイレに響き、その音にはっとして目を見開けば、自身の頬を思いきり叩いたのだろう、赤らんだ左頬を押さえる常盤の姿が映り込む。

驚いた様子のあたしを一瞥してからにやりと妖しく笑みを浮かべた次の瞬間だった。


「いやぁあああああ!!」

突然の叫び声に耳を塞ぐが、常盤はお構いなしにトイレから飛び出していった。
いろいろと展開についていけない。愛されているかのゲームってどういうことだ、マフィアとは関係のなさそうな題材に混乱して、最終的には笑うしかなかった。

「あは、あははっ‥ちょっとした序章だって言ってたけど……昼休みが怖いなぁ」

「あんた気味悪いんだけど」

「んー、あはは、笑うしかなくって。あ、そうだ花、役に立つかわからないんだけど」

「何?」

「あたしの利き手が左ってこと一応覚えておいて」

現場を実際その目で見ていたわけではないから、そう言われてもピンとはこないだろう。
常盤が叩いた自身の左頬。あたしが右利きだと想定して起こした行動だろうけれど、左利きが思いっきり叩けるのは相手の右頬だ。仮に右手で叩いても、あそこまで真っ赤になるほどの威力はない……と、解説したとしても、どうせ彼らは気づきもしないと思うが。

「それじゃあ、行こうかな。わざわざ作ってくれた罠に引っかかりに」

「優奈……っ」

トイレを出ようと一歩足を進めたところで、花があたしの腕を掴む。
振り返れば、表情は見るからに険しい顔をしていて。京子がこれ以上傷つかなくなるかもしれないという嬉しさ半面、次にいじめられるのはあたしだろうから心配しているのだろう。

「大丈夫、花。本番は昼休みから……今はまだほんのお遊びだから」

「このこと京子には!?」

「言わないで。あの子の悲しむ顔はもう見たくないから。もちろん、花の悲しむ顔も見たくないんだけどね」

何か言いたげな様子だったが、これ以上の長居は無用。そろそろ用意された舞台に出向かないといけない。
軽く微笑みながら、あたしの腕を掴む花の手をやんわりと離して扉を押して廊下に出ると、小さく息を吐いてから、あの悪魔が泣いているであろう教室へと向かった。

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