幼馴染の男がいる。幼い頃から美人だった。浅黒い肌、さらさらの金髪、ガラス玉のような青い瞳。思い当たる理由は無いが、彼は昔から私にべったりだった。いったい彼にどこを気に入られたのかわからないけど、いつだって私のうしろをちょこちょこと歩いていたし、そんな彼を私も気に入っていた。知り合ったのは小学生の頃だが、中学高校とそれなりに仲良くやっていた。大学進学について考えた。近々、彼との関係も終わる。
私は覚えている。彼は近い未来に学生を終え、社会に出る。警察官になる。そしてそのうちとある裏社会の組織で潜入捜査をして、周りでバンバン殺人事件が起きるメガネの少年と知り合うのだ。こわ。危険すぎる。これから先も彼と過ごしていたら、いつ死んでもおかしくない。
彼の名は降谷零。遠い、遠い昔に読んだ漫画の登場人物だ。

私は漫画の世界で生きている。理由はわからない。気付いたのは結構最近だ。
なぜか私に懐いていた幼馴染は、それはもう本当に美人で、幼かった頃は髪や目の色で虐められることもあったが、中学では人気者になった。中心的存在。いつも誰かに囲まれている。それなのに、私にべったりだった。登下校はいつも2人。部活はやらないのかと聞いたところ、校外でボクシングを習い始めたと言った。物騒かよ。
高校でもいつも人に囲まれていた。それでもいつも私と一緒だった。たくさんのひとに零の彼女かと誤解された。しかし違うのである。幼馴染。昔から変わらない、可愛い幼馴染なのである。
彼女は作らないのかと零に尋ねたことがある。

「あのな、恋人は作る作らないじゃないだろ」
「その通りすぎて何も言えない。あまえんぼ零くんもいつのまにそんなに大人になったのやら」
「もうあまえんぼじゃないって言ってるだろ」
「でも零は未だに私にべったりじゃん」
「それはそれ、これはこれ」

なぜか彼は片時も私のそばを離れなかった。クラスが別になっても、毎日顔を合わせた。零に友達がいないのではないかと幼馴染の立場として心配をしたこともあったが、人気者の零に友達が居ないわけがなかった。

「俺は日本が好きだ。この国を守りたい。だから、警察官になる」
「ああなるほど…」
「名前は?」

進路について考えているときに語られた彼の夢を聞いて、ようやく納得がいったのである。ここは漫画の世界で、彼は登場人物の1人であると。
幼い頃からどこか既視感はあった。違和感もあった。私の二度目の人生の状況を完全に理解するのに18年も要したのである。降谷零はもともと派手というか、この人は只者ではないなという気持ちもあった、まさか登場人物だとは。あの有名な漫画の世界だとは、考えになかった。しかし、生まれる前の話をよく覚えていたな、私も。
とにかく愛国心が強く、公安警察の潜入捜査官になることが決定している彼とは、遠くない未来、さよならをすることになるだろう。

「私の将来の夢は…」
「俺と一緒に警察官?」
「違うわアホ。お嫁さんかな」
「はぁ?!幼稚園児か?!」
「とりあえずどこかの企業に就職して慌ただしく働いている中で超安定した収入を持つイケメンにプロポーズされて会社で惜しまれながらも寿退社をしたい」
「それが将来の夢?」
「そこからもあるよ、旦那さんとね、毎日ラブラブで過ごして、子供も産んで、少しでも長く生きる」
「幸せそうだな」
「そう、幸せになりたい」

だから、零とは一緒に居られない。


地方の私大に入学した。そこまで頭も良いわけじゃないし、やりたい仕事があるわけでもない。就職も大学のある地域で済ませた。一人暮らしも約10年になる。
私が地方の私大に進学すると知った時の零は、それはそれは悲しそうだった。それでも数ヶ月に一度は会いに来てた。彼は昔から私にべったりだったから。連絡も取っていた。私から切ることはできなかった。どうせいつか彼から連絡を途絶えさせる日が来るのをわかっていたし、私も零に愛着があったから、来たる日まではとずるずる延ばした結果だった。
やはりその時は必ず来る。近年は連絡も来ないし会いに来ることもない。ついに縁が切れたのだ。私は彼の持つ運命から逃げることができた。いまの職場も移動なんて滅多にないし…



「なんで東京本社に…移動…」
「苗字さんは優秀だし、実家もあっちの方でしょ?本社でもやっていけるよ!がんばって!昇給だよ!」


私は東京都に来てしまった。ああ寿退社がしたい。相手すらいないけど。今職を失ったら生きていけない。安定してそれなりの収入を持つ相手さえいれば、こんなブラック企業辞めてやるのに。
本社では毎日毎日残業だ。終電まで。今日も終電帰り。電車に揺られながら外の景色を見る。ああこのあたりが米花町。ここに零がいるんだなぁと未だに彼のことを思い出してしまう。なにこれ。なんで。ため息をついてふと横を見ると、そこに立っていたのは、

「れっ、零!」
「ちがいます」

最後に会った時よりも老けた、大人っぽくなったと言えばいいいのか、それでも漫画で見たことがある、降谷零が立っていた。少し目を見開いて、私を凝視していた。いつからそこに。思わず彼の本名を呼んでしまったが、即否定された。そしてホッとする。そういえば彼は身分がばれてはいけない人だ。私とは他人のふりをするだろう。良かった、こんな偶然あってたまるか。ち、ちがいましたか、すみません、と言うと、彼もいえ、と気まずそうに下を見つめる。米花駅に着く。電車の扉が開く。彼が降りる。私は後ろ姿を見つめる。こんな風に会ってしまうなんて思ってもいなかった。東京は危険だ。
突然腕を引かれ、私も電車から降りてしまった。えっ待って、終電!唖然と電車を見送る私を、腕を引いた犯人の零は思い切り私を引き寄せ、抱きしめる。

「ちょっ」
「安室透と言います」
「通報しますよ」
「僕とあなたは初対面です」
「だからっ離して!」
「でも、好きです」


えっ


ゆっくりと緩められた腕から、力なく、私も少しだけ距離をとる。

「僕とあなたは今日初めて会った。だけど僕は…ずっとずっと昔から、名前が好きだ」


彼の言葉に私の頭は思考を停止した。顔が熱い。なにこの展開。待って、ダメ、ダメ、待って!

「無理です!さよなら!」


私は思わず逃げ出した。彼は後ろから追って来なかった。
それから数日後、また私は彼と会って、好きだと言われ、逃げる日々が始まった。

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