「名前さん、おかえりなさい」
「あ…うん…」
「何か言うことは?」
「た、ただいま!」
あの日から昴さんがちょっと変で、ちょっと怖い。今まではおかえりもただいまも無い、薄暗くて重い家だったのに。朝は必ずいってらっしゃいと私を見送るし、行ってきますと言うまでじっと見つめてくる。帰宅すると、こんな感じだ。何があったんだろう。不気味だからといつも通り部屋に逃げようとしても、捕まる。小学校で何をしたか教えてくださいとリビングのソファーに座らされ、授業の内容や休み時間に起こったことなどを話すまで解放されない。ようやく解放されて部屋に戻ると、またすぐ彼は私を呼びに来て、一緒に夕飯の買い出し行こうとか、料理をしようとか、なにかと誘ってくる。
気を遣われている。
この優しい顔をした眼鏡のお兄さん、中身はFBIの赤井秀一であることを忘れてはいない。お陰で毎回鳥肌が立つ。この変装の下ではどういう顔をして私に構っているのだろうか。いや、親切心であることはわかっている。一般的な良心、親切心で小学一年生の子供とコミュニケーションを取ろうとしてくれているのだ。わかる。わかってる。すごくすごくわかってる。でも、それでも。
夕食を終え、彼が洗った食器を拭いたら、えらいねと頭を撫でられた。これは初めてのことだ。彼が私に対してかなり歩み寄ってくれていて、でもそれは私には歯痒い。なんて言ったって私の中身は大人だ。いや、言えるわけないけど。気を遣ってもらわなくても大丈夫なのにという意味を込めて、私は彼に対して今までと同じ対応をしている。もちろん、求められれば応える。だけど、私から話を聞いて欲しいとか、一緒にお買い物に行きたいとか、そういうことはない。多分、昴さんもそれに気づいて、さらに上乗せで甘やかしに来ているのだろう。
「観たい番組はありますか?」
「ううん…無い…」
頭を撫でられたことに対して、私が照れくさくなって視線を逸らすと、ちょうどテレビが目に入った。何か観たい番組があるのかと勘違いした昴さんは、リモコンを私に渡す。いらない。仮面ヤイバーも興味ない。ニュースだったら観たい。それくらいだ。
この部屋にいるのはちょっと気まずい。普段より一層構ってくる…いや、構ってくれる昴さんには悪いが、一緒の部屋で長時間過ごすのは少ししんどい。
「お風呂はいってくる」
「早いですね」
する〜っと彼の側から抜け出して、部屋に着替えを取りに行った。入浴の支度を持って脱衣所に駆け込む。湯船に浸かって落ち着こう。対処を考えよう。
工藤新一くんの質のいい服を脱ぎ、3枚セットで買った子供用のパンツを脱ぎ、体重計に乗り、大人の私からしたら信じられない数値を見てなんとも言えない気持ちになり、浴室に入った。
シャワーで体を流しているときに、浴室の扉をノックされたような気がした。でもシャワーの音で掻き消されていて、気のせいかと思った。しかし、ガチャン、と浴室の扉が開けられて、思わず振り向いた。
「すっ…………すば……昴さ…………」
「よかった、まだ髪は洗っていませんね」
腕まくりをした昴さんが浴室に入って来た。えっ嘘でしょ?!私いま全裸なんですけど?!