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【永視点】

私立月光館学園、玄関前。

やはり来なければ良かったと後悔した。

「ようこそ、私立月光館学園へ。初めまして。生徒会長を務めます、3年D組、伏見千尋です。今日は宜しくお願いします」

生徒代表として紹介された彼女は、私の知っている気弱そうな上級生ではなく、堂々とした生徒会長となっていた。

八高の生徒たちを見渡す彼女の視線がこちらを向き――すぐに逸らされた。

「他校の方を招いての本格的な学校交流は、我が学園にとっても初めての試みです。他者を知ることは己を知ることであり――」

私を見てやや動揺した様子だったが、生徒代表として挨拶を続ける。

彼女の挨拶が終わり、柏木先生からクラスごとに分かれるよう指示が出たので、浮かれている花村くんや、何故かどんよりしている千枝ちゃんたちクラスメイトのいるあたりに突っ立ていると、不意に肩を叩かれた。

「あの……」

振り返ると、そこにいたのは伏見さんだった。

「永さん、ですよね?」

「はい」

「良かった……! あ、さっきは人違いかと思って目を逸らしてしまって……ごめんなさい」

「……いえ」

「転校、されてたんですね。その、私、何も聞いていなくて、でも校内で見かけなかったからどうしたのかと……」

「……何か御用ですか?」

「あっ、いえ、用というほどのことじゃないんですけど……久しぶりに、会えたから……」

――誰に?

と、問いかけそうになったが、さすがにそれは性格が悪いというかなんというか、いずれにせよ出すべき話題ではないだろう。

彼女が湊にどんな感情を持っていたか知っているなら尚更だ。

「どうしたんだ、有里?」

伏見さんとなんだか気まずい雰囲気になっていると、瀬多くんたちがやってきた。

……余計に話がこじれそうだ……。

「えっ、もしかして有里、生徒会長さんと知り合い!?」

「花村うっさい!」

「あ、はい! 永さんとは、以前生徒会で何度か一緒に仕事をしていたんです。それに有里さん――あ、永さんの――」

「その話はやめてください」

伏見さんの言葉を遮った。

瀬多くんたちは怪訝な顔をしている。

「あ……そうですよね。ごめんなさい! 私、無神経なことを言ってしまって……!」

「いえ……」

「えっと……何かあったんですか?」

尋常ではない雰囲気を察して、花村くんが聞いた。

「ごめんなさい……私からは、何も言えません」

伏見さんは困ったようにそう言い、そして急に思い出したように慌てだした。

「――やだ、忘れてた!」

「え?」

「これ、皆さんの今日の予定表です。後で、配って頂けませんか? 渡しそびれちゃって……。遠いところお越し頂いたのに、段取り悪くて、ごめんなさい」

「充分、立派でした」

「ううん、全然ダメ。みんなに支えられて、何とか取り繕ってるの」

伏見さんの話は続いた。

……美鶴さんみたいなスピーチだと思ったら、そういうことだったのか。

「――あっ、ごめんなさい! 自分の事ばっかり……。緊張してると喋り過ぎちゃうの、直さなきゃ。それに……永さん、さっきは本当にごめんなさい」

「あ、いや、謝らなくていいですから」

険悪な雰囲気にしてしまったのはむしろ私のほうだ。

「……同じこと、言うんですね」

…………。

やはり、久しぶりに会えたのは私にではないようだ。

「えっと、皆さんの班はこれから特別授業ですね。教室は2階ですから。私、そちらの生徒会の方々と打合せがあるので、失礼しますね」

お辞儀をすると、伏見さんは小走りで去っていった。

「……いまナニゲに"特別授業"つわれた? ここまで来て"授業"!?」

「私たちのクラスは、えっと……"江戸川先生"って人ね……。内容は、カバラと……」

「カバ?」

「知らねんスか? カジノっスよ、カジノ」

皆はもういつも通りの雰囲気に戻っていた。

「大丈夫か? 顔色悪いぞ」

ただ一人、瀬多くんを除いて。

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