「……何もねえな」
【永視点】
小さな二両編成の電車に乗って、どのくらい経っただろうか。
いつの間にか寝ていたらしい、俯いていた顔を上げると、正面には外の景色を眺めているシンジさんがいた。
「……起きたか。次終点だぞ」
「あ……はい」
付けっぱなしにしていたイヤホンを外して周りを見ると、まばらに乗っていたはずの乗客もほとんどいなくなっていた。
少し離れた座席には同年代くらいの少年が見えたが、彼も引っ越しか何かだろうか。
……と、そんなことをぼんやり考えていると、終点である八十稲羽駅に着いたようだ。
ホームに降りて、改札――意外なことに自動改札だった――を通ると、そこにあったのは、
「…………何もねえな」
――訂正する。何もなかった。
昔の話ではあるが、親戚中を転々としていた頃に田舎と呼ばれるような場所に住んでいたこともあった。
しかしすぐに引っ越して、それから今までずっと都会で暮らしていたせいか、この景色を"駅前"と認識するには多少の時間を必要とした。
「とりあえず、アパート行くか」
「そうですね。えと、ここからだと……」
用意していた紙の地図を開く。
「バスもしばらく来なさそうですね……そこそこ歩きそうな距離ですけど、大丈夫ですか?」
「ああ」
シンジさんの体調は、一時期よりも大分回復したとはいえ当然万全ではない。
しかし最近は"発作"の起きる回数も減っていると聞いていたし、だからこそこうして静養という名目で私の保護者を名乗り出てくれたわけだが……。
「何ぼーっとしてんだ。さっさと行くぞ」
つい考え込みそうになっていると、シンジさんに頭をポンと軽く叩かれて、ついでに地図も持っていかれた。
「ま、待ってください……!」
言葉の通りさっさと行ってしまうシンジさんを早足で追いかけた。
*****
着いた所はごく普通のアパート、というには少し大きく感じるが、この場所をわざわざ融通してくれたのは美鶴さんだ、そう考えると常識の範囲に収まっているのが奇跡かもしれない。
ちなみに引っ越し先がなぜ八十稲羽なのかについては、美鶴さんの勧めによるところが大きい。
今はもう売却したというが、昔この辺りの土地の一部を桐条が管理していたらしい。
つまり今は桐条の土地ではないわけだが……そのあたりについて考えるのはすでにやめていた。桐条グループに関しては庶民が理解するにはスケールが大きすぎる。
まあ、それはともかく。
荷物はすでにこちらに送ってあり、私達が着くころには到着するよう手配していた。
部屋に入り、早速荷物を片づける準備を始める。
しばらくすると荷物も届き、後は片付けるだけになった。
とりあえず、テレビや電話、冷蔵庫なんかの家電を先に設置して、残りは夕食を済ませてからということになった。
幸い歩いて10分もかからない近場に"ジュネス"という大型スーパーがあるらしい。設置したばかりのテレビを点けたら偶然流れてきたCMで知った。
とはいえもう20時も少し過ぎていた。閉店間際だったが急いで向かい、なんとか売れ残りで値引きされたお総菜や弁当を調達することができた。
テレビ番組を眺め、黙々と食事を続ける。
私もシンジさんもあまりお喋りな性格ではないため、一緒にいても無言であることが多い。しかしだからといって気まずいとか、そう思ったことはなかった。
「そういやお前、明日から学校あるんだろ。準備はいいのか?」
「…………!」
「忘れてたのかよ」
他の人からはあまり言われないが、シンジさんからは度々"抜けている"と評されていた。
それがなんとなく悔しくて、
「忘れてないです。1日間違えてただけです」
言い訳をしつつ、制服の入ったダンボールを探し始めた。
あまり量もないが、"有里"と書かれたダンボールを端から順番に開けて確かめていく。
1つ目には入っていなかったため次を開ける。
2つ目を開けて中を見た瞬間、反射的にフタを閉じてしまった。
慌てて最後である3つ目のダンボールを開けると、無事に真新しい制服は見つかった。
だが、シンジさんは見ていたようだ。
「どうした?」
「あ、いや……あの……し、シンジさんのパンツでした」
「おまっ――ウソをつくなウソを。有里って書いてあんだろ、それ」
呆れ顔のシンジさんに、私はぎこちない笑いを返すことしかできなくて、多分もう彼には気づかれている。
2つ目のダンボールの中に入っていたのは、実の兄である有里湊の遺品――私が都会を去るに至った理由だった。