直哉くん 回想
美鶴は5歳になって間もなく、己の術式を自覚した。
禪院の分家である三条家は、かつて相伝術式を受け継ぐことのできなかった宗家の子から派生した家系だった。
それから代々別の術式を継ぎつつ存続していたが、まれに禪院の術式を持つ子が生まれることもある。そうして生まれた子はたいそう喜ばれ、宗家に引き取られていた。男児であれば当主候補として、女児であれば胎として。
美鶴が自覚した術式は禪院相伝の投射呪法――現当主である禪院直毘人と同じものだった。
それが判明してからすぐ、美鶴は宗家に養子として迎えられた。
美鶴の両親は共に呪術師ゆえに禪院家の体質も十分知っており、娘を渡すことに少々渋ったが結末は変わらず。
ともあれ宗家に迎えられた6歳の美鶴が、屋敷に入って初めて見たものは不愛想な女中。そして次に見たのは、女中に連れられた広間にずらりと並び集まっている無骨な男たちだった。
「美鶴様、ご挨拶を」
女中に促され美鶴が一歩前に出ると、男たちからの視線が集まる。美鶴のすぐ横には一人、髭を生やした男――禪院直毘人がいた。
「禪院美鶴です。えっと……りっぱな禪院の女になれるように、がんばります! よろしくおねがいします!」
厳粛な雰囲気には不釣り合いな女児の明るい声。その場の空気は若干緩んだが、誰が声をかけるわけでもなく。
「こちらに」
再び女中に連れられ、列の端に敷かれた座布団の上に座らされる。
「というわけだ。今日からこの美鶴を養子として迎え入れる。次期当主となる者の妻として――」
「俺にやらせてくれへん? 美鶴ちゃんの教育」
直毘人の言葉を遮ったのは、美鶴のすぐ横に座っていた若い男だった。美鶴が思わずその人物の顔を見上げると、微笑みを返される。
「お前がか? 直哉」
まさか直哉からそんなことを言い出すとは思っていなかった直毘人は聞き返す。
「"立派な禪院の女"になりたいんなら、俺がならせたる。どうせ俺が次期当主なんやし。ええやろ、美鶴ちゃん?」
「はい!」
直哉の言葉に美鶴は頷き、直毘人は溜息を吐いた。
「まあいい。好きにしろ」
女児の世話役など進んでやりたがる者はおらず――そもそも直毘人も世話は女中に任せるつもりだったが――事実当主候補である直哉がやりたいと言うのならやればいい。そんな判断で美鶴のことを任せたのだった。
*****
「兄さんらはほんまアホやなぁ。当主になりたい〜思てんのに、美鶴ちゃんに手ェ出さへんとか」
「……」
その後会合は解散となり、直哉は早速美鶴を自室へと案内していた。荷物を持つ女中は黙って2人の後ろをついていくが、美鶴は直哉の少し後ろについており、ほぼ1列に並んでいるようなものだった。
「あ、美鶴ちゃん、俺の名前知っとる?」
「はい。直哉お兄様」
「なんやずいぶんお利口さんやな。もう兄妹なんやし、呼び捨てでええよ」
「えと……呼びたいけど、男の人だし、失礼じゃない、ですか?」
その返答を聞いた直哉は足を止めて美鶴の方を振り返る。
「将来有望やね」
美鶴の頭をポンポンと撫でると、その体を抱き上げて再び歩き始めた直哉。それを見た女中は汚物を見るような目を向けたが生憎本人は気づいていない。この女中は普通に直哉のことが嫌いなのであった。
「直哉お兄様……? 重くないですか?」
「軽い軽い、子供やし。――んーでも"お兄様"はやっぱなぁ、他の兄さんらもそう呼ぶんやろ? 美鶴ちゃんは将来俺の子を産むんやし、もっと仲良ぉしようや」
「じ、じゃあ……直哉くん……えへへ」
美鶴はやや頬を赤く染めて照れ笑いをした。
「………………見たか、今の顔」
「いえ、見ておりません」
「ならええわ」
直哉は美鶴の照れ笑いを独占したかった。女中の返答を聞いて満足すると、美鶴を抱えた腕を締め、より密着させた。
「ええよ、直哉くんで。それから敬語もいらん。これは命令やと思て直し」
「うん」
こうして、幼女に落ちた直哉と美鶴の兄妹兼疑似親子生活が始まった。