甘やかす理由 /前編

【五条視点】

今年高専に入学してきた4人は皆それぞれ個性が強い。まあ呪術師になるんだから当然と言えば当然だけど。

真希は優秀な呪具使い、棘は数少ない呪言師、パンダは学長の最高傑作。そんな中にいるとりわけ変わった子が真実だった。

変わった子とは言ったが、真実は他の三人に比べて"良い子"だ。

廊下ですれ違えば笑顔で挨拶してくれるし、年上には敬語を使うし、任務の時には補助監督の運転にすら律儀にお礼を言う――これは感動した伊地知から聞いた。

一応術師の家系ではあるものの、深山家はそれほど有力ではないというか、ぶっちゃけ呪術界ではザコキャラレベル。その上アヤシイ実験をコソコソやってる妙な一族だ。僕も真実が入学してくるからって学長に貰った資料をパラ見してその存在を思い出したくらい。相伝の術式もショボいのなんのって。

なのに、3級術師として入学した真実はすぐに2級に昇格した。

そこでやっと資料をちゃんと見たところ、彼女は一族相伝のショボい術式を受け継いでいないらしい。よかったね。突然変異か何かわからないが、真実は"有為転変"なんていう珍しい術式を持っていた。六眼で見ればすぐわかることだったけど、当時は後回しにしてたんだよね。メンゴ!

高専の教師としてはその術式を使いこなせる強い術師に育てるのが重要なんだろうけど、僕個人としてはその前にまず彼女の人間性をどうにかした方がいいんじゃないかと思う。え、僕に言われたくないって?

真実は良い子ではあるけど、決してまともな子ではない。

それがはっきりわかったのは乙骨を編入させる少し前、僕が気まぐれに真実の任務についていった時のことだった。


*****


「五条先生は暇なんですか?」

ものすごく純粋な目で僕を見上げて、嫌みでもなんでもなくそう聞いてきたのは隣を歩く真実。

「そんなわけないじゃーん。僕超忙しいよ」

「今日私の任務についてくるのも仕事で?」

「いや、今日はオフだから暇つぶし」

「私の隣を歩く男性は高確率で誘拐犯に見えるらしいですよ」

「え〜、だって僕真実の術式ちゃんと見たことないし、生徒の頑張ってるところは見ておきたいでしょ」

「えー、"冷やかしにきました"って顔に書いてありますけどー」

ツンと唇を尖らせる真実だったが、次の瞬間にはもう別のことに意識を向かせていて、今度は道端を歩く野良猫を目で追っていた。

「猫好きなの?」

「はい! 自分よりちっちゃい動物は好きです」

「あ〜、あんまいないもんね」

「いますけど!?」

そう反論されても真実の身長は僕の肩にも満たないくらい小さい。細っこくて弱そうな見た目ながら、栄養が全部そこに行ったのかってくらいの巨乳。歩くとき揺れてるからつい見ちゃうんだよね。

制服、ショートパンツ以外に真実からの希望はなかったし、セーラー服風にカスタムしとけばよかったかも。

……あれ、もしかしてこれセクハラ?

そんなことを考えていると真実はふらっと猫の方へ歩いていき、任務先への道からはずれようとしていた。

「こらこら、任務が先だよ」

今のセリフめちゃくちゃ先生っぽくなかった?

引き止めれば素直にこっちに戻ってきた。ちょっとしょんぼりしてるけど。

それから目的地に着くまでの間、真実は好奇心の赴くままにフラフラしまっくていた。もう首輪つけてリードで引っ張りたいくらい。

聞き分け自体は良い子だし、悪気がないから怒りにくいっていうか、無垢な子供に正論をぶつけても仕方ないみたいな、そんな感覚だった。


*****


2級呪霊1体を祓う任務。

2級術師である真実には重くも軽くもない妥当な難易度だ。でもいざ着いてみればそこにいたのは1級呪霊、加えて1人の呪詛師だった。

目の前にいる呪霊が2級程度ではないことは真実にもわかるはずなのに、僕に助けを求めることもなくいつも通りといった風に戦い始めてしまった。

階級差があるとはいえ、2級術師の強さは1級呪霊相当とされているからほぼ互角。いや、実戦経験の少なさからか真実がやや劣勢か。

最初は呪霊の動きを止めようとしていた真実だが、いつの間にか呪霊からの攻撃を避けつつ後ろにいる呪詛師のもとへ向かっていた。

――何か話しかけている。

相手に勘付かれないよう少し離れたところから様子を見ていた僕には声までは届かない。

怪訝な顔をしていた呪詛師は、真実の話を聞いているうちにその表情を綻ばせた。呪詛師の仕業なのか呪霊は動きを止めている。

この状況に似合わない楽しそうな雰囲気で話している真実と呪詛師。さすがに止めに入るかと思っていたところで、呪詛師が真実に片手を差し出した。握手をしようとしているようだ。

真実が差し出された手を両手で握ると、呪詛師の腕が突然膨れ上がった。腕の肥大は皮膚の変色と共に次第に胴体に広がっていき、ついには人の形をなさない肉塊になり果て崩れ落ちる。

直後に暴れだした呪霊を術式で消しつつ、真実のもとへ向かった。

「あ、先生。呪霊倒してくれてありがとうございます!」

「それはいいけど、真実、何で呪詛師を殺したの?」

実際、呪詛師を殺すこと自体に問題はない。だがあまりにも自然だった。まだそんな任務を与えたことはないし、人を殺し慣れているわけでもないはず。

「え? この人まだ死んでないですよ」

うーん、これを見てまだ死んでない、人間だと言えるのは真実くらいなじゃないかな。

僕たちの足元にはさっきまで呪詛師の人間だった紫色のスライムみたいな塊が落ちている。

「もうすぐ死んじゃうとは思いますけど……駄目でしたか? もしかして殺人で捕まっちゃう……?」

黒い手袋をつけ直した真実は慌てだした。

「ダメじゃないし、捕まらないから安心して。――ところで、さっきこいつと何話してた?」

「えっと、別に大したことは……。"仲間になりたいんですけど〜"みたいな感じです」

握手さえできればよかったので、と真実は続けた。

「得体の知れない相手に交渉は危ないよ。触れるだけじゃダメだった?」

「触れるだけでもいいんですけど、この術式、まだあんまり使いこなせてなくて。ちょっと時間かかっちゃうから、できるだけ自然に触れる状況じゃないと厳しいかなって……」

「なるほどね。それで、真実は呪詛師を殺したことあるの?」

「ないですよ。っていうか、術式を意図的に呪霊以外に使うのも初めてで」

「そっか。いや、殺すのに全然抵抗ないみたいだったからさ」

「そうですね。だってあれは殺していい人ですし。私だって真希とかが相手だったらもっと躊躇いますよー」

「うーんそうきたか」

優先順位のつけ方が人よりはっきりしてるんだろう。多分。

HOME