メンテナンス /後編
6番目のお兄ちゃんは私の3個上、ということは去年まで高専の4年生にいたわけで、真希たちとも顔見知りだ。そして陰では"クマ先輩"と呼ばれていた。パンダからもクマ呼ばわりである。「ク」ソ「マ」ジメだから。本人は全く気付いていない。
「説明するぞ、メモが必要なら用意しろ」
そうだ、悟先生と違って説明から入るタイプだった。お兄ちゃんはメガネをカチャッとやって位置を直す。ズレてないのに。
「先ほどの手術――とはいえ体は開いていないが、そこでお前に1つ術式が付加された。自覚はあるか?」
「ないよ」
「ならば実践だ。呪霊を出して変形、それからまたストックの形に戻せ」
言われた通り、持ってきていたウエストポーチからストックを1つ出す。有為転変でサイズを大きくした。
そしてまたストックに戻そうとすると、
「あれ?」
ボール状になった。
いつも通りなら炭みたいな感じで棒状になる。この形状が一番かさばらないから。その感覚で戻そうとしたのに、この形が最善だと勝手に脳が判断した……んだと思う。
「それを飲み込め」
「えっ、やだけど……」
「俺が飲ませてもいいが」
自分で飲み込んだ。このお兄ちゃんはちょっとガサツで力加減が下手なのだ。
「まっず……」
味変わらないじゃん。相変わらずゲロ雑巾の味がする。実験失敗してない?
「よし、それをまた出してみろ」
「おぇ」
「口からじゃない!」
吐こうとしたら慌てて止められた。
「もっと楽に出せるはずだ。手から出したければ手から、汚いから口はやめろ」
「じゃあ何で入れるときは口なの……」
「……あまりおすすめはしないが、"下"からでも取り込むことは可能だ」
「利便性ゼロじゃん」
にしても手から出すって何。と思いつつ、なんとなく感覚でやってみる。
「うわぁ、出た」
手からずるんと出たのは呪霊だが、私が変形するまでもなくすでに大きいっていうか……"元の形"を保っていた。
「この呪霊に見覚えは?」
「ある。一昨日の任務でストックした2級」
「成功だな。しまっていいぞ」
「え、しまうって、ストックは使い捨てじゃ……いや、うーん、いけるかも?」
いつもストックは使ったらそのまま消える。けど、これは明らかに今までのストック呪霊くんとは様子が違う。できるだけいつも通りに戻そうとしたけど、今度はさっき呪霊を出したばかりの手に吸い込まれて消えた。
「っていうか結局1回目は飲むんだ、呪霊ボール……」
「そこは頑張れ、どうにもならん。――使ってみた感じはどうだ? 便利そうに見えるが」
「確かにこれならストックはかさばらないけど」
今ストックしてるやつ全部飲み込まなきゃいけないってことじゃん。うわ……使えそうなやつだけ選ぼ。
「それが父さんが偶然――いや、奇跡的に付加に成功した術式だ」
「偶然って言った」
「奇跡も偶然とそう変わらないだろう」
「言葉遊びじゃん。もー」
「まあ、そうふてくされるな。お前も俺も、研究からはずされているだけ運が良い」
「そーですね。つまんなそうだもん、研究」
この代で戦闘に参加できる呪術師になれているのは、私と6番目のお兄ちゃんとあと3人だけだった。他は死んだか研究員か、まだ小さくてわかんない子もいる。
突然変異的な術式を得てそうなったのは私だけで、他は普通に戦闘のセンスがある人たちだ。それぞれの得意分野が見事に分かれてるのも、やっぱり実験の成果なんだろう。
「それで、この術式は結局何なの?」
「お前……わからないのか?」
「わかりたくない」
「わかってるんじゃないか」
「……呪霊操術でしょ。何で?」
「さぁな。でもまあ、十中八九父さんの好奇心だろう。最近父さんはソワソワしていたらしい。そこにちょうどいいサンプルが転がり込んでくれば、やるだろうな」
「なるほど、間が悪かったんだ」
「良い術式だろう、俺が欲しかったくらいだ」
「えー、あげる」
「いらん」
「どっち!?」
そうツッコむとフッと笑われた。どういう感情なのそれ。
「それはそうと、お前に1級昇格の推薦が来ている――というか、だいぶ前から来ていたんだが」
「今日ちょっと情報が多すぎる。もっと小出しにしてよー」
「無理を言うな。推薦したのは1級の仲山さんと木嶋さんらしい。良かったな」
どっちの人も2回くらいしか任務に同行したことないのに。へぇー、と思いつつちょっと嬉しい。
「審査任務には七海さんが同行するそうだ、頑張れよ。お兄ちゃんからは以上だ」
「七海さん? やった!」
七海さんはお兄ちゃんとはまた別の方向で真面目な人だけど、優しいしおいしいパン屋を教えてくれるので好きだった。
「お兄ちゃんの応援は嬉しくないのか?」
「あ、うん。ありがとう」
「…………」
お兄ちゃんはまたメガネの位置を直して、またなと言って去って行った。勝手に去る奴ばっかりだなこの家は。私も他人から見ればそうなんだろうか……。
*****
術式を試した後、久々に会った弟妹たちと夕食をとってから高専に戻ることにした。
実家は高専からそこまで遠くはないけど、夜遅いからってことで毎回伊地知さんが送迎をしてくれる。
「深山さん、お疲れ様です」
「あっ、伊地知さん! お疲れ様です、今日もありがとうございます!」
「もっと言って……」
「え?」
「あっ、いえ、何でもありません! 高専に戻りましょう」
疲れてるんだろうな。今度差し入れ持って行こ。