夏油編
【夏油視点】
真実と初めて会ったのは、中学2年の時だった。きっかけというほどのことはない、クラス替えでたまたま同じクラスの隣の席になっただけだ。
第一印象は"大人しい子"。他のクラスメイトの女子よりも圧倒的に落ち着いているというか、あまり他人と話さない子だった。
とはいえ話しかけられれば普通に愛想良く対応しているし、別に友達が少ないわけでもない。小柄な彼女はなんとなくマスコット感があって、クラスメイトからはどちらかというと好かれていたと思う。ただ休み時間はずっと1人で本を読んでいて、しかも読んでいる本が明らかに中学生向けじゃない医学書か何かだったことに驚いたのは記憶に新しい。ちなみにそれを見て思い出したのは定期試験の度に廊下に張り出される成績順位表、その一番上に彼女の名前が毎回載っていたことだった。
当時の私はすでに呪霊が見えており術式も自覚していた。それが原因で人より危険な目に遭うことが多かったせいか、達観とまではいかなくとも落ち着いていたように思う。だから、理由はどうあれ彼女には勝手に親近感を抱いていた。
「夏油くんって、呪術師の家系なの?」
そんな彼女から初めて話しかけられた言葉がこれだ。
呪術師、と確かに彼女は言った。まさか知っているのか? どうして?
「ええと……」
「違った? うーん、他の子と呪力が違うと思ったんだけどな……」
私が予想外の言葉を理解しているうちに、彼女は勝手に首を傾げて悩みだした。
「深山さんは、呪術を知っているの?」
「うん。うち、術師の家系だから。夏油くんもじゃないの? あっ、でも"夏油"って家は聞いたことないかも?」
「いや……うちはそういう家系じゃないよ。呪霊が見えるのも家族では僕だけなんだ」
「そっか、勘違いしてた。夏油くん、術式なに?」
「……呪霊、操術」
彼女から話を振られたのだから言っても大丈夫だろうとは思っていたけれど、もし理解してもらえなかったら、と思うと少し話すのをためらってしまう。
「あー、へー、珍しいね!」
何かを思い出すように視線をさまよわせた後、無事思い出せたのか満面の笑みを向けられた。
私は自分で思っていたよりもずっと子供で、その上チョロいのかもしれない――今となってはそう思い返すような出来事だけど、この笑顔を向けられて以来、私の価値観は狂った。この世の"かわいい"と言われるものがくすんで見えるのだ。
何を考えているんだ、と自分でも思うことはあった。でも呪いについて頼れる他人もおらず、人知れず術式を恐る恐る試していた当時の私にとって、彼女は救い以外の何ものでもなかったのだ。
*****
「傑、来て! 面白いのいた!」
「真実、走ると危ないよ」
あれ以来私と真実は急速に仲良くなった、というのも彼女の人懐こさに助けられてだけど。この人懐こさは彼女が興味を抱いた相手だけに向けられるようで、当時のクラスメイトたちにはさして魅力を感じていなかったらしい。
放課後になると、休み時間中に見つけた校内の呪霊のもとに連れていかれることがある。
今日も相変わらず人気のない場所に連れてこられて、真実は浮遊している低級呪霊を遠慮なく掴んだ。
「それ、どうするの? 僕は取り込まないよ」
「うん、今日はね、合体する」
「が、合体!?」
中2だ。そういうワードに若干過剰反応してしまうこともある。それに正直に言えばこの頃のオカズはほとんど真実だった。同級生よりも背は小さいのに胸だけやたらデカい、男子たちは女子に隠れてコソコソ騒いでいた。彼女と仲の良かった私は"触ったことはあるのか"なんて聞かれることもしょっちゅうあった。ぶっちゃけ1度だけあるが事故なのでノーカンだ。でもとても柔らかかったのを今でもしっかりこの右手が覚えている。
そんな私の青臭い葛藤を知る由もなく、彼女はスカートのポケットから炭のような棒を出した。そしてその棒を変形させたのか、小さい生物のような見た目になり動き始めた。
「呪霊2体くっつけようとするとね、なんかすごいんだよ」
「なんかすごいの?」
「うん」
彼女は理屈より感覚、というつもりはないんだろうけど、理屈を言語化するのが苦手なようで、言動がすごくふわっとしていることが多かった。
「あ、傑こっち来て。当たると危ないかも」
彼女の正面にいた私を横に誘導する。それに従うと彼女は早速呪霊を合体させようとした。
2体の呪霊を両手に持って、そのままくっつける。くっついたら2体分の大きさにでもなるんだろうか、と思って見ていたら、それは爆発的に大きくなって勢いよく飛んで行き、校舎の壁に激突して消えた。
当たると危ない、なんてものじゃない。無防備な状態であれをくらえば死ぬ。校舎の壁は見事にヘコんだ。
「違う魂をくっつけようとすると拒絶反応が起こるみたい。そういうところは呪霊もヒトっぽいよね」
有り余る知的好奇心を刺激されたのか、真実は楽しそうに語る。
「うーん、でもなんでくっつけただけで質量が跳ね上がるんだろう。拒絶反応ならどっちかが負けてなくなると思ったのに、やっぱりヒトとは違うなあ」
「拒絶反応って、移植とかで起きるやつだよね?」
「うん。ヒトならざっくり言ってドナーが攻撃する場合とレシピエントが攻撃する場合があるけど、これはどっちでもないみたい。あー、いや、でもどっちも反発してたか、う〜ん? っていうか呪霊って免疫細胞あるのかな? そもそもこの拒絶って免疫? 調べたことなかった! 家に資料あるかもだけどやっぱり持って帰って直接調べたい!」
もはや独り言だ。
彼女の頭脳が中学生のレベルをはるかに超えていることは少し話してみればすぐにわかったことだった。以前教えてもらった家系の話でも納得したけど、やはり元々自頭が良いんだろう。私も別に頭は悪くないが、彼女の話を理解したくてよく勉強していたな。
中学生の自習程度じゃ彼女の話は専門的すぎて理解できないこともあったけど、真実は私が話を聞いてくれるのが嬉しいらしく、いつも思ったことを遠慮なく話してくれる。私が聞き返せばがんばって説明しようとしてくれるのも、私は好きだった。
その後進級して進路を考える時期になると呪術高専を彼女に勧められた。彼女は元々そこに通う予定だったらしく、誘われて即決めた。表向きには宗教系の高校とされているようだ。
「高専でも傑と一緒で嬉しい」
「っ、私もだよ。今後ともよろしくね」
そんな話をしたのが中学の卒業式だった。
無事に入学した高専では同級生は私と真実の他に2人の計4人。今までの約10分の1の人数に少し驚いたけど、呪術師なんて真実以外見たことがなかったし、こんなものなんだろう。
五条悟と家入硝子。さすが呪術師というべきか、個性的な2人だった。
1年目から呪術に関する授業や訓練、任務をこなして同級生とも仲を深めた。今までの学校生活とは比べ物にならないくらい充実している。同性ということもあってか悟とは気づけば親友にまでなっていた。
「アイツやっぱ、すっげー巨乳だな」
悟がそんなことを言い出したのは2年になってからだった。
悟は当初、3級術師として入学していた真実を"ザコ"と罵ってから特に興味も示さず適当に扱っていた。真実も変わってるから特に気にせず時々ちょっかいを出されては雑談する程度の仲に見えていたんだけど。私としては惚れたりされるより断然マシだと思ってその態度に関して何も言うことはなかったが、間違いだったんだろうか。
だから何だ、今更気づいたのか、悟には関係ないだろう――そんな言葉が口から出ていこうとするのを堪えて返事をする。
「それ、嫌われたくないなら本人に直接言うなよ」
真実はそんなことくらいじゃ気にも留めないだろうけど、話を逸らしたくてそう言ってみる。
でもやっぱり悟の真意が気になって、探るように聞いてしまうのを我慢はできなかった。
「で、巨乳ってだけで悟は真実に惚れたわけだ」
「ハァ? 誰があんなちんちくりん」
悟は素直じゃないから実際どう思っているかはわからないが、まだ好きになったとかそういうことはなさそうだ。
「そうか、安心したよ」
牽制する意味も込めてそう返し、2人で訓練していた真実と硝子に声をかけて会話を終わらせる。
それから3人で教室に戻ろうとするも、悟はポカンとしたまま座っていて、少し予想外だった。そんな悟が珍しかったのか真実は声をかける。
ハッとしたように立ち上がった悟に、夜蛾先生から借りた呪骸を押し付けている真実。それにツッコミを入れる悟。普段それほど話しているわけではない2人のやり取りは不思議と自然にかみ合っていて――
「夏油、顔こえー」
横にいる硝子にからかわれてしまった。
「夏油さ、ぶっちゃけ真実のことどう思ってんの?」
「……首輪をつけて飼いたい、かな」
「キッショ」
*****
それから少し経って、悟も以前の様子に戻ったように見えた。
単独任務から帰ってくるともう夕方で、部屋に戻ってゆっくり読みかけの本の続きを読もうと思っていた。
しかし肝心の本がない。……そうだ、一昨日悟に貸したんだった。もう読み終わっているだろうし返してもらおうと悟の部屋に向かう。
部屋のドアをノックするも反応がなかった。外から声をかけるも同じく。なのに室内から物音がする。悟のことだから気づいていないのかと思ってドアを開けようとすると、鍵は閉まっておらず簡単に開いた。
「悟、この前貸した――」
悟が私にそうするように、無断で部屋に入ると、
「「あ」」
全裸の悟と真実がベッドの上で抱き合っていた。
それから何を喋ったのか明確には覚えていない。だが悟の表情は少し気まずそうだった。
「傑、真実のこと好きなのかよ」
「ああ」
「マジか……」
「人誑しだからね、真実は。悟もそう思うだろ?」
無下限呪術を持つ悟のことを殴れもせず、ただ色んな悔しさや怒りや後悔のようなものがごちゃごちゃになった感情を悟られないように、冷静になるよう努めた。
私の質問に悟は答えない。その表情は拗ねているようにも見えたけど、生憎それに構ってやれるほど私は大人ではなかった。
悟の部屋の風呂場を借りた真実のもとへ向かう。
「真実、入ってもいいかい?」
「へ、あ、傑?」
返事を聞く前にドアを開けると、真実の晒された裸体に目を奪われる。思わず、出しっぱなしのシャワーで濡れるのも構わず真実を抱きしめてしまった。
「傑? どうしたの? 濡れちゃうよ」
真実はシャワーを止めてそう聞いてくる。抵抗されないのが嬉しくもあり、でも悟のことを思い出すと複雑でもあった。
「どうして悟と、あんなことをしたんだ?」
「え……誘われた、から。私も興味あったし、でも、傑は軽いの嫌かと思って、傑は誘わなかった」
真実が戸惑っているのがわかる。言葉が少したどたどしくなるからだ。
「傑もしたい?」
「っ、ああ。真実とだけね」
「私だけ?」
「そうだよ。私は真実が悟とヤるのも嫌だけど、縛る権利はないからね。でも、私がそう思ってることを知っておいてほしいな」
「……うん」
抱きしめていた真実の体を放すと、意外にも彼女は頬を赤く染めていた。
「傑、あの、私、なんか動悸がする……」
そう言って胸、というか心臓のあたりを押さえる真実の姿にもう一度抱きしめたくなるのを堪える。思い出したように両腕で胸を隠し始めるからまた心臓に悪い。全然隠せていない大きさで、動悸なら私の方がはるかに起こしている自信がある。
「人ん家の風呂場で盛るなよ」
背後から急に話しかけられた。振り向くと悟は悪い顔でニヤついており、明らかにロクでもないことを考えているのがわかる。
「別に盛ってはいないさ」
「へ〜。んなことより、真実、傑とヤりたくねえ?」
「えっ、傑と……?」
「はっ、ヤりたそーな顔してんじゃん。――3Pしようぜ、せっかく3人いんだからさ」
「さん、ぴー……!」
ロクでもない悟の言葉を真実は復唱する。
期待に満ちた表情だった。