七海編 /前編
七海は自室で1人頭を抱えていた。
呪術師はイカレてなきゃ続けられないということは知っている。だがそれは呪霊を祓うことに対する嫌悪感の払拭や、時に命に優先順位をつけなければならないことを当然のように遂行できるかどうかという話で、断じて男女間の乱れた関係を容認する理由ではない……はずだ。
そもそも七海は、五条の任務の報告書がまだ出ていないという夜蛾の嘆きをたまたま聞いてしまい、そこにいたからという理由で伝言を頼まれていた。正直ものすごく嫌だったが罪のない夜蛾の頼みを断るわけにもいかず、寮に戻るついでに五条の部屋に寄ろうとしたところで"あの音"を聞いてしまったのだ。
はっきり言って、高専の先輩は皆どこかイカレていると思っていた。呪術師以前に人として。
五条は言うまでもないが、夏油もあれで同類だし、家入はまともそうに見えて未成年喫煙者。
七海にとって真実は"比較的良い先輩"だった。性格も悪くなければ人も煽らない、人当たりが良く礼儀正しい。少しズレたところはあるものの悪質ではない。
同級生の灰原は言っていた。"深山さんは小さくて妹みたいでかわいい"、と。灰原が報われない。
しかし何故あのそこそこまともそうな真実が、五条や夏油と爛れた関係になっているのか、七海は不思議でならなかった。
結局五条への伝言を伝えないまま1日経ち、今朝夜蛾のげんこつをくらう五条を見かけてから任務に向かい、終わって高専に帰って来たらもう夕方だった。
「あ、七海くんおかえりー。任務お疲れ様〜」
「……どうも」
昨夜から七海を悩ませていた真実がいつも通り挨拶をしてくる。特に変わった様子はない。
しかし一方的にあられもない姿……ではなく声を聞いてしまった以上、どんな顔で彼女を見ればいいのかわからなくなった七海はそっけなく返事をしてその場を立ち去った。
実を言うと七海は昨晩真実で抜いていた。生理現象だから仕方がないとはわかりつつもやはり罪悪感が沸き上がる。何も悪いことはしていないのだが。
「七海くん、明後日から合同任務だって聞いた?」
立ち去った七海を追いかけてきた真実は追い打ちをかける。七海は思わず立ち止まった。
「灰原じゃないんですか?」
「? 灰原くんはその日単独任務だよ」
現在、七海と灰原と真実は同じ2級術師だった。各々単独行動を許されている階級ではあるものの、まだ学生だからという理由で複数人での行動をとるをこともある。五条や夏油は例外だ。
真実と2人で任務に行くのは初めてではないし、お互いの術式も連携を図る上での相性は悪くない。やりやすい相手だと七海は思っていた。だが今回はタイミングが悪すぎた。
「ちょっと遠いから2泊3日の予定だって。また補助監督さんから連絡あると思うから、よろしくね!」
しかも泊まり。七海は嫌な予感を感じ、真実が立ち去ったのを確認してから頭を抱えた。
「……いや、何を悩んでいるんだ」
考えてみればもう終わったことだ。五条や夏油とのことも自分が見なかったことにすればいい。それで解決するはずだ。
*****
――と、そう思っていた頃が懐かしく感じた。
「本日は1部屋2名様のご宿泊ですね?」
「……え?」
七海の予感は当たっていた。そんなベタな、なんて言っている場合ではない。
「すみませんが、2部屋にしていただくことはできませんか?」
「申し訳ございません。今日明日はすでに予約が埋まっておりまして――」
受付の女性は説明を続けた。
「どうする? 私は大丈夫だけど、七海くんは」
「本当に大丈夫なんですか?」
「え? うん。2泊くらい別に」
「……そうですか。わかりました」
おそらく補助監督の手配ミスだろうとは思うものの、2人の送迎を済ませた補助監督はこの場にいない。
仕方なくキーを受け取り、指定された部屋に向かった。
「……そんな……」
部屋に着くと七海はさらに絶望した。シングルベッドが2つ、ではなくダブルベッドが1つだったからだ。
「おー……これは予想外。私どこでも寝られるからソファでいいよ。七海くん体大きいしベッド使いなよ」
「いや、そういうわけには」
「でもあのソファに2泊はキツくない?」
確かに真実の言う通り、設置されている1人掛けソファは七海の体格には厳しいものがある。対して小柄な真実ならベッドとして使えなくはない。とはいえ先輩であり女性である真実をソファに寝かせ、自身は悠々とベッドを使うなんてことは七海にはできなかった。五条ならできそうだ、とは思うものの。
「まあ七海くんが気にならなければ2人でベッド使うのでもいいけど……どうかな?」
「えっ」
しかし何故真実はこうも平然としているのか。やはり真実は見かけによらず遊び慣れているのだろうか、などという思考がよぎる。
「……深山さん、少し聞きたいことがあるのですが、いいですか」
悩んでいても仕方がない。ここでうだうだしているくらいならいっそ聞いてしまおう、という七海のヤケクソだった。
「五条さんと夏油さんとはどういった関係で?」
「え、悟と傑? 友達だよ」
「……友達というのは、いかがわしい意味のですか」
「いかがわしいって……あれ、知ってるの?」
「知っているというのは、あの2人と肉体関係があるということですか?」
「うん。悟に聞いた? 傑は言わなそう」
「いえ、以前五条さんへの伝言を頼まれて部屋に行ったとき、音が漏れ聞こえてしまっただけです」
「あ、あー……なるほど」
真実は気まずそうに目を逸らし頬を赤くさせた。その表情がまた七海の記憶を呼び起こさせる。
「いや、ちょっと好奇心でさ、悟と試してみたら結構良くて。それが傑に見つかっちゃって、なんか流れで……みたいな」
いや何故そうなるんだとと思いつつ、七海はどこか納得した。要は3人ともイカレていただけだ。真実のことも比較的まともだと思っていたが、あくまで五条や夏油と比較しての話。基準がおかしかったのだ。
「わかりました。いや、わかりませんが……ともかく、私は変な気は起こさないので、2人でベッドを使いましょう」
「あ、うん」
それから何事もなく明日からの任務を確認し、食事を済ませた。
「深山さん、風呂、お先にどうぞ。私は少し飲み物を買いに行ってきます」
「うん、ありがとう。七海くんやっぱりしっかりしてるね、この前悟と一緒に任務行ったときなんかいつの間にか先に入ってたしお風呂覗かれたもん」
「あの人と比べられるのさえ不快になるレベルですね」
「あはは、ごめんごめん」
「何故笑っていられるんだ……」
笑いながら風呂場へ去って行った真実に、そうこぼさずにはいられなかった。