2
"永亮くん"のことを語る静華の表情は複雑だった。
地方大会の試合前、どういう意図かはわからないけど、二階堂先輩は静華のことを元カノだとオレたちの前で言った。
それを知っていたのは静弥とマサさんだけだったけど、つまりそれは事実ということだ。
静華が二階堂先輩の射を見ていたときの表情は真剣そのものだったし、恋愛かどうかは置いといたとしても、静華にとって二階堂先輩が特別な存在であることはすぐにわかった。
初めて憧れた、初めての師匠だったから……かな? 本当のところはわかんないけどね。
静華と並んでカフェのカウンター席に座り、お互い言葉が途切れ、なんとなく外を見た。
道路を走っていく子供を見て、昔のことをつい思い出してしまう。
――オレが女の子と仲良くしてたら、嫉妬した男子にいじめられて、そこにかっちゃんが助けに入ってくれたこと。
――かっちゃんが急に弓道を始めるんだと言い出して、道場をこっそり覗きに行ったこと。
――中学に入ってからはオレも弓道部に入ってみたりして、なんだかんだ、そこそこ上達したり。
――かっちゃんとは別の中学だったけど、大会なんかで会ったとき、他の部員とうまくいっていないことはなんとなく察していた。
でもかっちゃんは絶対に、自分の意志を曲げようとはしなかった。
……無意識に手の内を作って、形を確認してしまう。
「はぁ……」
「七緒、そろそろ帰る?」
「え?」
「あ、いや、なんか考え事してるっぽいから。1人の方が集中できるかと思って」
静華は残り少なくなったカフェラテを飲み干して、席を立つ準備をし始めていた。
「あっ、ごめん、せっかく一緒にいるのに」
「いいって。私もよくやるし」
「あー、確かに」
そこは否定してよ、と微妙な顔をした静華。でも、確かに静華は急に考え事をし始めたりすることがたまにある。自覚はあるみたいだけど。
オレも席を立ってバッグをしょっていると、静華はスタスタと2人分のグラスを持って下げ台の方に歩いて行ってしまった。
「静華、ありがと。でも、そういうのは男のオレにやらせてくれないと、かっこつかないっしょ?」
「え、そうなの? じゃあ、はい」
急いで追いかけると、下げ台の真ん前で持っていたグラスを2つ渡された。そうだけど、そうじゃない。
反射的に受け取ってしまったので、それをそのまま台に置いた。なにこの二度手間……と思ったけど、まあいいや。
「あのさ静華。1つ、結構突っ込んだこと聞いていい?」
「えっ、内容による。何?」
駅に向かう道を何で歩き、オレは二階堂先輩を知ってから、ずっと気になっていたことを聞こうとした。
静華は、げっ、という表情になる。
「二階堂先輩のこと、今はどう思ってるの?」
静華は何度か瞬きをしたあと、少し視線を伏せた。それから、"わかんない。けど、今は恋愛対象ではない"ということを、かなりあいまいな言い方で答えた。
「じゃあ、マサさんは?」
「えっ!? なんで雅貴くん……?」
「静華って、ぶっちゃけマサさんのこと好きっしょ?」
「はあ!? なんで知っ――、じゃなくて、えーと、あのー……」
わかりやすく動揺した静華。ごまかしは諦めたのか、苦笑いをこぼしつつ、そんなにわかりやすい? と逆に聞いてきた。
「んー、どうだろ。かっちゃんと湊はほぼ確実に気づいてないね。遼平は"静華とマサさんって仲良いよね"って前言ってたけど」
「そうなんだ……静弥のことはもう考えないことにしてるけど……」
照れて少し赤くなる静華。
その様子を見て、ああ、やっぱりかわいい子だなぁ、なんて今更思う。
「罪な女の子だよね〜、静華ってば」
「いや、違うけど!」
いつか同じようなことを言ったことがあったけど、そのときの返事も、こんな感じだったっけ。
*****
オレは電車通学だけど、静華はバス通学だ。初夏とはいえ、陽の傾きかけた夕方に1人で帰らせるわけにはいかない。
静華は案の定遠慮していたけど、バス停まで送ることにした。
……といっても、そこまで距離はないから、すぐに着いてしまう。
「やあ、おかえり静華」
バス停には、何故か静弥がいた。
「七緒、わざわざ静華のことを送ってくれたんだ。ありがとう」
「別に、当然っしょ」
静弥の様子は普段と変わりない。違和感があるのは、バス停で待ち構えていたことだけだった。