伸び合う仲間

地方大会が終わってから初めての部活の日。

日直に当たってしまった七緒を置いて先に道場を訪れると、まだ誰も来ていなかった。

トミー先生はクラス担任もあるから後から来ることも多いし、雅貴くんも神社の仕事があるとかないとか、日によってまちまち。

自分以外誰もいない学校の道場というのは久しぶりだった。

だから、ほんの出来心だったのだ。

*****

弓道着に着替えた後、的付けをして道場に戻った。それから弦を張り、矢を2本取る。

揖をして、射位に進む。胴造りまでは普段と変わらない。

取懸けた後、弓構えで弓を左斜め前に移してから手の内を整えた。

打起こしではやや水流れになる。動作を止めずに引き分けて右肘を体に引き寄せ、三分の二をとった。会の形はいつもと同じだ。

いつも通りの離れ……のはず。的枠ギリギリだけどあたるにはあたっていた。

本当はこういうのはあまりよくないんだろうけど、誰も見ていない今のうちにやってみたいことがある。

残心、弓倒しの後に物見を戻し、乙矢を引かずに本座に戻って一度体勢を整えた。

2本目を引くため、再び射位に進む。

足踏みはいつもと異なり、左膝頭を床につけて、立てた右足の親指先を的の中心を通る線上に合わせた。

そして弓手を軽くひねり、弓を回して弦を内側に向ける。矢を番えて、取懸けを終えたら、弓を左斜め前に持っていく。

引き方自体は1本目と変わらない。けど、中腰のような姿勢で引くのはやはり慣れない。重心が低いから立射より上体がブレにくい感じはあるけど、昔見た永亮くんのようにはできていないんだろうな。

雅貴くんはこういうの、やったことあるのかな。まあ、師匠も厳しい人だったみたいだし、他の流派の射なんてやらせないか。でも見てみたい。

……なんて、会の間、頭の中は雑念だらけだった。

離れでは馬手は大きく動かさず、右肘が軽く曲がったままの残心をとる。手の内がうまくいっていなかったのか離れが悪かったのか、弓返りはしなかった。なのにあたっているのが、なんとなく虚しい……ような気がする。

何回試合に勝ったところで、私の射はまだ昔に憧れたような"かっこいい射"にはなれていない。

「……何やってんだろ」

思わずこぼれた呟きに、予想外の返事が来た。

「本当にな」

後ろから聞こえてきた声に振り向くと、いつの間にか雅貴くんがいた。

「っ!? 雅貴くん、いやその、これはーー」

「女子の割膝わりひざなんて初めて見たぞ」

「わ、わかってるよ、女子がやらないことくらい」

それは永亮くんも教えてくれていた。割膝は両足を大胆に開くから、いくら袴をはいているとはいえ……といったところだ。

当時初心者だった私はそのあたりは何も考えず、永亮くんの割膝がかっこよかったからってだけで、教えてくれと頼んだ。永亮くんも礼儀作法を重んじるタイプでもなかったからーーと言うと語弊があるかもしれないけどーー割とあっさり教えてくれたのだ。

「で、どうして急に斜面打起こしで引いていたんだ?」

「……大会で久々に斜面を見たから。別に深い意味なんてないよ」

斜面で引くこと自体は、実際急でも何でもなかった。ときどき隠れてやっていたから。トミー先生にはバレてるし。

でも雅貴くんの前で斜面を引くのは、少し後ろめたい気になる。だから言い訳みたいになってしまった。

「ーーだそうだ。良かったな、みんな」

雅貴くんは入口の方にそう呼びかけると、遼平と七緒を先頭に他のみんなも道場に入ってきた。

「焦った〜! 辻峰に転校しちゃうのかと思ったよ」

「いやあ、それはさすがにないっしょ。あそこ女子いないし」

「静華、今のばっちり撮っといたからねー」

「えっ。消してほしい……」

ゆうなは最近色々と撮りすぎだ。

「えー? やだよ、レアだし。ね?」

「そうですね。特に2本目は、初めて見る射型でしたわ」

「確か、"割膝"ってさっきコーチが言ってたよね」

ゆうなたちは早くも動画を見返している。

「はずい。超はずい。いやだぁー……!」

「自分の出来心を恨むことだな」

雅貴くんは笑ってそう言った。ほんとそれだ。

「静華! もう1回引いてくれよ! もっとちゃんと見たいんだ!」

弓バカの湊がキラキラした目で迫ってきた。

「……5000円ね」

「なっ、金取るのかよ!?」

「体売るようなもんなので」

「かっ――!?」

「何を言っているんだよ、お前は」

湊が引き下がりそうな文言を考え抜いた結果だ。無意味に両腕で胸元を隠して言うと、案の定湊は顔を赤くして黙る。

それを見た雅貴くんは呆れたのか、軽くチョップしてきた。

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