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雅貴くんはこれから弓を引くらしく、私も見取り稽古をすることにした。

準備をする雅貴くんの横で、いつの間にか現れたフウを膝に乗せて正座をする。

「今日はスミさんに見てもらったのか?」

「うん。今日は講習会で先生がいないから、部外者だけど特別だって。今更だけど、大丈夫だったのかな」

「……それはスミさんがそう言ったのか?」

「? うん」

「はぁ……お前、騙されてるぞ。スミさんは琴葉市弓友会の会長で、教士七段の達人だ」

「……えっ」

「そして西園寺先生のご友人でもある」

「えっ、えっ。えぇー……フウ、知ってた?」

「ふっ、お前、なんでフウに聞くんだよ」

混乱のあまり絶対知らないであろう相手に質問し始めた私を見て、雅貴くんはまた笑った。そしてフウは首を傾けた。知らんってことか。

「そんなすごい人に……」

「だから、運が良かったなってことだ。性格は、なんというかお茶目な方だが、腕は確かだぞ、って俺が言うのも失礼なくらいだよ」

「ほぇー……」

貴重な体験をしてしまったなぁと思いながらフウの羽を触っていると、雅貴くんの手が頭に乗せられた。

「スミさんに何か言われたか?」

「え? まあ……それなりに。でも落ち込んでるとかじゃないから大丈夫」

「……そうか。何かあったら言えよ」

見上げた雅貴くんは、なんともいえない表情で。少し眉尻が下がっていて、悲しそうにも見えるけど、あいにく私にはどうしてそんな顔をするのかがわからなかった。

「あの、さっき、松崎さんに言われたんだけど」

「ん?」

雅貴くんは私の頭から手をどけて、下カケを付け始める。

「射型は正面なのに、引き方が斜面だって」

「!」

「今までどう習ってたかとか、何も言ってないのに、一手引いただけでさ。やっぱわかる人にはわかるんだね」

「……そうだな。実は俺も、お前の射を初めて見たとき、妙なクセがあるなと思っていたんだ」

「え、でも……」

初めて会ったとき、雅貴くんが"綺麗な射型だな"と言ったのを、私は覚えている。

「ああ、綺麗な射型だったよ。その感想に嘘はない」

「……ん」

雅貴くんも覚えてたんだ。なんて、そんなことにいちいち喜んでしまう自分のチョロさが恥ずかしい。

「後から話を聞いて納得した。斜面の名残だったんだってな」

弽を差しながら、雅貴くんは言葉を続ける。

「それに静華の弽、"朝嵐"だろう?」

紫色のかけ紐を丁寧に巻き付ける動作を眺めていると、不意に聞かれた内容にドキリとした。

「二階堂くんに勧められたのか?」

「っ! ……うん。弽選ぶの、手伝ってもらった」

永亮くんのことを聞かれるとは、正直思っていなかった。

別に昔付き合っていたことは悪いことではないはずで、後ろめたくなる必要もない、と、頭ではわかっている。でも、これ以上永亮くんとの間にあった事を、わざわざ雅貴くんに伝えたくはなかった。

今日から始まった私の不調は、どう考えても斜面に引っ張られていることが原因だけど、それは永亮くんのせいじゃない。私が勝手に、永亮くんの射に――。

「静華? 聞いているか?」

「――え? ぁ、痛っ……!」

「! フウ、何してるんだ!」

雅貴くんの大きな声に驚いたのか、フウは森の方へ飛び去ってしまった。

「大丈夫か、手」

「え? 手、って、あ……フウの爪がちょっと引っかかったみたい」

「見せてみろ」

雅貴くんは私の右手を取った。右の手のひらに小さなひっかき傷ができていたけど、少し血が滲む程度で大したケガではない。

「大丈夫だよ、このくらい。フウの嫌がるとこ、気づかないで触っちゃったんだろうし」

「いや、動物にもらった傷を甘く見ない方がいい。とりあえず消毒するぞ」

そりゃ紙で切るのとわけが違うというのは、さすがにわかるけど。

「自分でできるよ。弽汚れちゃうから離して」

「俺の弽が汚れるのと、お前の傷が化膿するのと、どっちが大事おおごとだと思っているんだよ」

「…………弽」

「バカ」

そんな聞き方をされたら、意地を張るしかなくなるに決まってるのに。

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