七緒と秘密特訓@

【七緒視点】

合宿2日目の夜、下僕労働を川落ちで終えたオレたちは、自由時間を謳歌していた。

男子部屋に集まってお喋りしたりスマホをいじったり、蓮さんに貰った写真を見たりしていたが、オレにはどうしても気になることがあった。

「あのさ、かっちゃん……」

「何だよ?」

「お風呂でのことなんだけど」

オレがその話題を出した途端、真っ赤になり口をパクパクさせたかっちゃんと遼平。

遼平はオレと同じくほとんどかっちゃんの後ろ姿しか見えてなかったはずだけど……。まあ、日焼けしたかっちゃんに隠れて覗き見えた白い手足は、かなりやばかったけど。

かっちゃんが何か言う前に、湊が話し出す。

「あっ。それ、マサさんに聞いたんだけど、藍はおれたちが使う前に風呂掃除をしてくれていたんだって。そこにマサさんが間違っておれたちを行かせちゃったみたいだ」

「"間違って"ってレベルじゃない気がするけどね」

「オレも今回ばかりは静弥に賛成だよ。下手したらオレたち、藍に一生口きいてもらえなくなるところだったっしょ」

「いや、俺らが口きいてもらえないとか以前の問題だろ。俺だってわざと見たわけじゃねえけど、嫌だったと、思うし……」

かっちゃんが男前なことを言い出した。これで思い出し照れで語尾がしぼまなければ完璧だったんだけど。

「あー! この話やめよう! 藍だって自分の知らないとこでこんな話されたくないよ、多分」

「遼平の言う通りだね。明日もあるし、早く寝よう」

静弥が場をまとめたことでこの話は終わった。

「うん。かっちゃん、むし返してごめん。――じゃ、オレはトイレ行ってくるから、先に寝てていいよ」

オレが素直に謝ったら、かっちゃんは変な顔をしていた。

*****

男子部屋を出て歩いていると、少し離れたところに人影が見えた。こそこそと怪しい動きだ。

まさか神社に空き巣が入るとは思わないけど――そもそも空き巣じゃないしーーその人物はまるで誰かに見つからないように、といった動きをしている。

体格からして女の人だ。昼間に会ったマサさんのお母さんとも違うようだけど、うちの女子部員がこんな時間にこそこそ出歩くとも思えない。

そんな考察をしながらこっちも見つからないように物陰から眺めていると、月明かりに照らされて、ちょうどその人物の顔が見えた。

「えっ、藍?」

思わず声を出してしまったけど、距離があるから向こうには聞こえていなさそう。

足音を立てないように歩く藍は、片手に弽を持っていた。

*****

藍を追っていくと、夜多の森弓道場に辿り着いた。

弽を持っていたってことは、もしかして弓を引きに来たんだろうか。だとしたら、ぜひとも射を見てみたい。

弓道場の入口からこっそり中を覗く。藍の姿が見当たらなかったが、多分更衣室で弓道着に着替えているんだろう。

しばらく待っていると、中から物音が聞こえた。そろそろ声をかけてもいいかな、と思って再び入口から顔を出すと、

「うわぁっ!?」

「えっ。あ……七緒だったんだ」

「ま、待って、今すごいびっくりした……!」

気づかれていないと思って顔を出したら、こっちをじっと見ていた藍と思いっきり目が合ったのだ。

「ごめん。ずっと追いかけてくるから、なんだろうと思って……」

「気づいてたの!?」

「うん。嫌な感じはしなかったから、雅貴のとこには行かなかったけどね」

困ったように笑う藍。

「そういうのわかるの? "嫌な感じ"とか……」

「なんとなくね。まあ、ほら、巫女パワーってやつ?」

藍はニッと笑っておちゃらけた。その表情はマサさんそっくりだ。

「巫女さんすごすぎっしょ! ……それで、藍はこんな時間に弓を引きに来たの?」

「うん。七緒は?」

「せっかくだし、オレもやるよ。弽貸してもらえる? 取りに戻りたいけど、みんなついて来ちゃいそうだし」

「初心者用のでよければ、はい」

「サンキュー。あ、藍の弽、マサさんのと同じ色だ」

学生がよく使っているのは茶色に紫色の帯がついた弽だけど、藍が差しているのはグレーに紫帯のものだった。

「これ、おじいちゃんが昔くれたの。色のこだわりがあったのかはわかんないけど」

「へえ」

藍は道場の壁際に置かれた小机にノートを広げた。そして、弓矢を取って射位に向かう。

本座で揖をして、すり足で射位まで3歩で進み、足踏みから射法八節が始まった。立射で引くようだ。

弓道経験は小学生のときに少しだけと聞いていたけど、明らかにオレたちとは年季が違う。体に染み付いた動きだ。

道場は電気が点いておらず、照らすのは月明かりだけ。そんな中で弓を引く藍の姿は、どこか神秘的だった。

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