海斗と仲良く
【海斗視点】
合宿2日目、つまり最終日の今日。俺たちは長きにわたる下僕労働を終え、マサさんから稽古をする許可を貰った。
……のはいいんだが、俺にはまだ引っかかることがある。
昨日、マサさんのミスで藍の……なんつーか……見ちゃいけねーとこを見てしまったっつーか……触ってしまったっつーか……む、胸に顔が……。クソ、忘れろ俺。
「かっちゃん、それ何の顔? 青くなったり赤くなったりしてるっしょ」
「うるせえな」
ともかく俺は一言謝りたかった。いや、今回悪いのはマサさんなんだけど。
藍の方を見ると、いつも通りマネージャーとして働きつつ、女子中心にアドバイスをしている姿が目に入る。
「あっ、わかった。藍に教えてもらいたいんだ。藍ー! 次、オレとかっちゃんの射を見てほしいんだけどー!」
「ちげーし! っておい、呼んでんじゃーー」
「わかった、ちょっと待っててー」
藍は普通に答えたが、こっちを見て俺と目が合った瞬間、恥ずかしそうな表情をして目を逸らされた。
「話なら教えてもらいながらすれば? それならみんなに注目されることもないっしょ」
「チッ、余計な事すんなっつの……」
そうこうしているうちに藍がこっちにやってくる。思ったより早え。
「あっ、藍。女子はもういいの?」
「うん、ちょうどキリ良かったから」
「じゃ、かっちゃんのことよろしく!」
「えっ! あ、うん……」
七緒はそれだけ言って遼平のところに行きやがった。
「えっと、じゃあ、引いてみてくれる?」
「お、おう」
いつもよりぎこちないながらも、藍は普通に話そうとしている。俺は言われるがまま弓を引いた。
「矢先が少し下がってる。クセかもね」
残心の姿勢のまま、弓手を少し持ち上げられた。それはマサさんにもよく指摘されるところだった。
弓倒しをして、藍の顔をまっすぐ見た。このままじゃ稽古にも身が入らない。
「なあ、昨日、悪かった」
「えっ? いや、あれは雅貴がーー」
「そうだけど、俺はその……ともかく、嫌だっただろ。悪い」
「ううん、確かに恥ずかしかったけど、もう大丈夫。ありがと海斗」
藍は困ったように笑った。
「あー、あの、さ、お腹の傷、なんだけど。あれ、昔交通事故に遭ったときのなの」
「え……」
「理由気になるでしょ? 普通に。隠してるわけじゃないけど、かわいそうだって思われたくなくて言ってなかった」
「……そうか」
「私がちゃんと弓を引けないのもそれが理由だよ。まあ、ゆうなとか、あと湊と七緒も知ってるんだけどね」
「はぁ? 花沢はともかく、何であいつらが」
「ゆうなには自分で話したけど、湊と七緒には弓引いてるとこ偶然見られちゃったから」
「あ? 結局、弓は引けんのか? どっちなのかはっきりしろよ」
「ごめんごめん。すこーしだけなら引けるよ、7kgくらいのなら」
初心者が引くような弓力だが、別に強弓が偉いってわけでもない。
「なら、今じゃなくてもいいから、藍の射を見せてくれよ。ーー七緒に見られたの、昨日だろ」
「何で知ってるの?」
「知らねえけど、なんとなく」
「なるほど、さすが"かっちゃん"だね。七緒のこと何でもわかるんだ」
「そういうんじゃねーし!」
七緒の言っていた"弓の女神様"とやらは藍のことだったようだ。俺たちより長くマサさんの教えを受けてるだろうし、見てみたいに決まってる。
「じゃあ、明日、またここに来てくれる?」
「いいのか?」
「うん。最近は結構体の調子良いから」
「わかった。まあ、無理はするなよ」
「ふふ、海斗は優しいね」
「なっ、人が心配してやってんのに茶化してんじゃねえよ!」
「えっ、褒めてるんだけど!?」