@ 弓引きギャル先輩
【湊視点】
ジャージに着替えて戻ってきた藤原先輩に、マサさんは声をかけた。
「愛生、悪いんだがみんなに射を見せてやってくれるか?」
「んー? どしたん急に?」
「いやあ、こいつらが興味津々みたいでな」
「ま、いいけど。弓、使っていいやつどれ?」
「愛生の弓力だと、確か裏に1張あったな。持ってくるから準備しておいてくれ」
「おっけー」
胸元に"藤原"と刺繍の入った学校指定のジャージの上から胸当てをつけ、弽を差す藤原先輩。
経験者だということを疑っているわけじゃないけど、確かに慣れた動きだし、よく見たらすごく姿勢の良い人だ。それに弽自体もかなり使い込まれている。
「ちょ、見過ぎじゃない? うちカケつけてるだけなんだけど。1年マジウケんね」
「あっ、すみません」
「許す〜」
藤原先輩に気にした様子はないが、会話が続くわけでもなく。マサさんが戻ってくるまで、おれたちは無駄にそわそわしていた。
それからすぐにマサさんは弦の張られた弓と矢を4本持って戻ってきた。
「サンキュー、マサぴ」
「おう。あ、そうだ」
マサさんは藤原先輩に何か耳打ちをしている。
「よし、頼んだぞ。――じゃあ、今から藤原大先輩が二手引いてくれるから、よく見て学べよ」
「ハードル上げんなっての」
「はは、すまんすまん。あ、立射でいいぞー」
マサさんにツッコミを入れた藤原先輩は、弓矢を受け取り本座に進む。
そして執弓の姿勢で一度揖をして、射位に進んだ。足踏みの後で一手分の矢を床に置き、行射が始まる。
弓構えからの動作がスムーズ、というか速い。しかし雑ではなく、その分大三から続くゆったりとした引分け、会がとてもおおらかで、印象的だった。当然のように一手が中る。
残る一手を取り、藤原先輩は再び胴造りの姿勢を取った。
弓構えで甲矢を体の正面で取懸けると、先輩は左斜め前に弓を構える。そのまま頭上に打起こし、引分けの途中では矢を眉くらいの高さで一度とどめた。それから引き絞り、見慣れた形の会に入る……斜面打ち起こしだ。
キレのある離れで鋭く放たれた矢は、またしても的に中った。二手皆中。先輩は表情を変えず、弓倒しをして物見を戻す。
そして射位から下がると、
「なんか今日めっちゃ調子良いわ!」
急に元のテンションに戻った。
「相変わらず本番に強いな。射形も文句なしだ」
「うわ、マサぴ褒めすぎ照れる〜」
美しい射におちゃらけた人格、藤原先輩とマサさんの仲が良いのも納得だった。
「クソッ……あの射をする人間が、なんであんなにチャラいんだ……」
小野木は悔しそうに呟いた。
「でも、急に弓を傾けて、少し驚きましたわ」
「私たちは全員正面で引いていますし、斜面打ち起こしならそうと、先に言ってください」
「そうですよ! 一瞬間違えてるのかと思っちゃったじゃないですか!」
女子からの非難を浴びたマサさんは困ったように頭をかいた。
「いやあ、この年で斜面と正面の両方をマスターしてる弓引きはなかなかいないからな。ちょっとしたサプライズのつもりだったんだが……」
「この人、こういうとこあっからね〜。てかマスターは言い過ぎでしょ、師匠に聞かれたらガチで怒られそう」
「それはそうだな。まあ、入部したら正面に統一してもらうが、それは問題ないな?」
「全然おっけー」
軽いなぁ……。