@ 自主練-入部
【愛生視点】
放課後、近所の弓道場を訪れてみた。けど、これは……。
「……階段、えぐい……」
神社の敷地内にあるその弓道場は、長い階段の上にあった。
体力がないわけじゃないけど、軽い気持ちで上り始めたら割と疲れた。弓と矢筒、弓道着の入った鞄を持っていると軽いトレーニングだ。
ともあれ弓道場に着くと、運の良いことに誰もいなかった。窓口のような場所にお金をおいて、郵便受けから鍵を取り出す。
弓道場は古いけど、定期的に手入れがされているのか綺麗な場所だった。射場に日差しもそんなに入らないし、快適そうだ。
更衣室で弓道着に着替えて道場に戻る。的付けを終えて、矢を出して、弦を張り、胸当てをつける。最後に弽を差して準備は完了だ。
桐先のときとは違って、射場に1人で弓を引く。指導者がいないのは、変な癖がつかないか不安だけど、すごく快適だ……。
それからずっと、誰もいない弓道場で矢数をかけていた。
2時間分のお金しか置いてないから、そろそろ撤収する時間だ。
何本引いたかわからないし、◯×もつけずに無心で引いていた。記録くらいつけておけばよかったと今さら思ったけど、まあいいや。何か目的があって引いていたわけじゃない。
「……帰ろ」
あまり遅くなると両親に怒られるし。
道場の備品を片付けて、軽く掃除をしてから荷物をまとめた。忘れ物がないか確認して道場を出ると、着物姿の若い男性がこちらに向かって来るのが見えた。その人も弓と矢筒を持っている。
「お、道場使ってたのか。鍵持ってるか? 預かるぞ」
長身で長髪を結んでいるその男性は、ここの関係者のようだった。持っていた道場の鍵を手渡す。
「あ……ありがとうございました。……あの、また、来ても大丈夫ですか?」
「ん? ああ、市の弓友会が使っていることもあるが、それ以外の時間は個人利用もOKだよ。ちなみに開放時間は夜9時までだが、あまり遅くならないようにな」
「わかりました。ありがとうございます」
教えてくれたことに頭を下げて、その男性と別れた。
居心地の良い弓道場だった。階段はキツいけどまた来ようと、そう決めて、家に帰ることにした。
*****
「二階堂さん! 今日は放課後空いてる? 部活行こうよ」
「え、っと……」
山之内くんは私が部活見学に行って以来、毎日勧誘してくれている。
「流派が違っても大丈夫だって静弥に聞いたんだ。だから、一緒に弓引けるよ? 俺、二階堂さんの射をもっと見たいんだ」
「え……なんで?」
「なんでって……かっこよかったから」
山之内くんの言う"静弥"は、桐先中にいた竹早くんのことだ。風舞の入学式で挨拶をしていて驚いた。
「私……正面に、変える気ないよ。だから、大会とか、団体戦、出られない」
「うん、それは大丈夫。実は今、女子部員3人しかいないんだ」
来月行われる県大会予選に出る予定はあるが、男女共に人数不足で個人戦しか出ないらしい。
「そう……なんだ」
「そうなんだよ!」
*****
【静弥視点】
「というわけで、新入部員の二階堂愛生さんです!」
「よろしく、お願いします」
遼平が連れてきた二階堂さんは、いつもの調子で挨拶をした。
「お前、1回見学に来たきりだったよな」
いきなりケンカ腰の小野木が質問、いや、尋問を始める。平然としている二階堂さんは頷いた。
「何で最初から入部しなかったんだ? 先生に指名までされていたのに」
「……初心者、多かったから」
「は?」
「集団行動、苦手だから」
「……それだけかよ?」
二階堂さんは再び頷いた。
まさかそんな理由で、と思わずにはいられない。あの部員数の多い桐先で3年間引いていたのに?
「あ、と……斜面でもいいって、山之内くん、言った」
「だよね、静弥?」
「ああ、うん。個人の所属する流派に、規定はないよ」
「私は、斜面しか引かない」
二階堂さんのその言葉に、反論する者はいなかった。というか、何と言っていいのか。
でも、彼女が何かを強く主張するところは初めて見たな。おそらく、何かこだわりがあるんだろう。
とはいえ、彼女の流派が何であれ、部の活動に支障はない。それに上手い弓引きがいれば全体のレベルも上がるから、僕としては歓迎だ。
「僕は歓迎するよ。中学の頃から二階堂さんの射は見ていたし、上手い弓引きが増えるのは部にとっても良いことだと思う」
僕の考えをそのまま口にすれば、女子部の部長である妹尾も頷いた。妹尾が言うなら、と花沢さんと白菊さんの2人も賛成のようだ。
「私たちも賛成するよ」
「オレも! かわいい女の子が入って嬉しいし」
「まあ、そういうことなら、反対はしねえ」
小野木も二階堂さんの言った理由に納得したのかはわからないが、彼女の入部に反対する者はいなかった。