@ 素顔?
【マサさん視点】
「お、君はあの時の」
中崎弓具店を訪れると、以前うちの道場で見かけた少女と再会した。
色白で病弱そうな印象のその子は、俺のことを覚えていたのか会釈をする。
襟が緑色のセーラー服に白いカーディガンを羽織っていた。確か、風舞高校の制服だったか。道端で時々見かける制服だ。
「……髪、切ったんですか?」
「ん? ああ、鬱陶しかったんでな」
その子は表情を変えずにそう聞いてきた。案外、雑談もできるタイプだったようだ。
しかし、風舞の生徒か。しかもおそらく弓道部員。となれば、
「俺は滝川雅貴。23歳で、普段は夜多神社の神主をしている。よろしくな」
今後関わることになるだろうし、先に自己紹介をしておくかと思って話すと、その子も少しためらいがちだが返事をしてくれた。
「二階堂愛生です。風舞高校の、1年です」
「弓道部か?」
二階堂は頷いた。
「なら、堅苦しいのはいらないな。俺は"マサさん"と呼ばれることが多いから、よかったら二階堂もそう呼んでくれ」
「はい。……マサさん」
「どうした?」
「え、と……呼んだだけ」
「そうか? ーーああ、買い物の邪魔をして悪かったな」
二階堂は首を振った。
「マサさん、あの……今日は、道場空いてますか?」
「ああ。引きに来るか?」
頷いた二階堂の表情は心なしか明るく見えた。
それから、奥で作業をしていたらしい中崎さんが出てきてナンパと間違われたりしたが、ともあれ俺の車で一緒に夜多の森に行くことにした。
後部座席には荷物を乗せているから、助手席に乗ってもらう。
「風舞の弓道部はどんな感じなんだ?」
「みんな、良い人です。あと、真面目」
あと、と続けた二階堂は、しかし言葉を選んでいる。
「中学、一緒の子がいました」
「そうだったのか。知り合いがいるとやりやすいんじゃないか?」
「……あんまり、話したことないです。2人、男の子で。早気になったって、落ち込んでました。弓道部、誘われてたけど入らないって」
「! そうか……」
「でも、私のお兄ちゃんの射、かっこいいって、言ってくれた人、で……」
二階堂が言っているのはおそらく湊のことだろう。それにしても同じ中学だったとは。
「兄貴がいるのか。俺と一緒だな。4つ上なんだ」
「1こ上」
「風舞か?」
二階堂は首を振って、肩を落とした。
「県外の高校に、行ってます」
「それは、寂しいな」
「はい。毎日、電話してくれるけど」
「毎日か。はは、愛されてるな」
「……」
二階堂は照れた様子だ。表情が変わらない子だと思っていたが、雰囲気がわかりやすい。
「! あ、電話、お兄ちゃん」
二階堂がスマホの着信音にびくりとしていたが、着信画面を見て笑顔になった。……初めて表情が変わることろを見たな。といっても、満面の笑みってほどの変化はないが。
「うちまでもう少しかかるから、出ていいぞ」
「ありがとう、ございます。……もしもし」
心なしかテンション高めな二階堂は、小さめの声で通話を始める。勝手に会話を聞くのも気が引けるが、この子の兄は一体どんな人なんだろうかと気になるのも事実だ。
「ううん、1人じゃない。えっと……知り合いの人、弓の」
どうやら誰と一緒にいるのかと聞かれているようだ。音声までは聞こえないが、過保護の片鱗が見えるな。まあ、そうなる気持ちもわからなくはない。
「男の人だけど……。えっ。大丈夫だよ、良い人。ううん、怪しくない」
もしかして、俺は二階堂兄に不審者だと思われているのか?
「……うん。弓道部、入ったよ。部員少ないって、言ってたから。大丈夫」
どうやら話題は部活のことに変わったようだ。
「え? か、変えないよ! 他の子はみんな、そうだけど……」
二階堂は少し慌てたように話している。
「うん、団体戦出ないって。人数不足。大会は個人戦だけ、だから斜面で引けるよ」
変えない、とはどうやら流派の話だったらしい。なるほど、二階堂は斜面打起こしの射手なのか。
「うん、……うん、大丈夫。……えっ」
突然二階堂は戸惑いの声とともに俺の方を見て、すぐに視線を逸らした。
「う、恥ずかしい。人、一緒にいるし……」
……一体二階堂は兄に何を言われているんだ。
「い、言う。言うから、ちょっと待って」
二階堂はふぅ、と小さく息を吐いた。そして出てきたのは、
「お……っ、お兄ちゃん、大好き……!」
愛の告白だった。
「う、うぅ、嬉しいけど……。うん、じゃあね、また」
二階堂は赤くなった顔のまま、電話を切った。
二階堂兄はシスコンのようだ。
「あの……大変、失礼しました」
「はは、いいって。兄妹仲良しでいいじゃないか」
「お兄ちゃん、ああいうの、言わせるのが好き、みたいで……」
「向こうからは言ってくれるのか?」
「うぁ、はい……。言うのも好き、ていうか、反応見てからかってる」
「それは……好きな子についいじわるをしてしまう男子の心理だな」
二階堂兄はとんでもないシスコンのようだ。