@ 辻峰と

・樋口先輩と相性が良い?話


【不破視点】

放課後。弓道部はいつも通り各所からかき集めた余った机のもとに集まっていた。そして珍しく遅れてやってきた二階堂は、横に1人の女子を連れていた。その女子は弓と矢筒を持っている。

「二階堂〜、誰それ? 二階堂にそっくり」

「俺の妹っす」

樋口先輩の問いに平然と答える二階堂。妹と言う割に、二階堂の距離感は恋人同士のそれだ。二階堂は何故か妹の肩を抱いている。

二階堂妹は樋口先輩の言う通り二階堂にそっくりだった。色白で目がデカいところとか。

「妹ってことは、中学生?」

「いや、高1ですよ。風舞の」

「カゼマイ? この辺じゃないよな。聞いたことない」

「ああ。辻峰にしろって言ったんだけど、親が娘は家から出したくないみたいでさあ。愛生だって、俺と一緒がよかったよな?」

「うん……」

二階堂妹は、どうやら愛生というらしい。愛生ちゃんは二階堂に同意を求められ、ゆっくり兄を見上げると、頷いた。なんというか……ミーアキャットみたいだな。

「二階堂、なんで妹を連れてきたんだ?」

太田黒がスクワットをしながら聞いた。太田黒は筋肉バカだがまっとうな考えの持ち主だ。

「なんでって、1秒でも長く一緒にいたいからに決まってるだろ。それに、こいつも弓を引けるし、今日は練習に参加してもらうことにした」

笑顔で答えた二階堂。その笑顔は、やる気のない顧問、もとい潮崎先生のご機嫌取りをするときのようなうさんくさいものじゃない。こいつマジで言ってるのか。

「俺は別になんでもいいけど。その格好で弓引くの、危なくないー?」

机の上に寝そべったまま樋口先輩が指摘する。愛生ちゃんは風舞の制服と思わしきセーラー服姿だ。

「弓道着持ってきてるから大丈夫っすよ。な?」

「うん。……よろしくお願いします。……あ。二階堂愛生、です」

思い出したように自己紹介をした愛生ちゃん。二階堂とは対照的に、口が達者ではないらしい。樋口先輩レベルのスローペースだ。

「よろしくな、愛生ちゃん。俺は2年の不破晃士郎。で、あっちのデカいのが同じく2年の太田黒。こっちの2人は3年生で、荒垣部長と、樋口先輩」

「おい、名前呼びすんな」

「お前ら2人とも二階堂じゃ紛らわしいだろ。どうせ名前で呼ぶならかわいい女子がいいと思うのが普通だと思うけど?」

シスコン二階堂が反論しようとすると、樋口先輩が先に口を開いた。

「愛生ちゃん、見て見て、これ」

「……? ひっ!?」

愛生ちゃんは樋口先輩に見せられた何かに怯えて、とっさに近くにいた俺の後ろに隠れてしまった。そしてそれを見た二階堂がめちゃくちゃ睨んでくる。

「あっ……ごめんなさい、不破さん……」

「いいよ、気にすんな。――樋口先輩、女子に虫見せるとか駄目っすよ」

「えー? きれいに動いてるよ、こいつ」

樋口先輩が見せたのは葉っぱに乗ったムカデだった。俺でもやだわ。太田黒も引いている。

「それはキモい」

荒垣先輩もわざわざ椅子から立ち上がって距離を取り始めた。

……にしても、未だ俺の後ろから様子を伺っている愛生ちゃんは、率直に言って守ってあげたくなる系の女子だ。二階堂がシスコンになるのもわからんでもない。

「樋口先輩、それ捨ててください」

「なんで?」

「いいから。捨ててください」

「……わかったよ」

二階堂の異様な圧に首を傾げた樋口先輩は、ぽいっとムカデの乗った葉っぱを遠くに向かって投げた。

「ごめんねー?」

「だ、大丈夫です」

「あれ、大丈夫なの? じゃあ、今度は別の面白い虫をーー」

「あの、む、虫はちょっと……!」

「樋口先輩、わかっててやってるでしょ。かわいそーっすよ」

「さあ、どうかなー?」

樋口先輩が後輩イジりを覚えてしまった。

と同時に、未だ俺の後ろに隠れているあたり、二階堂妹には無事懐かれたようだ。

*****

「樋口先輩」

「んー?」

「弓、何キロの、使ってるんですか……?」

「うーん、何だっけ。二階堂に言われたやつ」

樋口先輩は二階堂に視線を寄越した。二階堂は部員と愛生ちゃんの会話を聞いてないフリしてばっちり聞いている。

「樋口先輩のは10キロっすよ」

「だってさ。愛生ちゃんは?」

「わ、私のは、えっと、12です」

「おー、力持ちだ」

愛生ちゃんは先輩が自分より弱い弓を使っていると思っていなかったのか、答えにくそうだった。でも12キロなら平均くらいだろう。

「このくらいがちょうどいいよー。強いと疲れるし」

「そうなん、ですか? 男の子は、強い弓、引きたいんだと思ってました」

「あー、太田黒はそのタイプだな」

ちょうど的前に立っていた太田黒は、こっちの会話を聞いて得意げだ。

「あー、その……愛生ちゃんも、触ってみるか?」

「いいんですか?」

太田黒は自慢の竹弓を愛生ちゃんに差し出した。

「すごい、強そう」

「素引きしてもいいぞ」

「! うぅ……引けない……!」

ちょっと目を輝かせた愛生ちゃんだったが、太田黒の強弓では打起こしから先に進めなくなっていた。

それを見た二階堂はすかさず駆け寄ってくる。

「おい、無理すんな。肩でも壊したらどうするんだよ」

「っ、ごめんなさい」

「怒ってるんじゃない。大丈夫か? ほら、黒ちゃんに弓返しな」

「うん。……くろちゃん?」

「太田黒。愛生も黒ちゃんって呼んでいいよ」

「黒ちゃん……先輩、ありがとうございました」

弓を受け取った黒ちゃん、もとい太田黒は何故か少し照れていた。なんでそんな女子に耐性がないんだ?

「二階堂、過保護すぎ」

「ね〜。でも、俺も愛生ちゃん妹に欲しいかも」

3年生たちは二階堂の意外なシスコンっぷりに呆れていた。というか樋口先輩、命知らずだな。

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