@ 合宿-2
【不破視点】
夕食前から不機嫌だった二階堂は、風舞から振舞われたカレーも食わずに部屋に引っ込んでしまった。
「あ、あの、不破先輩」
「ん? おー、愛生ちゃんか。どうした?」
「お兄ちゃん、お腹空いてないんですか……?」
「……それを俺に聞かれても」
いやまあ、カレーの皿を持ってやってきた時点で、それは二階堂のために持ってきたんだろうと察するが。
あいつの腹が減ってるかどうかというより、カレーいらないの? って聞きたかったんだろう。多分、愛生ちゃん1人で作った料理なら、どれだけ機嫌が悪くても食っただろうな。
「あいつ、拗ねてどっか行ったよ。俺も1人になっちまったし、よかったら隣座ってくんね?」
「はい……」
二階堂がカレーを食べたくないと思ったのか、愛生ちゃんはしゅんとしている。
大人しく二階堂のいた隣席に腰をおろした愛生ちゃん。一目で兄妹だとわかるくらい見た目はそっくりだが、中身は真逆だ。
二階堂は器用なようでいて色々と不器用、愛生ちゃんは態度で不器用そうに見えるが、案外対人関係は器用だ。今日だって、兄貴のチームメイトとはいえ辻峰――他校の上級生に、しかも異性の集団にすんなり馴染んでいた。
「カレー、夏場は保存しとくと危ねえし、あいつの分も俺が食っていい?」
「あ……はい。あの、私も、ちょっと食べたい……」
「いーよ、じゃあ半分こするか」
シスコン二階堂にこんなところを見られたら殺されかねないが、ここに戻って来ることはまずないだろう。
*****
夕食後、各々風呂も済ませて部屋でだらけていた。二階堂の姿は未だ見えない。
明日もこの調子じゃ困るしな、と理由をつけて、探しに行くことにした。途中で適当な飲み物を買って、海の方へ歩く。
どうせ伯父さんと電話でもしているんだろう。
宿を出てすぐ、海が見えた。そして二階堂と、風舞の若コーチの姿が目に入る。
俺がとっさに身を隠すと、すぐ隣に愛生ちゃんがちょこんと体育座りで縮こまっているのに気付く。
「おわっ、愛生ちゃん!? どうしたんだ、こんなところで。ていうか、1人?」
「不破先輩……」
俺を見上げた愛生ちゃんは今にも泣きそうな表情だ。
「お兄ちゃん、マサさんにとられた」
「……は?」
マサさん、というのはあのコーチのことだろうが、取られたって何だ。
「愛生ちゃんも二階堂を探しに来たのか?」
「はい……伯父さんに電話したら、通話中だったから、お兄ちゃん、話してると思って」
「そっか」
波の音に紛れて、話し声がかすかに聞こえてくる。風舞のコーチは二階堂のことを高く評価しているようだ。二階堂はその褒め言葉におだてるなと言い返すが……。
「マサさん、甘やかすの上手、だから」
「なるほど。経験者は語る、ってやつだな」
愛生ちゃんはつんと口を尖らせたまま頷いた。こっちもこっちで拗ねている。
「……戻るか」
「……はい」
俺たちは立ち上がり、一緒に宿への道を歩く。無言になるのもなんなので、無難な話題を振ってみた。
「愛生ちゃんは弓以外に趣味とかあるの?」
「えっと……ピアノ、とか」
「マジ? 俺も弾ける」
「! そうなんですか?」
「うちの親がピアノの先生なんだよ。そんで俺も教わってた」
「……意外です」
「よく言われる。――あ、そういやあの宿、ピアノ置いてあったな、自由に弾いていいやつ。行ってみねえ?」
愛生ちゃんは俺を見上げて頷いた。よく見たらちょっと笑っている。……こりゃ二階堂がシスコンにもなるわ。
そう納得しつつ宿に戻ると、二階堂の元後輩――鳴宮と鉢合わせた。
「不破、先輩……と、二階堂? 何で一緒にーー」
「おいおい、野暮なこと聞くなよ」
「!?」
俺が鳴宮をからかうと、愛生ちゃんは慌てて首を振った。
「あ、そうだ二階堂、マサさんどこにいるか知ってる? 不破先輩も、うちのコーチを見かけませんでしたか?」
鳴宮は愛生ちゃんの反応を見て冗談だと察したのか、苦笑したあと、コーチの所在を聞いてきた。反省会をしているから意見が欲しいと。真面目だな。
「うちの二階堂と話してた」
「二階堂先輩と?」
「悪いけど、ちょっとコーチ貸してくんね? あいつが伯父さん以外に懐くの、珍しいからさ」
鳴宮にはそう答えて、持っていた飲み物を1つ放り投げて寄越した。
「あと、愛生ちゃんも借りてくから、よろしく!」
「えっ、ちょっと待っーー」
全く状況を飲み込めていない鳴宮を置いて、愛生ちゃんと一緒にエレベーターに乗り込んだ。