指導

「樋口、足踏みちょっと狭い」

「このくらい?」

「そうそう、そのくらい。矢束の間隔を体で覚えて」

「舞田、次、俺見てくれ」

「はいはい。横顔がかっこよく見える角度ね」

「違う。美しく見える角度だ。女性の意見も聞きたい」

「その違いわかんないから。あー、それ、いいんじゃない? 反りすぎだけど」

「なるほど、ここか」

二階堂に誘われて弓道部に入部してから数週間経った。2年生たちのやり取りは相変わらずだ。

うちの部には正式な指導者がいないどころか道場もない。それでもなんとかやれているのは、指導者代わりになっている舞田先輩と二階堂、それからアドバイスをくれるという二階堂の叔父さんの存在が大きい。

俺たちが入部するまでは3人だけで活動していたらしい。が、大会に出るでもなく、この道場もどきでひたすら射込みをしていたという。よく続いたな。

横にいた二階堂をふと見ると、先輩たちの方を見て不満げだ。

「なんつー顔してんだよ、二階堂」

「はあ?」

「舞田先輩取られて寂しい〜って、顔に書いてあんぜ」

「キモいこと言ってんじゃねえよ」

二階堂はぷいっとそっぽを向いてしまった。

二階堂と舞田先輩は同じ桐先中学出身で、その頃から親しかったという。俺がこの部に入部を決めて、まず最初に言われたことは、"舞田先輩には手を出すな"だった。あからさますぎる。

ミスターマイペース樋口先輩とミスターナルシスト荒垣先輩をまとめあげるミスローテンション舞田先輩、いや、まとめていると言っていいのか、むしろあれは放し飼いといった感もあるが。

とにかく上級生は仲が良かった。舞田先輩の異性を感じさせないフラットさのおかげだろう。

美人でスタイル良くて、弓も上手いし性格も良い。俺は普通にーー上級生に向かって失礼かもしれないがーー"良い女"ってこういうことかと思っているが。

「二階堂ー、不破ー、お待たせー」

射込みの間、舞田先輩は指導役だ。

「不破、取懸けの位置、もう少し上の方がいいかも」

「え、もっと上っすか?」

「んー、数ミリ。触っていい?」

「うっす」

舞田先輩は俺の馬手に手を添えて修正する。

「シンプルに疑問なんですけど、こんな数ミリの違いで変わるんですか?」

「変わるっていうか、ここが正しい位置だから。正しく引いた方がいいでしょ?」

「ああ、確かに。それはそうっすね」

「……不破って、物分かりいいよね。もっと盾突かれるものかと思ってた。人生何周目?」

「いやいや、先輩の指導に納得してんだから、盾突かないっすよ」

俺が舞田先輩と話している間、後ろで練習していた二階堂は2本はずしていた。小さく溜息が聞こえる。

「二階堂は、射形うんぬんより、メンタルだね。もう1本引いて」

先輩は俺の後ろへ行き、二階堂の指導に移った。

「……っ」

「ん、そう、そのまま。動じない動じない」

二階堂への指導は毎回こんな感じというか、とにかく妙な雰囲気だ。先輩は絶対最後に二階堂を指導するし、落ちに立たせている。そして、その時は必ず荒垣先輩と樋口先輩は飲み物を買いに行っていたりトイレに行ったりで、席を外しているのだ。

二階堂の息をのむ音と、先輩の控えめな声がかすかに聞こえてくる。俺の後ろで何やってんだ、マジで。

弦音とともに放たれた二階堂の矢は的にあたった。

「そうそう、その調子。平常心ね」

「……っす」

この二階堂の小さい返事が聞こえてきたら、指導終了だ。

的前から下がると、二階堂は射込みを始めた先輩をじっと見つめていた。目をキラキラさせやがって。

俺たちに指導するだけあって、先輩の射は、少なくとも俺から見れば非の打ち所なんてものはなかった。

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