先輩の苦手なもの
【不破視点】
今日は全校スポーツ大会の日。
二階堂のテンションは朝から低かった。
「スポーツ大会ってんなら、俺らは弓道でよくねえ?」
「参加者6人しかいないだろ」
「んで、愛生さん優勝確定な」
スマホをいじりながらもちゃんとツッコミが返ってくるあたり、そこまで機嫌は悪くないらしい。
「そういや、愛生さんたちって何出んの?」
「バレーボール」
「マジ? 試合見てこーぜ」
俺と二階堂、他クラスの大田黒もバスケに出る予定だから、体育館にいれば先輩らも見られるかもしれない。
つーか弓道部員、どんだけ外出たくないんだよ。
ともあれ試合会場である第一体育館に向かった。
*****
「おっ、いたいた」
広い体育館は真ん中が天井から吊るされたネットで分けられていて、ネットの向こうはバレーのコートになっていた。
クラス対抗だが、試合相手は学年問わずランダムで決められている。愛生さんは1試合目から出るようだ。
しかし……愛生さんの体操服姿、なんかイイな。
季節は初夏だから、暑さでジャージを羽織らない派も多い。愛生さんはジャージを羽織っていたが、下はハーフパンツだった。愛生さんは制服のスカートをそんなに短くしていないから、余計に目がいってしまう。
「おい不破。キモい目で見んな」
「いや、思いっきりブーメランだろ」
「俺はいいんだよ」
「なんで?」
「先輩がいいって言ってた」
「なんの許可を取ってんだよお前は」
まさか"先輩の体操服姿、拝んでいいですか?"とか聞いたのか? 二階堂は愛生さんが絡むとおかしくなるからやりかねない。
「にかいどー、ふわー、おつかれー」
俺が引いていると、愛生さんもこっちに気づいたのかゆる〜く声をかけにきた。
「お、愛生さん。お疲れ様です。って、まだ試合始まってないっすけど」
俺がそう返すと、先輩は珍しく拗ねたような表情を浮かべる。
「だって疲れたんだもん。体育苦手だし」
「そうなんすか? へー、意外」
「はぁ……ほんとにやりたくない〜……」
「え、そんなに?」
愛生さんはいつにも増したローテンションでその場にしゃがみこむ。どんよりしすぎてキノコ生えそう。
俺らもしゃがんで愛生さんを見ると、意図せずして良い眺めを得てしまった。
際どい裾から覗く太ももとかその太ももに押し潰された胸とかーー色々眺めてたら、脇腹に二階堂の肘が刺さった。
「いって! 何すんだよ二階堂」
「キモい目で見てたろ」
「女子か! 女子の取り巻きか!」
ちょっと男子〜! ってやつだろその反応。
「スポーツなんかやるくらいなら不破にキモい目で見られる方がマシ」
「先輩、だめですよ。不破の分も俺が見るんで。つか不破の分とかないんで」
二階堂こわ。ツッコむのやめよ。
そして愛生さんが口を開こうとすると、後ろから愛生さんのクラスメイトらしき女子が近づいてきた。
「愛生、なに下級生ナンパしてんの」
「うわっ」
ジャージの首根っこを引っ張られた愛生さんは、バランスを崩して尻もちをついてしまった。それから、ワンテンポ遅れてぽよんと揺れた胸。
「ウソ、めっちゃ揺れたんだけど」
「いや、揺らしたのユメちゃんじゃん」
ユメちゃん先輩、ナイスです。
「試合始まるから行くよ」
「お腹痛いから見学で」
「やりたくないだけでしょ〜。女子は人数ギリギリなんだから出てよ、立ってればいいから」
「悪目立ちするよねそれ」
愛生さんは哀愁漂う背中を見せて、ユメちゃん先輩に連れて行かれた。
「愛生さんって、そんなにバレー苦手なのかよ?」
「……先輩はスポーツ全般ほぼ出来ない」
なんつー五七五を詠んでんだよ。
*****
愛生さんのクラスにはバレー部員が数人いたらしく、難なく勝利をおさめていた。が。
「愛生さん、なんつーか……」
ものすごい鈍臭かったな。というのが正直な感想だった。
サーブが相手コートに届かないなんてのはまだかわいいもんで、何もないところでつまづいたり、相手チームから飛んできたボールにビビって避けていた。ドッヂかよ。
とはいえ愛生さんの避けたボールはアウトだったから、結果的にはファインプレーになったわけだが。
横にいる二階堂は試合終わりの愛生さんの姿をスマホで撮っていて、俺の言葉が耳に届いているかはわからない。
「ステータスを弓に全振りしてんだな」
「チッ……」
めちゃくちゃ言葉を選んだが、二階堂は気に食わなかったのか舌打ちされた。
……と思ったら、今の舌打ちは俺に向けたものではなかったようだ。
二階堂の視線は相変わらず愛生さんに向けられているが、愛生さんに話しかけている男子が目に入る。
「舞田、おつかれ。すげーがんばってたじゃん」
「あー、うん。がんばってはいた」
愛生さんの対応はいつも通りのローテンション。おそらく相手にこれといって特別な感情はないだろう。しかし二階堂はみるみるうちにご機嫌斜めになっていく。斜めなのは射形だけにしとけって。
その男子は愛生さんに話しかけ続けているが、愛生さんはめんどくさくなってきたのか"あー、うん"しか返していない。
「あー、ごめん。私、後輩の応援行かないとだから。じゃあね」
愛生さんはこっちに逃げてきた。
「愛生さん、お疲れ様っす」
「つかれた。2人はまだ出ないの?」
「俺らはまだっすね。大田黒はこのあと出ますよ」
大田黒はバスケのコート中央で仁王立ちをしていた。デカいからか、ジャンプボールを任されたようだ。
「どうしよ、うちの大田黒がバスケ部に取られちゃう」
「その言葉聞いたらアイツ喜びますよ」
「大田黒ー、がんばってー」
愛生さんが微妙にやる気のないテンションで手を振りながら、大田黒に声援を送る。
「ウ、ウス!!」
大田黒はこっちを振り返り、ちょっと照れた様子でそう返してきた。わかるぜ大田黒。こんなところで美人な女子の先輩に応援されたら、そりゃ嬉しいよな。
愛生さんから声援を送られた大田黒は、"ずりーぞ大田黒!"とクラスメイトたちに野次られていた。愛生さんは自覚がないのか眼中にないのかこの事実を知らないようだが、下級生の間では美人で巨乳な先輩としてそこそこ有名だ。
二階堂は大田黒に対してはわりとそのあたり寛容というか、まあ大田黒ならいいかみたいな感じだった。軽視しているわけじゃなく、多分あいつに邪な下心はないとわかるからだろう。俺と違って。
ともあれ、3人で大田黒の活躍を見届けると、今度は男子のバレーの試合が始まるようで、ぞろぞろと3年生たちが体育館に入ってきた。
「あ、荒垣と樋口きた」
愛生さんが先輩らを見つけて手を振ると、2人もこっちに歩いてくる。
「大田黒すごかったよー」
「そうなのか? 見逃した」
「ねむい〜」
残念そうにしている荒垣さんと、半分寝ているひぐっさん。
「そういや、荒垣さんたちは愛生さんの試合見なくてよかったんすか?」
「見たかったけど、舞田が見ないでって言うから」
「舞田がすごい運動音痴なの、おれたち知ってるしねぇ」
先輩らはちょっといじわるな笑みを浮かべていた。愛生さんは時々意外なところでいじられている。
「うんちでわるかったな」
「先輩、あんまりそういうこと言わないでください」
ヤケクソ気味の愛生さんを珍しく二階堂が嗜めた。
「あのさ二階堂、私も人並みに排泄くらいするからね」
「そりゃそうですけど。俺だってしますよ」
「いや何の話してんすかあんたら」
真顔で変な会話を始めたアホなカップルにツッコミを入れ、試合に向かう荒垣さんとひぐっさんを見送った。
「舞田、応援して〜」
「樋口がんばって〜」
「がんばる〜」
「力抜けるな……」
「荒垣もがんばって〜」
「ああ」
愛生さんとひぐっさんのゆるいやり取りに荒垣さんは浅くため息を吐いて、ひぐっさんを連れて行く。
「……って、樋口補欠じゃん」
ひぐっさんはコート横のベンチから俺たちに手を振っていた。応援の意味。