新入部員-3

辻峰に入学して1週間が経った頃。

同じクラスの二階堂に突然"弓道部に入れ"などと言われ、頷いてしまった。

休み時間に連れて来られた弓道場は校庭の隅にあり、とても道場などとは言い難い、なんというか……草むらだった。

昼休みになり、今度は1人で弓道場を訪れてみると、さっきは開いていなかったはずの部室ーーという名のプレハブ小屋ーーの扉が開いていた。

二階堂は確か先輩が3人いると言っていたから、その人たちだろうか。昼練なんて熱心にするような部には見えないが。

ともあれ部室を覗いてみると、中は案外広く、立てかけてある畳がまず目に入る。

「あれ、もしかして見学? 珍しいね」

正直なんじゃこりゃと思いつつ部室を見回していると、落ち着いた女子の声が聞こえた。

薄暗い部室にいたのは、先輩と思わしきグラマラスなメガネ美人だった。

ーー入って良かった、弓道部。

「1年の不破晃士郎です。さっき二階堂って奴に誘われて、入部しようと思ってるんですけど……先輩っすよね?」

「うん、2年の舞田愛生。今朝、二階堂から聞いたよ。もう1人入部するって。不破くんね」

「え、今朝っすか? 俺、誘われたのさっきなんですけど……」

「そうなの? じゃあ、前から目つけられてたってことだね」

舞田先輩はふふっと控えめに笑う。

「不破くんも斜面打起こし?」

「そっすよ。って、舞田先輩も?」

「うん。二階堂もね。ーーあ、私、二階堂とは中学が一緒だったの」

マジかよ。ずりぃな。

「不破くん、よかったら1本引いてみない?」

「いいんすか? カケとかなんも持ってないんですけど」

「貸す貸す。来て」

舞田先輩に手招きされて、備品の入った棚を覗いた。

「カケはこれ使って。下がけは予備の新品だから綺麗だよ」

「あざす」

「矢ー、は……荒垣のでいっか」

部員のものらしき矢を持った舞田先輩は、矢尺を見るため俺の腕を持ち上げた。なんか良い匂いすんな……。

「不破くん、弓何キロ?」

「17っす」

「えっ、ないかも。ごめん、弱いので我慢してくれる?」

「お試しなんだし、いいっすよ。自分のあるんで、今度持ってきます」

「ありがと。伸寸だよね……はい、これ。あと、一応胸当て。私のしかないから、嫌じゃなきゃ使って」

「ヤなわけないっすよ」

初対面の美人な先輩の胸当てを借りるシチュエーション、悪くねえな。

俺が準備を終えると、舞田先輩に連れられて射場に出た。床なんてないから、いつも土足のまま練習しているらしい。

古いロッカーや机を支えに立てかけられた畳に、的が刺さっている。やっぱここ、斬新だな。

そんなことを思いつつ、1本引いた。無事的中だ。

「おー、上手いね」

「ありがとうございます。あ、先輩も引いてくださいよ」

「ん、ちょっと待ってて」

一度部室に戻った舞田先輩は、弓具を持って出てきた。

つーか、

「先輩、竹弓なんですか!?」

「あー、うん。親のおさがり」

「へぇ、実物初めて見ました」

「興味あるならあとで引いていいよ。三寸詰だから引きづらいかもだけど」

「マジっすか」

先輩の親御さんはどうやら三寸詰を使うほど小柄らしい。竹弓はあとで借りてみることにして、とりあえず今は舞田先輩の射だ。

俺が返した胸当てをつけた先輩は、長い髪を耳にかけて左に寄せる。色気すげ。

足踏みからの射法八節が始まった瞬間、場の空気が変わった……なんてことはなく、話していたさっきまでと変わりない雰囲気だ。

余計な力が入っていないというか、普通に引いている。なのに所作は完璧だ。

「舞田先輩って、もしかして結構弓歴長い……?」

「え。不破くん、名探偵?」

「いや、同年代でそんな貫禄ある射する人、なかなかいないっすよ」

先輩は一手引いてくれたが、甲矢と乙矢はほぼ同じ場所、しかも的の中心に中っていた。達人かよ。

「うちの母親が、私が赤ん坊のときに初めて持たせたおもちゃ、何だと思う?」

「え? ……シャカシャカ音が鳴るやつ?」

赤ちゃんが何で遊ぶのかには詳しくないから、それしか出てこなかった。

「ううん。ゴム弓」

「……マジすか」

「マジ。ちゃんとした練習をさせられたのは7才からだけど」

いや十分早いって。弓歴10年かよこの人。

「あ、そうだ。二階堂、全国目指すって言ってたから、そのつもりでよろしく」

「は? 全国?」

「うん。大丈夫だよ、去年私も出たし」

「そりゃ先輩は出られるでしょうけど」

「男子もう1人欲しいんだけど、不破くん心当たりない?」

「……」

舞田先輩、わりと二階堂と同じタイプかもしれない。

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