地方大会-1
地方大会の会場を訪れた俺たちは、待機場所で各々準備をしていた。
湊は柵に寄りかかり、二階から会場を見渡している。
「! あれ、もしかしてーー」
湊は柵から少し身を乗り出して、下に目線を向けた。
「知り合いでも見つけたか?」
「あ、うん。桐先のときの先輩にすごく似ている人がいたんだ。女子部の部長だった人なんだけど」
「桐先の部長ってことは、超実力者じゃん! ちなみにかわいい?」
女子と聞いて七緒が食いついた。
「ああ、美人だってよく言われてた気がする。でも、先輩の射はすごくかっこよかったんだ」
やはり湊は異性よりも弓に夢中なようだった。しかし、湊がそこまで言う射手となると少し気になるな。
「静弥も覚えてるだろ? 舞田先輩」
「もちろん覚えてるよ。確か、県外の高校に進学したんじゃなかったっけ。こっちの県大会では見かけなかったし」
「おれ、ちょっと話してくる」
「えっ、湊、ちょっと待っーー」
湊は走って行ってしまった。まあ、団体戦までは十分時間があるから構わないが、勢いで突っ走りすぎだ。
俺も柵越しに階下を見下ろすと、湊が件の女子に話しかけているのが見えた。
しかし、もっと話し込むかと思ったら、湊は思いの外すぐにこちらに戻ってきた。そして、
「マサさん、おれ、女子の個人戦を観に行ってきます!」
「えっ」
またすぐに去って行った。
*****
なんだかんだで、湊に続いて俺たちも女子個人戦を観戦することになった。上手い弓引きと言われたら気になるからな。
「湊、舞田先輩の学校名は聞いた?」
「ああ。辻峰高校だって」
聞いたことのない校名だった。他県だから当たり前といえば当たり前だが、強豪校というわけでもなさそうだ。
海斗は大会プログラムをめくっている。
「辻峰って……県大会優勝してんじゃねえか!」
「ほんとだ。しかも男子の団体戦も」
「めちゃくちゃ強いじゃん!?」
七緒と花沢は海斗の両側からプログラムを覗き込み、辻峰の情報を仕入れていた。
「ていうか男子、団体戦で当たるんじゃない?」
「マジかー……」
花沢の言う通り、団体戦のトーナメント表を見ると、何回か勝ち上がれば風舞と当たりそうだ。
強い学校と当たると聞いてみんなはそわそわしていたが、悪い雰囲気ではない。むしろ楽しみといった風で一安心だ。
ともあれ、そうこうしている間に個人戦が開始され、選手たちが入場してきた。
湊と静弥の先輩ーー舞田さんは第二射場の大前。どんな射をするんだろうかと見ていると、
「……斜面打起こしか」
「生じゃ初めて見るな」
斜面打起こしは少数派だからか、見慣れない射形にみんなは驚いていた。他流派に詳しくない遼平には静弥が解説している。
しかし、確かに上手い。あてる技術もあるだろうが、基礎がしっかりしていることが一目でわかった。
「上手いな」
「マサさんから見ても、すごいんですか?」
「ああ」
彼女が的中させると、"よし"という声があがる。声のした方を見れば数人の男子がいた。おそらく辻峰の選手だろう。
ちなみに結果は言うまでもなく、皆中だった。
*****
「舞田先輩! 試合、見ました。先輩の射、かっこよかったです!」
「あ、鳴宮、さっきぶり。おつかれ。あんがとー」
女子個人戦が終わり、待機場所に戻る途中、先ほど優勝したばかりの舞田さんに遭遇した。
優勝したわりにローテンションだったが、どうやらもともと落ち着いた性格らしい。
「あれ、そういえば桐先じゃないんだ。竹早も」
「はい。風舞高校です」
「へえ。桐先と違って部員少ないと楽だよね、うちも私と男子5人しかいないし」
「そうなんですか?」
辻峰高校はうちと同じく少数精鋭のようだ。彼女の的中に声をあげていたあの数人の男子の他に部員はいないらしい。
……というか、それよりも気になることがあるんだが。
「先輩、さっきからずっと、電話鳴ってますけど……」
そう、それだ。舞田さんのスマホは震え続けているのに、画面すら見ないとは。
「ああ、いいのいいの。多分二階堂だから」
"ほら、見て、鬼電"と言ってスマホ画面を湊に見せた舞田さん。確かに着信履歴が二階堂永亮という名前で埋め尽くされているのが覗き見えた。
「えっ、二階堂ってーー」
「鳴宮も知ってるでしょ、二階堂。桐先にいた子」
どうやら湊もその二階堂という人物とは面識があるらしく、頷いている。
「じゃあ、団体戦始まるからそろそろ行くね。二階堂も拗ねちゃうし」
試合で当たったらよろしく、と言い残し、舞田さんは去って行った。
「すごい美人さんだったねぇ」
「如月くんって、ほんとそればっかだよねー」
「ちょ、オレはちゃんと射も込みで褒めてるんだよ?」
花沢たちから呆れた視線を向けられた七緒は言い返す。が、今日は珍しく湊がそれに乗っかってきた。
「ああ、舞田先輩の射はかっこいいけど、すごく綺麗だよな!」
「鳴宮くんも、そればっか」
そんな湊は弓バカ全開で、七緒とは別の意味で呆れらていた。