合宿1日目-1
【マサさん視点】
全国大会を控えた風舞弓道部は、夏合宿を行うため県外の施設を訪れていた。
しかし、宿泊手続きをしに宿に入ると、そこには辻峰高校の選手6人がいた。聞けば、施設側のミスで予約をダブルブッキングしてしまったという。
辻峰の顧問ーー潮崎先生に道場を一緒に使うことを提案したが、返答を躊躇われた。そういえば、以前舞田さんが顧問は弓道に詳しくないと言っていたか。
「舞田さん、二階堂くん、ちょっといいかな」
呼ばれた2人は事情を聞くと、顔を見合わせる。
「施設の規模的には、問題ないんじゃない?」
「費用は折半ですよね?」
「ああ、もちろん」
「なら、俺たちとしては問題ありません」
「ありがとう。よろしく頼む」
「こちらこそ」
二階堂くんがにこやかにそう答える横で、舞田さんは潮崎先生と事務的な話を始めていた。
「あ、ザキさん。費用の内訳とかはこっちで処理しときますね」
「すまないね。頼んだよ、舞田さん」
「いえいえ、わざわざ付き添い来て貰ってる身ですからー」
地方大会のときに二的の子が言っていた、舞田さんが顧問みたいなものというのは事実のようだ。
ずいぶんしっかりした子だななんて思っていると、辻峰の選手たちは荷物を置きに部屋へ向かって行く。
「先輩の布団は俺の隣ですからね」
「はいはい。二階堂の好きにしなよ」
「ていうか、愛生さんほんとに俺らと同室でいいんすか? ザキさんに頼めばさすがに変えてくれると思うんすけど……」
「それじゃみんなもザキさんも休まらないでしょ。3部屋も取るほど予算ないし」
「舞田がいた方が面白いから、おれはいいと思うけどなー」
「舞田に変なことはしないから安心しろ、二階堂」
「あ、それ、本人じゃなくて二階堂に言うんスね」
何やら問題が多そうだが、他校の事情に口は出せまい。しかし、舞田さんには後でうちの女子部員との相部屋を提案してみることにしよう。
*****
【不破視点】
合宿先で偶然にも風舞と遭遇してから、二階堂の機嫌は悪くなる一方だった。
俺たちが各々で準備をしていると、どうしても風舞の練習風景が目に入る。
「指導者2人、大変そー」
「でも、少し羨ましい」
「じゃあうちもやる? あれ」
愛生さんは冗談めかして提案した。あれ、というのは顧問とコーチへの礼のことだ。辻峰にはどちらもいない。ザキさんは釣りに行った。
「よろしくお願いしまーす」
「はい、よろしくー」
ひぐっさんもそれに乗って愛生さんと礼をし合っていた。荒垣さんは入るタイミングを逃して悔しそうだ。
それを見ていた二階堂はやっぱり不機嫌そうにしている。しかし愛生さんも察していたのか、早々にじゃれあいを切り上げた。
「二階堂、とりあえず射込みでいい?」
「はい。ーー練習始めますよ」
愛生さんは部の仕切り役は二階堂に一任しているから、こういうときの号令はいつも二階堂だ。
愛生さんはいつも通り的中記録兼メモ用アプリの入ったスマホを取り出している。
各自巻藁を終えてから射込みをしていると、そろそろ二階堂か愛生さんが指導にくる頃だ。
「おー。不破、今の良かったよ」
「え、まじっすか」
「まじっす」
愛生さんに褒められるのは嬉しいが、指導されないのはなんとなく物足りなくもあった。
「不破、にやけてないで練習しろよ」
「わかってるって」
二階堂の独占欲も相変わらずだ。