知っちゃう不破-1
※シリアス回です。
辻峰高校の職員室は、緊迫した雰囲気に包まれていた。
「――ですから、愛生に部活を続けさせる意味がないと、私は申し上げているんです」
冷静ながらも強い口調で、教師たちを前にそう言い切ったのは、愛生の父親だ。
いかにもエリートサラリーマンといった風体の迫力ある大男に詰め寄られた、弓道部顧問の潮崎と責任者である教頭。2人は冷や汗を流し困惑を隠せずにいた。
「いや、しかし、舞田さんは一昨年、去年と全国大会優勝の実績もありますし……。き、弓道部は今年も全国大会出場が決定していまして――」
「……何?」
教頭の言葉に眉を寄せた父は、愛生に視線を移した。
「愛生、今の話は本当か」
「……は、い」
真っ青な顔のまま黙っていた愛生は、言葉に詰まりながらも頷いた。すると父は深くため息を吐き、愛生の頭を上から押さえつけて怒鳴りだす。
「お前はそういうことを何故報告しないんだ!?」
「っご、めん、なさい。でもーー」
「言い訳ができる立場か? 誰のおかげで今まで生きてこられたと思っているんだ」
「
顔を上げさせられると同時に、髪ごと引っ張られた痛みで声を上げそうになった愛生は、慌てて口を押さえる。無意識のうちに溜まっていた涙が両目に薄い膜を張っていた。
「何だその目は。どうしてお前はいつも、私の言うことが聞けないんだ!」
父が空いている片手を振り上げると同時に、愛生は歯を食いしばり身構える。が、
「ちょっと、やりすぎなんじゃないですか?」
予想した衝撃が襲ってこなかったことで、愛生は恐る恐るつぶっていた目を開けた。こぼれてしまった涙を急いで拭うと、まず見えたのは制服を着た男子の背中。
そしてさらに見上げると、短い黒髪が目に入った。
*****
【不破視点】
日直の仕事でノートを職員室に届けに来ると、そこでは修羅場が繰り広げられていた。
生徒の父親らしき男が教頭とザキさんに向かって何やら詰め寄っている。まさかザキさん、何かやらかしたのか?
ザキさんは名ばかりとはいえ顧問だ。弓道部の活動に支障がなければいいが、と思いつつも向こうに関わらないよう、ノートの束を担任の机に置いた。
「愛生、今の話は本当か」
不意に聞こえてきた聞き覚えのある名前に、俺はつい騒ぎの起こっている場を見てしまった。
怒っている男の横にいる女子生徒はうつむいていて顔こそ見えなかったが、愛生さんだ。
「……マジか」
愛生さんからは、父親の話は本当に軽くしか聞いたことがなかった。それもいつものローテンションで呟いた"親父マジクソ〜"なんていう冗談めかした愚痴のようなもので。
愛生さんにも普通に年頃の娘みたいな面があるんだなぁくらいに思っていたが、学校に乗り込んで娘を怒鳴って公開処刑なんてことをするようなマジのクソだとは、さすがに予想外だった。
ちなみにザキさんと教頭はあの父親をなんとか落ち着かせようとオロオロしながら声をかけているが、効果なし。
しかし、愛生さんの様子もおかしい。いつもの愛生さんなら、上手くなだめて早く撤収しようとすると思っていたが、顔を青くして固まっていた。
……えっ、もしかして、ガチでやばい感じか? この状況。
いつも落ち着いていて大人っぽい愛生さんが、父親の横で縮こまっている小さな子供に見えた。
様子を伺っていると、愛生さんの父親は思いもよらない行動に出た。
*****
父親の手首を掴んだ不破は、すぐにその手を離した。
「何だ君は」
「弓道部2年の不破です。舞田先輩には世話になってます」
「君は部外者だろう。悪いが口を出さないでもらいたい」
父親は初対面の不破にはあくまで冷静に対応したが、不破がそれに反論しようとすると、教頭は慌てて止めに入る。
「不破くん、関係ない君は下がっていなさい」
「関係ありますよ。先輩がこんな扱いされてーー」
「不破、いいから外出てて」
不破を止めたのは愛生だった。
「大丈夫だから」
「大丈夫に見えねえ」
「不破には関係ないことだよ。お願い」
*****
【不破視点】
こんなに必死な愛生さんは初めて見た。
「……わかりました。部活、先行ってるんで。待ってます」
愛生さんが頷いたのを見て、俺は職員室から出た。
俺が言うことを聞かないと、後で愛生さんが親父さんに何をされるかわからない。
とはいえ納得したわけじゃない。
この後どうすっかなと考えつつ、扉の横にしゃがんだ。
扉を閉めてしまえば中の会話なんて聞こえなくて、しばらく待っていたが愛生さんが出てくる気配もない。
愛生さんを待つつもりだが、父親の方が先に出てきたら鉢合わせてしまう。
とりあえず、職員室から出てすぐに見つからなさそうな場所に移動した。