合宿2日目-発覚

二階堂は何故か朝から妙にピリついていた。

愛生さんの言葉には小さく返事をするが態度は素っ気なく、愛生さんも首を傾げていた。

「先輩たちも、早く準備してください。全国で勝つ気あるんですか?」

いつも通り話しながら弽を差していた3年生たちにキツく当たった二階堂。愛生さんは荒垣さんとひぐっさんを庇うように前に立った。さすがにこれはと俺や大田黒が止めに入るが、予想外の事態が起きた。

「二階堂、上級生に向かってその言い方はないだろう。先輩たちにも自分のペースがあるんだしーー」

「それじゃ間に合わねえだろ!! 負けたら終わりなんだよ!!」

二階堂が語気を荒げてそう言った。

「ひっ……」

それから小さく息を呑む音が聞こえた。愛生さんだ。

そうだ、愛生さんは男に大声を出されるのが苦手なんだった。

「ごめ……っ、二階堂、ごめんね、すぐーー」

愛生さんは後ずさり、道場の壁に背中がつくとそのまま脱力するように座り込んでしまった。

「舞田?」

「ごめん、なんでもない、大丈夫。二階堂、ごめんね」

ひぐっさんが心配して顔を覗き込もうとすると、愛生さんは震えている手を背に隠し、動揺を笑ってごまかそうとした。

愛生さんを見た二階堂は今さらハッとした表情になったが、何か言おうとしてはやめ、結局黙って矢取りに向かっていく。

えっ、ちょっ、どっちをフォローすりゃいいんだよ……!?

「あークソッ、ーー大田黒、愛生さんについててやってくれ!」

先に練習してて、と言い残して道場から出た愛生さん。ふらついているし、転んでケガでもされたら気が気じゃない。主に二階堂が。

とはいえ大田黒は俺が言う前から動いていたから大丈夫か。先輩らは、というか荒垣さんは気を遣ってくれたのか、ひぐっさんを連れて巻藁練習に向かった。

*****

矢取りに向かうと、垜に刺さった矢を掴んだままぼーっとしている二階堂がいた。いや、実際ぼーっとしちゃいないんだろうけど。

「二階堂、さっさと戻ろうぜ」

俺が声をかけると、二階堂は黙って矢取りを進めた。

「……なあ。愛生さんがデカい声苦手なのって、やっぱ親父さんが原因だよな」

俺はたまたま愛生さんの家庭事情を知ってしまったが、そういえばこいつはどこまで知っているんだろう。

探りを入れると、二階堂は矢拭きの手を止めて鋭い視線を向けてきた。

「なんでお前がそのこと知ってんだよ」

「愛生さんが教えてくれた」

「は……?」

何でこいつに、という疑問が顔に出ている。やっぱこいつも知ってたか。なら、これ以上追及することもない。

「たまたま知っちまったんだよ。お前が知ってんならいいわ。つか、早く戻って練習しよーぜ」

*****

道場から出た愛生は、またすぐに壁際に座り込んだ。

「舞田先輩、大丈夫スか」

追ってきた大田黒がそばにしゃがんで声をかけると、愛生は自身の体をさすりつつ答える。

「大丈夫……ごめん、変な感じにして」

「いや、さっきのは二階堂が悪いっすよ。何であんなに慌ててんのか……」

「ふふ、勝ちたいんだよ、みんなで」

普段通りに話しかけた大田黒に、愛生もだんだん落ち着きを取り戻していく。

「そりゃあ俺だって勝ちたいですよ! 勝負に負けたい男なんていません!」

「……そっか」

「って、あ、すみません! 先輩、デカい声とか苦手っすよね?」

つい気合いの入った返事をしてしまったことで、愛生を怖がらせたんじゃないかと慌て出した大田黒。

「不破から聞いた?」

「え、特に何も……何かあるんですか? 俺は普通に、さっきの二階堂の怒鳴り声が怖かったんじゃないかと思って……」

「うん。えっと……二階堂が怖いわけじゃないんだよ。ただ、男の大きい声を聞くと体が勝手に固まっちゃって。そんなにビビる必要ないって、頭ではわかってるんだけどね。――あ、太田黒のは全然大丈夫だから、気にしないで」

「そりゃ大変っすね……」

自分にはない感覚ゆえ、大田黒はそれしか言えなかったが、愛生にとってはそのあっさりめの反応がありがたかった。

「練習、戻れそうスか?」

「うん。大田黒のおかげで落ち着いた。ありがとね」

「いや、俺は何も」

「声かけてくれたじゃん。十分だよ」

愛生は大田黒を見上げて微笑んだ。言葉の通り、震えはもう止まっていたし、落ち着いて話もできていた。

「あー、その、ずっと思ってたんスけど……」

「ん?」

「俺、小さい頃に先輩に会ったことがあると思うんですけど、覚えてます?」

「えっ……いつ?」

「小学生ぐらいっす」

ちょっと照れた様子の大田黒に、愛生もなんとか思い出そうと首を傾げる。

「俺のじっちゃんが弓道やってて、その日は"すごい先生が来るから"って道場に連れてかれたんです」

その先生というのが愛生の母じゃないかという話だった。

「あー…………ーーあ、思い出した、かも」

幼少期、愛生は母に連れられて、様々な大会や講習会、審査の見学をさせられていた。同年代の子供がいることはほとんどなかったから、ずっと稽古を眺めているだけの退屈な時間だったが、サボれば叱られる。仕方なく見取り稽古をしていた頃のことだ。

地方の講習会にいつも通り同行し、道場の隅で大人しくしていると、講習会の参加者の身内らしき子供が近寄ってきて仲良くなった。

確か、その子の名前はーー

「……ケンちゃん?」

「! やっぱり、舞田先輩だったんスね」

大田黒賢有けんゆう、だからケンちゃんだ。ちなみに大田黒もまだ今ほど女子相手に照れることもなく、普通に愛生ちゃんと呼んでいた。

「ふふ、まさか大田黒と幼馴染だったとはね」

「幼馴染って……結局会ったのはあの日だけですけど」

「嫌?」

「嫌なわけないっすよ!」

「じゃあ、これからは大田黒じゃなくてケンちゃんね」

「えっ!?」

「私のことも愛生ちゃんでいいよ」

大田黒、もといケンちゃんは顔を赤くして、葛藤タイムに入った。

*****

【不破視点】

俺たちが矢取りを終えて戻ると、愛生さんと大田黒もじきに戻ってきた。

しかし、様子がおかしい。いや、おかしくはないが違和感がある。

愛生さんは落ち着いたのか、もういつもの様子で、それは良かったんだけど。

「愛生さん、もう大丈夫そうスね」

「うん。ありがとケンちゃん」

「……やっぱりそれ、恥ずいんですけど……」

「えー、せっかく思い出したんだもん。呼びたい」

大田黒との距離が縮まっている。物理的に。

二階堂も矢を持ったまま驚いた表情で固まっていた。思わぬ伏兵すぎるだろ。

いつもの二階堂ならすかさず詳細を聞きに行くところだが、さっき怖がらせてしまった手前聞きにくいのか、一歩踏み出しては足を戻しを繰り返した。

「大田黒、略奪愛〜?」

「ちっ、違いますよ!? 二階堂! 違うぞ!」

ひぐっさんが茶化すと大田黒は真っ赤になって否定した。いやまあ、実際最初からそんなに疑われてはいないんだが。

「私、大田黒と幼馴染だったみたい」

「みたいって」

「さっき思い出した。ね、ケンちゃん」

「……ウス……」

大田黒は頷いた。恥ずかしいあだ名呼びは諦めたらしい。

愛生さんもわざとからかっているようだが、大田黒というよりは、さっきから様子を伺いまくっている二階堂へのアピールのようだ。

……愛生さんもさっぱりしているようでいて、わりと二階堂と似たタイプだよなぁ。

HOME