合宿2日目-マサさんと-1
合宿2日目。
競射会は辻峰の勝利に終わったが、男子たちは地方大会のときのように調子を崩すこともなく練習に前向きだった。
女子も男子の練習をサポートしつつ、射込みを続けている。
一方で、辻峰は相変わらずのマイペースというか、基本的に個人練習をしているようだった。
「樋口、また足踏み狭くなってるよ」
「あ、ほんとだ」
「右足開くときは足元見られるから、幅を覚えるといいよ」
「でもさ、床が変わるとわかんなくならない、それ?」
「木目をあてにするとね。しばらく足元に矢を置いておくから、目安にして」
「はーい」
「樋口は、他は結構できてるから。とりあえず足踏みだけ意識すればいいよ」
「そうなの?」
「うん。会も保ててるし、的付けも合ってる。実際、矢摺籐のキズを隠してても、的中率はそんなに低くなかったでしょ?」
「あー、あんまり変わんなかったかも。そっかぁ、できてたのかぁ」
「うん。その調子」
「舞田ありがと〜」
「ん。ーーじゃあ次、荒垣ね」
「よろしく」
俺が見ている限りでは、舞田さんは今日まだ1本も引いていなかった。
辻峰にはコーチがおらず、二階堂くんと舞田さんがその役を担っている。しかし、二階堂くんは適度に自分の練習時間を確保しているのに対して、舞田さんは男子の練習に付きっきりな上に、細かな雑用までこなしていた。
うちの女子たちはそれを見て、舞田さんの負担が大きくないかと聞いたようだが、どうやらあれは好きでやっているらしい。
少しすると、辻峰の方も一旦休憩に入るようだった。
「舞田さん、少しいいか?」
「何か用があるなら、俺にお願いします」
俺が舞田さんに話しかけると、二階堂くんが間に割って入った。昨日の今日で、ずいぶん警戒されてしまったな。
「もしよければ、舞田さんにうちの女子部員への指導を少し手伝ってほしいんだが」
こいつ正気か、と言わんばかりの視線を向けてくる二階堂くん。その後ろの舞田さんは表情を変えず、何を考えているのかわからない。
「うちには女性の指導者がいないからな。ゼロから教えてほしいわけじゃなく、女子の体に触れるようなところを手伝ってほしいんだ」
「……ああ、そういうことなら構いません」
「先輩」
「大丈夫、こっちの休憩の間だけだから。ーーそれでいいですよね?」
「もちろん、無理のない範囲でいいんだ。しかしーー」
「先輩はいつ休憩するつもりなんですか」
俺がそれを言う前に、二階堂くんは舞田さんに詰め寄った。
「そのくらい休憩してるのと変わらないって」
「実際休んでないでしょう。練習だってできてない。昨日も。頼むから……!」
二階堂くんは俺に背を向けたまま舞田さんの両肩を掴み、そのまま舞田さんを抱きしめていた。
「えっ、ちょっと二階堂……っ」
これにはうちの部員たちだけじゃなく辻峰も驚いているようで、不破くんが間に入ろうとした。
「どうしたんだよ二階堂。愛生さん困ってんぞ」
「困るっていうか……普通に恥ずかしいんだけど……」
舞田さんは照れからか少し頬を赤くしつつ、二階堂くんの背中をよしよしとさすっている。
「先輩はもっと自分のことも考えてください」
「考えてるよ」
「じゃあ何で練習してないんですか」
「自分が上手くなるより、二階堂たちが上手くなる方が嬉しいから。ほんとにやりたくてやってるんだよ」
舞田さんはそう言って、二階堂くんから体を離す。
「今日はこのあとちょっと休んで、自主練もするから」
「何分?」
「いやまだ決めてないけど。風舞の手伝い終わった考える」
「だめ」
「ええ……不破たすけて」
「そこで俺っすか。ーーほら二階堂、愛生さんも休むって言ってんだしいいだろ?」
舞田さんは若干めんどくさそうな表情で不破くんに丸投げした。
*****
「ゆうなちゃん、打ち起こしで肩が詰まってる。力まないで、少し肩落として」
「はいっ」
「乃愛ちゃん、大三で馬手下がらないように。肘の張りを維持して」
「はい……!」
「妹尾ちゃん、少し上押し強いよ。弓手はまっすぐ、中押しね」
「はい」
……うちの女子、俺が教えていたときよりも生き生きとしていないか?
と、つい思ってしまうほど、舞田さんはしっかり指導をしてくれていた。
「あの、わたくし、矢所が前に行きがちなんです」
「あっ、それ私も!」
「もしよければ、舞田先輩の射を見取り稽古させていただけませんか?」
3人立で1人ずつ射を見てもらった女子たちは、引き終わるなりすぐに舞田さんのところに集まる。
「おいおい、みんな少し落ち着け。舞田さんには、あくまでハラスメント防止の観点から手伝いを頼んだのであってだな……」
舞田さんに指導を願う気持ちはわかるが、彼女もまだ正式な指導者ではない。頼みすぎては負担になると思い、わくわくとした様子の3人には悪いが一度注意をした。
「それはもちろん、わかっています」
「でもコーチとは体格が違いすぎるから、女子の先輩にも聞いてみたいんですよー」
「滝川コーチの指導に、異論があるわけではないのですが……」
……それは確かに。体格や骨格、筋力に性差があるのは事実だ。
舞田さんの様子を伺うと、彼女は少し首を傾げて意外な提案をしてきた。
「じゃあみんな、1回斜面で引いてみる?」
「えっ」
「たまにはいいんじゃない。私も桐先では正面で引いてたし。ーーまあ、それで射形が崩れても責任は取れないけど」
さらっと怖いことを言う舞田さんに、女子たちも一瞬言葉に詰まる。
そこで、突然手を挙げたのは湊だった。