@ 荒垣・樋口と1年目-3
「来月の県大会に、出る……?」
「うん」
「おれたちも?」
「うん」
「本気?」
「うん」
潮崎との話の経緯を荒垣と樋口に伝えると、2人は案の定驚いた顔を見せた。
「個人戦だけね。とりあえず、体配を教えるから」
「タイハイ?」
「射場に入って4本引いて、退場するまでの手順が決まってるの。大会で悪目立ちしない程度の最低限でいいから」
「わかった」
個人戦の予選は立射だからそこまで難しいことはない。それに、2人が本戦に進むことはないだろう……と、口には出さないが愛生はそう予想していた。
上達は遅くない。ただ単純に、大会までの練習時間が足りないのだ。
荒垣と樋口が愛生を部に誘ったときには廃部の話もなかったし、そもそも大会に出ようなんてことは微塵も考えていなかった。愛生もそのつもりで無理のないペースで教えていたから、的中を求める競技向けの練習はしてこなかった。
徒手、素引き、ゴム弓と、堅実に練習を重ねていたところだったが、ここに巻藁はないし、もういっそ的前に出してしまおうかと考えて、愛生は腕を組んだ。
一方、荒垣と樋口は次は何をやるんだろうと期待しつつ、全く関係ない話で盛り上がっていた。
「あらがき〜」
「何?」
考え事をしている様子の愛生を見て、樋口は小声で話しかける。
「すごい、あれ、乗っかってる」
「……! ほんとだ……」
「何カップなんだろうね〜」
「Eとか?」
「Eってどれくらい?」
「わかんないけど」
「もっとありそ〜」
2人は愛生の豊満な胸が組んだ腕に乗っているのを見て、サイズを予想していた。
*****
翌日、愛生は2人を的前に立たせることにした。が、その前に荒垣から質問が飛んできた。
「そういえば、俺たちはずっとジャージでやってるけど、大会では袴なんだよな?」
「……やば、忘れてた」
「あ、やっぱり」
「舞田も袴着てよ〜」
愛生は練習内容ばかりを考えていたせいか、肝心の弓具や道着のことを完全に忘れていた。
「2人とも、明日ひま? 買いに行くよ。てか、お金ある? 矢と道着と、できればカケは自分の買った方がいいと思うんだけど……」
「まあ、多少は。お年玉とか貯金してるし」
「おれも〜。いつもあんまり使わないから、そこそこあるよ」
弓道は初期費用がかかる。そのことを説明していなかったため愛生は慌てたが、2人の返答に胸を撫で下ろした。
それから、練習に入る前に、部室に眠る弓具の洗い出しを行うことにした。
*****
週末、3人は琴葉市を訪れた。愛生が桐先中学に通っていた頃に、時々利用していた弓具店がこの辺りにある。
結局、弽は先輩が使っていたであろうお下がりが使えそうなことが判明したため、今日は弓道着一式と矢、矢筒を買いに来ていた。荒垣は使えそうな長さの矢を部室で見つけたが、矢羽のデザインやカラーが豊富にあることを知って、どうせならと新品を調達することにした。
荒垣と樋口は今後使う予定の弓と弽を持参していた。愛生も自前の弓具を持って来ている。
辻峰周辺にも弓具店はあるが、愛生は距離より質を取って、隣県までやってきた。
「弓持って移動するの、結構大変だな……」
「ね〜。ちょっとぶつけちゃったし……」
「最初はそんなもんだよ。その弓も結構古いみたいだし、そんな気にすることないよ」
道具は丁寧に扱うようにと、愛生はしつこいくらいに2人に言っていた。とはいえ、弓を持っての長距離移動は初めてだったこともあり、2人は度々末弭をどっぱかしらにぶつけてしまっていた。
雑に扱ったわけではないが、結果的に弓にダメージを与えていることを愛生に注意されるんじゃないかと思っていた2人だったが、意外にも軽く流されて拍子抜けする。
「学校にあったやつは丈夫な素材でできてるし、ちょっとくらいぶつけても大丈夫。気をつけるに越したことはないけど」
「へえ。素材とかあるのか」
「何でできてるの?」
「グラスファイバーとか、カーボンファイバーとか? 私もあんま詳しくないけど。2人のはグラスだよ」
「舞田のは〜?」
「私のは竹」
「おぉ、天然素材だ」
「うん。親のお下がりなの」
弓具店に向かう途中、そんな雑談をしていた。
*****
駅から少し歩き、3人は中崎弓具店に到着した。
店内に入ると、他に客はおらず貸し切り状態で、愛生は内心喜んだ。この2人はどこかマイペースなところがあるから、他人のいない場所の方が一緒にいて気が楽だ。
「おう、いらっしゃい。……って、お前さん、もしかして
「あ、中崎さん、お久しぶりです」
店主の中崎は、店のドアに取り付けた客の来店を知らせるベルの音を聞き、奥から出てきた。
そして会釈を返す愛生を見て驚いた表情を見せた。中崎の言う"大前先生"は愛生の母のことである。
「舞田、お店の人と知り合いなのか?」
「うん。中学のとき、何回か来たことあるから。あと、うちの母と知り合いだったって」
「愛生のお母さんも弓道やってたのー?」
「うん」
「やってたどころか、大前先生は若くして範士八段にまでなられた大物中の大物だぞ」
と、中崎は愛生の母のことなど初耳な荒垣と樋口に力説する。
「んで、愛生ちゃん。この2人は友達か? まさか……彼氏か?」
「いや違いますよ。高校の弓道部の部員です。初心者なので、一式そろえようと思って」
「なるほどな。うちに来てくれるたぁ、嬉しいことしてくれるじゃねーか」
そのまま軽快なセールストークを始めた中崎と、話を聞く愛生。
荒垣と樋口は顔を見合わせ、とりあえず店内を見て回ることにした。